幸せのオセロ

白鳥天祢

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序章

邂逅そして幕開け

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明日から夏休みになる今日は1学期の中間試験の結果が返される日だ。
 「えーこれで全ての教科が返却終わりましたね。それでは表彰に移ります。
 今回の試験において、学年1位という輝かしい成績を収めた鬼灯さん前に。」
名前を呼ばれ私は前に出る。こうやってここで表彰されるのはもう何回目になるだろう。
皆は私のことを天才と呼ぶ。それはただ無知なだけかもしれない、もしくは言い訳なのかもしれない
ただ、血の滲むような努力を蔑ろにたったその一言で片づけれらるのを私は好まない。
だから私は天才が嫌いだ。でも私は人に嫌われないよう天才を演じる。
私では無い、もう一人の私を偽って生きていく。でも、もう疲れてしまった。
そう。今晩、私は偽りの私に別れを告げる。死という代償を以て

【7月21日】晴れ
初夏というには蒸し暑く寝苦しいそんな夜だった。
私はこれから死ぬ。これでようやく嫌な両親からも、天才の名を冠する呪縛からも逃げられる
期待に心を躍らせマンションの階段を上る。こんな夜間の外出両親にバレてしまえば、怒られるだろう
ふと空を見上げると、そこには祝福するかのような美しい満点の星空が広がっていた。
 「ようやく、着いた。思ったより時間がかかっちゃった」
ふと独り言が漏れる
その声を聴いたのか階段横のタンクのほうから声が聞こえる
 「優等生様がこんな時間にこんな場所に来るなんて、俺は夢でも見てんのか?」
見上げるとタンクの上には同じクラスの菊池千寿がいた。
 「あら、菊池君こんなところで何してるの?」
 「こんなとこで何してんのって、そりゃこっちの台詞よこんな遅い時間にマンションの屋上来る、アホがいるとはなぁ」
 「私?私はここから飛び降りるためにここに来たの。」
そう私はこれから死ぬ。まさか誰かいるとは思わなかったが、別に構わない。
そう思って彼の顔を見る。月に照らされた彼の顔は面食らったように驚きつつも不敵な笑みを浮かべていた。
 「天才ってのは疲れるだろ。嫌になって逃げに来たか。」
私は心の中を見透かされて驚きのあまり声が出せなかった。
彼は続ける。
 「どうやら当たりみたいだな。」
 「なんでわかるのか簡単に説明してやろう。俺も同類だからだ。
 ま、正確に言うと臆病で飛び降りるの怖くて6年間ここに通ってるだけなんだけどさ」
その時私は思い出した。彼は小学生のころ確かにとても頭がよく秀才だったことを。
 「今の、私はあなたと同じかもしれない。でも決定的に一つ違うことを教えてあげる
 私は臆病じゃない。ここで死ぬんだから」
そう発して私は彼に背を向けて靴を脱ぎ、淵に腰を掛ける。あとは手で体を前に押し出せば私は束縛から逃げられる。
そう。手で体を押せば。しかし、手に力が入らない。
 「どうした、臆病じゃないんじゃなかったのか?」と煽られる
腹が立つ、でもどうしても力が入らない。
 「ま、そういうもんよ」
さっきまでタンクの上にいた菊池が横に来て話しかけてくる。
意外と死ねないもんだ、俺もかれこれ6年は死に損ねてる。
 「なぁ、菊白。俺と賭けをしないか?」
私は混乱していた。ただ真っすぐ私を見つめているその瞳を見て賭けに乗ろうとなんとなく思った。
 「いいわよ、何をすればいいの」
 「簡単だ、ここに1枚のオセロの駒がある。白が出たら俺がお前の背中を押して、殺してやる
 黒が出たら俺と1年間旅行に行こう。もちろん金は俺が出す。そしてその後に俺が殺してやる」
私は疑問に思う。白黒どちらが出ようと私が損することがない。しかし彼が得するのは黒だけ。しかも得かすら怪しい条件である。
あまりにも待遇が良すぎる。そう思うが一回乗った話、この際どうにでもなれと考えることをやめた。
 「ほら、お前がコイントスしろよ。俺がイカサマできないようにな」
そう言って彼は私にオセロの駒を渡す。
そして私は駒を指で弾く。
オセロの駒は回転しながら放物線を描き床に落ちた。
オセロの上面は黒だった。今この呪縛から逃れられないのを残念に思う反面。1年後に確実に死ねるという保証を手に入れ安堵していた。
 「んじゃ、1年間付き合ってもらいますか。俺の、いや俺たちの終末旅行に。」
そうして、この日から互いに学校にも親にも無許可での1年間の逃亡記が幕を開けることになった。
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