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【番外編】宰相閣下のお気に入り
宰相閣下のお気に入り(6)―エンリケside―
ジルベルト王太子殿下が会場に現れると、わあ、と華やいだ空気が当たりを包んで、ますますパーティーが盛り上がった。
殿下の目に留まりたい令嬢たちは、会場をゆっくり移動する殿下からのお声がけを待って、そわそわしている。
高位貴族は、公爵家から順番に殿下へご挨拶する決まりだ。真っ先に殿下がお声をかけたのは、筆頭公爵家のガーラント家である。
もし筆頭公爵家に殿下と年齢の釣り合う令嬢がいれば、すぐさま婚約が結ばれたに違いないが、あいにくとガーラント家には男子が二人しかおらず、次男のウリエルは第二王子のエセルバート殿下と婚約している。
第二王子の相手は男嫁でも構わないけれど、王太子殿下は跡取りを作る必要があり、側妃が生んだ子供には王位継承権がない。そのため、殿下が公爵家嫡男のルシフェル卿と結婚するわけにはいかず、今日のパーティーにガーラント家が参加しているのも、王族へ顔を立てただけのことだ。
王太子妃の選定に関係のない家だから、周囲もガーラント公爵家の挨拶が終わって次に進むのを待っているのだが、ジルベルト殿下がルシフェル卿と会えたことを喜んで話し込んでいるので、次に並んでいるアルフォンソ公爵家が、じりじりしている。
ガーラント公爵家のルシフェル卿は王立学園の有名人だから、エンリケもよく知っている。
エンリケとは年齢が3つ離れており、15歳までの初等部に在籍するエンリケは、高等部にいるルシフェル卿と顔を合わせる機会などないのが普通だ。しかし、エンリケが初等部に入って二年連続で優秀成績賞を取ったとき、高等部への進学と同時に生徒会へ入らないかという打診があり、生徒会室へ顔を出したエンリケを迎えてくれたのが、ルシフェル卿だった。
当時、ルシフェル卿は、生徒会長を務める侯爵子息の下で書記をやっていたのだが、生徒会の実質的なトップはルシフェル卿であり、何かの決定のときに学園側と交渉するのも彼である。
そもそもなぜ、ルシフェル卿が会長ではないのかという話だが、そこは当人が固辞して(生徒会入りも気が乗らなかったらしい)、しかし生徒会に公爵家子息が在籍していないのも都合が悪いというので、学長から頭を下げられて書記に就任したということだった。
新入生の頃から書記をやっていたルシフェル卿は、最上級生の今年も書記を続けている。
どうして会長を引き受けてもらえないのかと学長から尋ねられて、ルシフェル卿は「帰宅が遅くなって義弟と遊ぶ時間を削られるのが嫌だ」と冗談で返したらしい。真相は謎のままだ。
少し前のことだ。学園の食堂は貴族用と平民用に分けられているのだが、図書室の利用時間も貴族と平民で分けてほしいという要望が貴族家から上がり、しかし、これをルシフェル卿は一蹴に付した。
その話は学園中に広まり、貴族と平民は平等に図書室を利用すべしと決めた公爵子息の心について、エンリケも想像を巡らせた。もし伯爵家に拾われていなかったら、自分もガーラント家に雇ってもらいたいと切望したに違いない。
そんなこんなで学園の有名人であるルシフェル卿とは、残念ながら、それほど長い会話をした記憶はない。
おっかなびっくり生徒会室へ顔を出したエンリケを、ルシフェル卿は笑顔で迎えてくれたが、すぐに生徒会長と交代して、自分は机上作業に戻っていった。エンリケを生徒会に誘おうと決めたのはルシフェル卿のはずだが、生徒会長の顔を立てたのだろう。
エンリケは来年生徒会に入る見込みだけれど、そのときにはルシフェル卿は卒業しているので、筆頭公爵家の彼と言葉を交わす機会はもうないと思っていた。
この日、思いがけずガーデンパーティーでルシフェル卿の姿を見られて、エンリケは自分も挨拶したいと思ったが、ルシフェル卿は王太子殿下に顔を見せるため立ち寄っただけで、すぐに退出すると話しているらしい。
「次の方がお待ちですから、私どもはこれで失礼いたします。また近いうちに殿下とお会いできることを願っております」
いつまでたっても次の貴族家に移ろうとしない殿下に、柔らかい笑みを向けて、ルシフェル卿が暇を告げた。
王族の話を臣下から切り上げるのは重大なマナー違反だが、今回に限っては、周囲もルシフェル卿の気遣いに感謝の表情を隠さない。
ルシフェル卿は隣に立つ義弟の肩に手を添えて歩き出した。義弟に何かを語りかけ、楽しそうにしている。エンリケから義弟殿の顔は見えないけれど、きっと彼も笑っているのだろう。
義兄弟なのに仲睦まじい様子なのが、ひどく羨ましいと思った。自分のところも、あの兄弟の半分でも仲良くなれたら良かったのだけど――。
ジルベルト殿下は名残惜しい様子でルシフェル卿の背中を見送り、ようやく次のアルフォンソ公爵家へと向き直った。
そこからは順調に挨拶の列が進み、ひとまず侯爵家と有力伯爵家までの顔合わせが済むと、殿下は木陰に用意された丸テーブルに落ち着いて、名前を呼ばれた令嬢が順番に殿下の前に座って会話する形式がとられた。
即席の側近であるエンリケは、殿下のお姿が見える位置に立って、時間が過ぎるのを待っている。
暇を持て余し、さきほど言葉を交わしたルイーゼ嬢の姿を探すと、パラソルをさした夫人のスカートの後ろから、ちらちらこちらを伺っていた。
手を振るような無作法は許されないので、代わりに、思いきり口角を持ち上げた笑みを向けてやる。
令嬢は嬉しそうな顔で、胸のあたりで手をひらひらさせた。母親に見つかる前に、さっと手を後ろに隠し、ぺろりと舌を出してみせるのが愛らしい。
そのまましばらく立っていたら、宮廷の侍従が寄ってきて、殿下のテーブルへ行くようエンリケに耳打ちした。来いと言われれば、すぐさま向かう。
しかし、殿下と同じテーブルを囲むふたりの令嬢を見て、エンリケは一瞬、体を固くした。
淡い桃色のドレスを着た方が、マリアンヌ・アルフォンソ公爵令嬢で、クリーム色のドレスを着た方が、ジェイド・フロンナート侯爵令嬢だという。
フロンナート侯爵令嬢は、先ほどエンリケに暴言を吐いた少女だった。
殿下の目に留まりたい令嬢たちは、会場をゆっくり移動する殿下からのお声がけを待って、そわそわしている。
高位貴族は、公爵家から順番に殿下へご挨拶する決まりだ。真っ先に殿下がお声をかけたのは、筆頭公爵家のガーラント家である。
もし筆頭公爵家に殿下と年齢の釣り合う令嬢がいれば、すぐさま婚約が結ばれたに違いないが、あいにくとガーラント家には男子が二人しかおらず、次男のウリエルは第二王子のエセルバート殿下と婚約している。
第二王子の相手は男嫁でも構わないけれど、王太子殿下は跡取りを作る必要があり、側妃が生んだ子供には王位継承権がない。そのため、殿下が公爵家嫡男のルシフェル卿と結婚するわけにはいかず、今日のパーティーにガーラント家が参加しているのも、王族へ顔を立てただけのことだ。
王太子妃の選定に関係のない家だから、周囲もガーラント公爵家の挨拶が終わって次に進むのを待っているのだが、ジルベルト殿下がルシフェル卿と会えたことを喜んで話し込んでいるので、次に並んでいるアルフォンソ公爵家が、じりじりしている。
ガーラント公爵家のルシフェル卿は王立学園の有名人だから、エンリケもよく知っている。
エンリケとは年齢が3つ離れており、15歳までの初等部に在籍するエンリケは、高等部にいるルシフェル卿と顔を合わせる機会などないのが普通だ。しかし、エンリケが初等部に入って二年連続で優秀成績賞を取ったとき、高等部への進学と同時に生徒会へ入らないかという打診があり、生徒会室へ顔を出したエンリケを迎えてくれたのが、ルシフェル卿だった。
当時、ルシフェル卿は、生徒会長を務める侯爵子息の下で書記をやっていたのだが、生徒会の実質的なトップはルシフェル卿であり、何かの決定のときに学園側と交渉するのも彼である。
そもそもなぜ、ルシフェル卿が会長ではないのかという話だが、そこは当人が固辞して(生徒会入りも気が乗らなかったらしい)、しかし生徒会に公爵家子息が在籍していないのも都合が悪いというので、学長から頭を下げられて書記に就任したということだった。
新入生の頃から書記をやっていたルシフェル卿は、最上級生の今年も書記を続けている。
どうして会長を引き受けてもらえないのかと学長から尋ねられて、ルシフェル卿は「帰宅が遅くなって義弟と遊ぶ時間を削られるのが嫌だ」と冗談で返したらしい。真相は謎のままだ。
少し前のことだ。学園の食堂は貴族用と平民用に分けられているのだが、図書室の利用時間も貴族と平民で分けてほしいという要望が貴族家から上がり、しかし、これをルシフェル卿は一蹴に付した。
その話は学園中に広まり、貴族と平民は平等に図書室を利用すべしと決めた公爵子息の心について、エンリケも想像を巡らせた。もし伯爵家に拾われていなかったら、自分もガーラント家に雇ってもらいたいと切望したに違いない。
そんなこんなで学園の有名人であるルシフェル卿とは、残念ながら、それほど長い会話をした記憶はない。
おっかなびっくり生徒会室へ顔を出したエンリケを、ルシフェル卿は笑顔で迎えてくれたが、すぐに生徒会長と交代して、自分は机上作業に戻っていった。エンリケを生徒会に誘おうと決めたのはルシフェル卿のはずだが、生徒会長の顔を立てたのだろう。
エンリケは来年生徒会に入る見込みだけれど、そのときにはルシフェル卿は卒業しているので、筆頭公爵家の彼と言葉を交わす機会はもうないと思っていた。
この日、思いがけずガーデンパーティーでルシフェル卿の姿を見られて、エンリケは自分も挨拶したいと思ったが、ルシフェル卿は王太子殿下に顔を見せるため立ち寄っただけで、すぐに退出すると話しているらしい。
「次の方がお待ちですから、私どもはこれで失礼いたします。また近いうちに殿下とお会いできることを願っております」
いつまでたっても次の貴族家に移ろうとしない殿下に、柔らかい笑みを向けて、ルシフェル卿が暇を告げた。
王族の話を臣下から切り上げるのは重大なマナー違反だが、今回に限っては、周囲もルシフェル卿の気遣いに感謝の表情を隠さない。
ルシフェル卿は隣に立つ義弟の肩に手を添えて歩き出した。義弟に何かを語りかけ、楽しそうにしている。エンリケから義弟殿の顔は見えないけれど、きっと彼も笑っているのだろう。
義兄弟なのに仲睦まじい様子なのが、ひどく羨ましいと思った。自分のところも、あの兄弟の半分でも仲良くなれたら良かったのだけど――。
ジルベルト殿下は名残惜しい様子でルシフェル卿の背中を見送り、ようやく次のアルフォンソ公爵家へと向き直った。
そこからは順調に挨拶の列が進み、ひとまず侯爵家と有力伯爵家までの顔合わせが済むと、殿下は木陰に用意された丸テーブルに落ち着いて、名前を呼ばれた令嬢が順番に殿下の前に座って会話する形式がとられた。
即席の側近であるエンリケは、殿下のお姿が見える位置に立って、時間が過ぎるのを待っている。
暇を持て余し、さきほど言葉を交わしたルイーゼ嬢の姿を探すと、パラソルをさした夫人のスカートの後ろから、ちらちらこちらを伺っていた。
手を振るような無作法は許されないので、代わりに、思いきり口角を持ち上げた笑みを向けてやる。
令嬢は嬉しそうな顔で、胸のあたりで手をひらひらさせた。母親に見つかる前に、さっと手を後ろに隠し、ぺろりと舌を出してみせるのが愛らしい。
そのまましばらく立っていたら、宮廷の侍従が寄ってきて、殿下のテーブルへ行くようエンリケに耳打ちした。来いと言われれば、すぐさま向かう。
しかし、殿下と同じテーブルを囲むふたりの令嬢を見て、エンリケは一瞬、体を固くした。
淡い桃色のドレスを着た方が、マリアンヌ・アルフォンソ公爵令嬢で、クリーム色のドレスを着た方が、ジェイド・フロンナート侯爵令嬢だという。
フロンナート侯爵令嬢は、先ほどエンリケに暴言を吐いた少女だった。
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