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【番外編】宰相閣下のお気に入り
宰相閣下のお気に入り(16)―エンリケside―
「わたしとジルベルト様は白い結婚だから、跡取りには養子をとると決めているの。ジルベルト様は、エンリケ様みたいな頭のいい平民の子供を迎えたいとおっしゃっているわ。最終的にどの子にするかは三人で話し合って決めましょうね」
エンリケは驚きすぎて硬直している。その間もルイーゼは明るい顔で話し続ける。
「指輪も三人おそろいにしましょうね。婚約指輪のデザインはジルベルト様が考えているそうだから、彼に任せて。その代わり、結婚指輪はエンリケ様とわたしで決めましょう。
近いうちに三人で結婚指輪の下見に行きましょうよ。美男子をふたりも連れてお出かけするの、すごく楽しみだわ。わたし、うんとお洒落するわね」
くふふ、と令嬢はかわいらしく笑う。
「こんな楽しい展開になるなんて想像もしなかったから、ジルベルト様が王太子を辞めてくださって本当に良かった。おかげで、この先ずっと三人で暮らせるのよ。素晴らしいわ」
令嬢は「ねえ、エンリケ様もそう思うでしょ?」と同意を求めてくる。
エンリケは茫然自失のまま、反射的にうなずいてしまった。高位貴族の令嬢から「そうでしょう?」と言われたら、「そうですね」以外の返答は許されないので、これはエンリケの失態ではない。
目を白黒させているエンリケを優しい目で見て、ルイーゼは微笑む。
宮廷のガーデンパーティーで、エンリケの体を気遣ってくれた幼子は、いまや社交界の薔薇とたたえられる美貌の侯爵令嬢となったけれど、彼女の温かい心がにじむような笑顔は変わらない。
「エンリケ様、わたしたちが出会った日のこと覚えてる? わたしが大人になったら一緒に暮らしましょうと話したでしょ。わたし、あの約束を忘れたことはないのよ」
「ルイーゼ嬢――」
「ジルベルト様から婚約のお申し込みがあったとき、わたしは、エンリケ様と一緒なら結婚しますと答えたの。それを聞いてジルベルト様は、たいそうお喜びになられたわ。わたしもジルベルト様も、あなたのことを一番愛しているから、ふたりであなたを幸せにすると誓ったのよ」
あまりのことに言葉を失って固まっているうちに、ルイーゼは気さくな仕草で手を振って去っていった。そしてエンリケは長い時間、放心状態で、その場に立ち尽くしていたのだった。
***
(――――え?)
ずいぶん時間が経ってから、ようやく正気を取り戻した。
その間も、エンリケは普通の顔で王城に戻って残りの執務をこなし、使者との面談を終えた宰相閣下に書類とお茶を交互にお出しして、日がとっぷり暮れてから閣下とともに馬車へ乗り込んで公爵邸へ戻ったのだが――その間の記憶が曖昧だ。
念のため、仕事で不備を犯していないか確認したが、そっちは問題なかった。よかった。
「あの、閣下、ちょっとよろしいでしょうか――」
「どうした?」
夕飯を終えて自室に戻る直前の主を捕まえて、今日ルイーゼから聞かされたことの確認を取った。三人おそろいの指輪と、閣下の結婚後の、エンリケの寝室がどこになるのかという疑問である。
「ルイーゼが話した通りだ。指輪は三人分。お前の寝床は、私と同じとなる。いま主寝室を改装工事中で、続き部屋の壁を取っ払って広くしているから、大きなベッドも入れられるぞ。
ルイーゼは自分専用の屋敷が欲しいと言うから、本館とつながった別館を建設して、そこを彼女の城とする。――今まさに建設中の、あれのことだ」
主が指さす先、窓の向こうに、本館と同じ白い石造りで、やや小ぶりの邸宅のシルエットが見える。外観はすでに完成しており、今は内装を仕上げているところだ。三階建てで、女主人が使用人とともに暮らすには十分すぎる豪邸である。
貴族家が本宅と同じ敷地内にゲストハウスを建てるのは珍しくないので、エンリケも今日までまったく疑問を抱いていなかった。
本妻と別に、愛妾を迎えることが多い高位貴族が、夫婦の寝室を別にするのも、よくあることだ。よくあることだが、本妻のルイーゼが離れに住んで、自分が主人と同じ主寝室をあてがわれるのは、どうなんだ。おまけにベッドも同じって、なんだそれ。
透き通ったアクアマリンの瞳が、エンリケの感情を読み取ろうとするように、まっすぐ見てくる。
「――私は生涯、お前を大切にすると約束したぞ。忘れたか?」
そう言った閣下が、エンリケの体に両腕を回し、頬にチュッとキスをした。
エアキスで音を立てるビズではなく、本当に唇の感触があったので、驚いて目を見開くと、至近距離からその目を覗き込んできた閣下が、ふっと笑みを浮かべて、今度は唇を重ねてきた。
ただ触れるだけの接吻で、すぐに離れていったけれど、柔らかな唇の感触ははっきりと感じた。
エンリケにとって生まれて初めてのキスだ。14歳の主に初恋を捧げて以降、恋人も作らずお仕えしてきたので、この先も一生、誰とも触れ合う機会などないと思っていたのに、そんなエンリケの唇を奪って、主人はにこりと微笑む。
「エンリケ、ついてこい」
閣下がそう言って踵を返したので、エンリケは慌てて彼の後を追った。
向かった先は閣下の執務室だった。
鍵のかかった引き出しから、手のひらに収まるサイズの箱を取り出して、閣下はエンリケの前に立った。
閣下が箱を開けると、大粒のアクアマリンの指輪が現れた。王家に献上される最上級のアクアマリンだ。
「私が国王に就任したときにお前に渡そうと用意していたものだ。それで、指輪の台座に王家の紋章が彫られているわけだが、私が王太子でなくなったことで、この指輪は出番を失った。いま新たにグレイナス公爵家の指輪のデザインを考えているから、そちらの台座が完成したら石を付け替えるぞ」
閣下に左手を取られ、エンリケが見つめる先で、薬指に指輪がはめられた。サイズはぴったりだった。
「結婚式のときは、お前の村に迎えをやって、ご両親を招待しよう。それから、私の仕事が落ち着き次第、お前の里帰りをする。私はいよいよ、生きた牛とヒツジを見るのだ。楽しみだな」
そう言って閣下はエンリケの頬を優しく撫でる。
何か言わなければと思うのに、声が出ない。そんなこと閣下はお見通して、甘く微笑んでいる。
閣下の側近となった自分は生涯独身を貫くはずだったのに、こうして未来を約束する指輪を受け取ったら、体の内側から愉悦の奔流が湧き上がってくるのを抑えられない。
自分は、報われたのだ。
そんなこと、ちっとも期待していなかったし、生涯報われなくとも己の心は揺るがないと信じていたけれど、思いがけず報われてしまった。その奇跡を目の当たりにして、一分の隙もなく幸せだった。確約された美しい未来を思い描き、指の先まで充足感に満ち満ちている。
愛する人と寄り添いあう生活が、この先もずっと続く。その幸福を享受しながら、エンリケは静かに目を閉じた。すぐに閣下の唇が合わさってきて、その熱がもたらす歓喜に身を任せた。
END
エンリケは驚きすぎて硬直している。その間もルイーゼは明るい顔で話し続ける。
「指輪も三人おそろいにしましょうね。婚約指輪のデザインはジルベルト様が考えているそうだから、彼に任せて。その代わり、結婚指輪はエンリケ様とわたしで決めましょう。
近いうちに三人で結婚指輪の下見に行きましょうよ。美男子をふたりも連れてお出かけするの、すごく楽しみだわ。わたし、うんとお洒落するわね」
くふふ、と令嬢はかわいらしく笑う。
「こんな楽しい展開になるなんて想像もしなかったから、ジルベルト様が王太子を辞めてくださって本当に良かった。おかげで、この先ずっと三人で暮らせるのよ。素晴らしいわ」
令嬢は「ねえ、エンリケ様もそう思うでしょ?」と同意を求めてくる。
エンリケは茫然自失のまま、反射的にうなずいてしまった。高位貴族の令嬢から「そうでしょう?」と言われたら、「そうですね」以外の返答は許されないので、これはエンリケの失態ではない。
目を白黒させているエンリケを優しい目で見て、ルイーゼは微笑む。
宮廷のガーデンパーティーで、エンリケの体を気遣ってくれた幼子は、いまや社交界の薔薇とたたえられる美貌の侯爵令嬢となったけれど、彼女の温かい心がにじむような笑顔は変わらない。
「エンリケ様、わたしたちが出会った日のこと覚えてる? わたしが大人になったら一緒に暮らしましょうと話したでしょ。わたし、あの約束を忘れたことはないのよ」
「ルイーゼ嬢――」
「ジルベルト様から婚約のお申し込みがあったとき、わたしは、エンリケ様と一緒なら結婚しますと答えたの。それを聞いてジルベルト様は、たいそうお喜びになられたわ。わたしもジルベルト様も、あなたのことを一番愛しているから、ふたりであなたを幸せにすると誓ったのよ」
あまりのことに言葉を失って固まっているうちに、ルイーゼは気さくな仕草で手を振って去っていった。そしてエンリケは長い時間、放心状態で、その場に立ち尽くしていたのだった。
***
(――――え?)
ずいぶん時間が経ってから、ようやく正気を取り戻した。
その間も、エンリケは普通の顔で王城に戻って残りの執務をこなし、使者との面談を終えた宰相閣下に書類とお茶を交互にお出しして、日がとっぷり暮れてから閣下とともに馬車へ乗り込んで公爵邸へ戻ったのだが――その間の記憶が曖昧だ。
念のため、仕事で不備を犯していないか確認したが、そっちは問題なかった。よかった。
「あの、閣下、ちょっとよろしいでしょうか――」
「どうした?」
夕飯を終えて自室に戻る直前の主を捕まえて、今日ルイーゼから聞かされたことの確認を取った。三人おそろいの指輪と、閣下の結婚後の、エンリケの寝室がどこになるのかという疑問である。
「ルイーゼが話した通りだ。指輪は三人分。お前の寝床は、私と同じとなる。いま主寝室を改装工事中で、続き部屋の壁を取っ払って広くしているから、大きなベッドも入れられるぞ。
ルイーゼは自分専用の屋敷が欲しいと言うから、本館とつながった別館を建設して、そこを彼女の城とする。――今まさに建設中の、あれのことだ」
主が指さす先、窓の向こうに、本館と同じ白い石造りで、やや小ぶりの邸宅のシルエットが見える。外観はすでに完成しており、今は内装を仕上げているところだ。三階建てで、女主人が使用人とともに暮らすには十分すぎる豪邸である。
貴族家が本宅と同じ敷地内にゲストハウスを建てるのは珍しくないので、エンリケも今日までまったく疑問を抱いていなかった。
本妻と別に、愛妾を迎えることが多い高位貴族が、夫婦の寝室を別にするのも、よくあることだ。よくあることだが、本妻のルイーゼが離れに住んで、自分が主人と同じ主寝室をあてがわれるのは、どうなんだ。おまけにベッドも同じって、なんだそれ。
透き通ったアクアマリンの瞳が、エンリケの感情を読み取ろうとするように、まっすぐ見てくる。
「――私は生涯、お前を大切にすると約束したぞ。忘れたか?」
そう言った閣下が、エンリケの体に両腕を回し、頬にチュッとキスをした。
エアキスで音を立てるビズではなく、本当に唇の感触があったので、驚いて目を見開くと、至近距離からその目を覗き込んできた閣下が、ふっと笑みを浮かべて、今度は唇を重ねてきた。
ただ触れるだけの接吻で、すぐに離れていったけれど、柔らかな唇の感触ははっきりと感じた。
エンリケにとって生まれて初めてのキスだ。14歳の主に初恋を捧げて以降、恋人も作らずお仕えしてきたので、この先も一生、誰とも触れ合う機会などないと思っていたのに、そんなエンリケの唇を奪って、主人はにこりと微笑む。
「エンリケ、ついてこい」
閣下がそう言って踵を返したので、エンリケは慌てて彼の後を追った。
向かった先は閣下の執務室だった。
鍵のかかった引き出しから、手のひらに収まるサイズの箱を取り出して、閣下はエンリケの前に立った。
閣下が箱を開けると、大粒のアクアマリンの指輪が現れた。王家に献上される最上級のアクアマリンだ。
「私が国王に就任したときにお前に渡そうと用意していたものだ。それで、指輪の台座に王家の紋章が彫られているわけだが、私が王太子でなくなったことで、この指輪は出番を失った。いま新たにグレイナス公爵家の指輪のデザインを考えているから、そちらの台座が完成したら石を付け替えるぞ」
閣下に左手を取られ、エンリケが見つめる先で、薬指に指輪がはめられた。サイズはぴったりだった。
「結婚式のときは、お前の村に迎えをやって、ご両親を招待しよう。それから、私の仕事が落ち着き次第、お前の里帰りをする。私はいよいよ、生きた牛とヒツジを見るのだ。楽しみだな」
そう言って閣下はエンリケの頬を優しく撫でる。
何か言わなければと思うのに、声が出ない。そんなこと閣下はお見通して、甘く微笑んでいる。
閣下の側近となった自分は生涯独身を貫くはずだったのに、こうして未来を約束する指輪を受け取ったら、体の内側から愉悦の奔流が湧き上がってくるのを抑えられない。
自分は、報われたのだ。
そんなこと、ちっとも期待していなかったし、生涯報われなくとも己の心は揺るがないと信じていたけれど、思いがけず報われてしまった。その奇跡を目の当たりにして、一分の隙もなく幸せだった。確約された美しい未来を思い描き、指の先まで充足感に満ち満ちている。
愛する人と寄り添いあう生活が、この先もずっと続く。その幸福を享受しながら、エンリケは静かに目を閉じた。すぐに閣下の唇が合わさってきて、その熱がもたらす歓喜に身を任せた。
END
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◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。