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第一章 ロストサンタクロース

鈴の音を継ぐもの/再会

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 目を覚ますと、俺は柔らかなベッドに横たわっていた。

「起きた?」

 低い声。もはや、懐かしいとさえ感じる、その声。
 俺は、重たい体を起こす。

「優衣子……」

 間違いなく、優衣子だった。
 ロッキングチェアに座って、こちらをじっと見つめている。赤いコートはハンガーにかけられ、ガスマスクはテーブルの上に載っていた。きこきこと椅子を揺らす彼女が、あの煙幕のなかから、俺を助けてくれた。

「助けてくれて、ありがとうな。あの煙、死ぬかと思ったよ」
「わたしがやった」
「ん?」
「発煙弾と催涙弾を投げ込んだのは、わたし。思い切り投げたから、肩が痛い」
「なんで、そんなこと……」
「あなたが、危ないと思った。助けなくちゃいけない気がした」

 優衣子の物言いがどこか他人行儀に感じ、俺の背すじを焦燥感が這い上がる。

「お前、優衣子、だよな?」

 答えない。
 優衣子はうつむいたまま、ロッキングチェアを揺らし続ける。

「髪、切ったんだな。なかなか似合う」

 俺は怖くなって、話題を逸らした。
 やっと見つけた。やっと優衣子に会えた。やはり生きていたんだ、という事実が、ロッキングチェアのごとく揺れていて、俺は恐ろしかった。

「だいぶ吹っ飛んだみたいだったし、仕方なく切った感じではある。けど、ありがと」
「吹っ飛んだって、なんだそれ。お前、いったい、いままでどうしてた……? なにがあった?」
「あなたのことは知ってる。外ヶ浜巽。ちゃんと憶えてる。でも、あなたが知っている嶽優衣子は、たぶん、もう死んだと思う」
「ま、待って! ちょっと、待ってくれ!」

 どういうことだ。じゃあ、お前はだれだ。

「わたしが、あなたの知っている嶽優衣子であるのかどうか、それは微妙なところ」
「どういう意味だ? どう見ても、お前は優衣子だぞ」
「わたしには、思い出がない」




 ―― 第一章 ロストサンタクロース 完 ――
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