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一期一会

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「ねえ貴方、歌は好き?」

(こ、この人は、ま、また唐突な質問を)

「え? うん。俺ゲームと歌くらいしか取り柄ないしね。だから貴方のさっき歌っていた歌はとても魅力的に聞こえたし、良かったら、その……また聞きたいなと……」

 実際、俺は毎日ゲームと歌だけは、毎日数時間単位で練習している。

 最も、歌については練習していることは誰にも話してはいないが。

 なんかさあ、恥ずかしいしね……。

 陰キャ寄りの、俺のキャラじゃないっていうか。

「わあ! 嬉しいこと言ってくれるわね!」

 彼女は両手を合わせ、笑みを浮かべる仕草に俺は思わずドキッとしてしまう。

「ね? じゃあ良かったら、貴方も何か歌ってみてよ?」
「え、俺? い、いや? めっさ照れ臭いんだけど……」

 俺は天使の一連の行動に赤面し、モジモジしてしまう。

「ふーん……貴方、家に帰りたくないの?」

 赤と青の透き通る宝石に見つめられ、俺は即答してしまう。

「ふ、不肖この無紅、う……歌わせていただきます……」

 観客モードになっているためかストンと座り込み、笑顔で両手をパチパチと無邪気に叩いている天使サマ……。

 何故か小悪魔がほほ笑んでいる様に、俺には見えてしまう。

 魅惑的な天使の歌を聞いた後にとかさあ……なんかの拷問としか……。

 この状態はいわゆる、カラオケの歌うまの後に「じゃ次お前な」状態としか思えない。

(……で、どの歌を歌おうか。俺の好きなアニソンやゲームの歌……これらが真っ先に浮かんだんだけど、きっと彼女は知らないだろうし……。彼女が共感出来ない歌を歌ってもなと……。ということはアレを歌うしかないか……)

 俺は両手をだらりと下げ、体の力を抜いて首を回していく……。

「へえ? ソレ誰から習ったの?」
「いえ……俺が好きな歌手の動画で見て、真似ているだけです。コレをやった後だと歌いやすくて」

 実際、なににつけてもイメージというものは大事で、歌も同じだと俺は体感で感じていた。

「ア、ア――――――……」

 俺は体をゆらゆらとまるで柳のように揺らし、声を次第に上げていく。

「ん、いい声……ア、ア――――――……」

 天使も俺の後を追い、同じ発声をしていくが、何故かその行動が妙に心地良かった。

 彼女につられたからか、俺の声量がどんどん上がり、声のツヤもいつもより良くなっていく気がした。

 今ならいい歌がきっと歌える……。

 俺は目を閉じ、あの歌を歌っていく、高らかに……気持ちよく……。

「え? これって……?」

 目をまん丸くし、驚いている天使……。

 そう俺が今、歌っているコノの歌。

 実はさっき天使が歌っていた歌を真似て歌っているだけ。

「コレは私がさっき歌っていた……。たった、たった1回しか歌っていないのに……」

 ご名答。

 サビ以外未完成で、ざっくりしか歌えないけど。

 なのでところどころ荒く、ブレスや声の出し方は天使が歌ったモノとは全然違う。

 だから、そこはアドリブで俺なりの歌い方で昇華させた。

 俺は歌い終わり、天使に向かい静かに一礼する。

「す、凄い……! 粗削りだけど我流で、ここまであの歌を歌えるなんて!」

 彼女は素早く立ち上がり、ガッシリと力強く俺の両手を掴む。

「あ、うん。貴方みたいに神歌を歌えるには、まだしばらく練習しないといけないかもだけど」
「そ、そうね! じゃ、早速練習しないとね! 鉄は熱いうちに打てと言うし……」

「えっ! あの? それはいいんだけど、さっきの『家に返してくれる条件』は……?」

(正直、歌は好きだし、天使からレクチャーしてもらえるなんて無いだろうしで、願ってもないけれど……?)

「あ、ああ、実はこの歌を覚えるのが条件なのよね!」
「あ! じゃあ!」

(ラ、ラッキー! 天使の歌を覚えれるなんて早々に無い)

 俺は心の中で静かにガッツポーズをとった!

「じゃあ完コピ出来るまで返さないからね! 覚悟してね!」

 天使は軽く俺の肩をポンと叩くが……?

 えっ! て、天使の歌の完コピって……。

 一体何時間……い、いや、何日かかるんだろうか? 

「大丈夫! 数か月かかっても時間を巻き戻した状態でちゃんとお家に返してあげるから……ね?」
「ひ、ひえええ――――――!」

 俺は喜んだことをすぐ後悔することになる……。

「はい……じゃイントロからゆっくり、じっくり練り上げていこうね……。大丈夫、時間はたっぷりあるから焦らない……ね……?」
「は、はいいい――――――⁈」 

 俺の絶叫が、深緑の森中に静かに響き渡る……。

 こんな感じで、天使である彼女の悪魔的指導が行われ……数か月後……。

 俺は巻き戻った時間に無事? 生還することが出来たのだった。

 彼女の、天使の不思議な力によって……。

 うん……ということがあったなあ……。

 俺は昔を思い出し、天使から教わった歌を終える。

 自画自賛するのもアレだけど、うん……完璧だ!

 だからか、歌い終わった後、妙に心地よい。

 し、しかし、しかしである……! 

 同時に封印していたシゴキのトラウマも数珠つなぎ蘇ってしまう!

「ほら! 声がでないのは体力がないからよ! ハイ、まずこの森を10周軽く走って!」

 天使はまるで体育会系の先生のように腕組し、声高々に叫ぶ!

「ええええ!」

 あ、アンタ、10周って……一体何キロ走らせる気なんだ?

「はい! そこぼーっとしない! ピシピシ走る!」
「ひええええええええ!」

 謎の気迫に気圧された俺は絶叫しながらも、数時間かけて、なんとか、なんとか……走り終え……る。

 途中で、木の茂みから覗く、可愛らしい野兎や、小鹿、うりぼうなど散見されたのが心のオアシスではあったな。

(ていうか、こ、コレ、ガチ運動部並みの運動量だぞ……)

 万年帰宅部の俺には、きつすぎる内容で当然ダウンし、地面に突っ伏してしまう俺。

 更にトドメと言わんばかりに、地面から生えている雑草の生臭い匂いが、俺の鼻腔をくすぐっていく。

 その生臭さにたまらず悶え、起き上がる俺。

「お、元気元気! じゃ次いってみようか!」
「ち、ちがっ……」

 俺の言葉をガン無視し、まだ追加で何かさせようとする天使……いや鬼かな。

「ハイ! 次は、ストレッチと腕立て50回、腹筋50回などの筋トレをワンセットね!」
「む、無理……。吐きます。し、死んじゃう、死んじゃう!」 

 俺は首を横に激しくブンブンと振り、ジェスチャーで必死こいて訴える。

「あ、帰りたくないんだ……?」
「し、死ぬ気で頑張りますっ!」

 とは言ったものの、い、いやいや……? 俺筋トレとか自分でしたことねーんだけど?
 
 体育の授業でも腕立ては5回くらいしかできねーんだが?

 というか、走り終わった時点でもう吐きそうなんですが……?

「大丈夫! 傷んだ筋肉は即、私が回復させるから!」

 親指を立て、俺に向かいニッコリと笑う天使。

「は、はあ……」

 実際、天使は有言実行し、謎の癒しの力で、俺の傷んだ筋肉を速攻回復させてしまっていた。

「じゃ、基礎体力がついたところで、本番の歌、いってみましょうか?」

 俺のそんな気持ちをよそに、満面の笑みをし、人差し指を立てる天使だが……。

(あ、悪魔だ……。天使の姿をした歌唱の悪魔が、降臨している……)
 
 俺は、ほほを引きつらせ乾いた笑いをし、そんなことを考えていた。

 れ、練習は確かに数か月で終えた……。

 終えたのだが、1日がフルセットでこんな感じの濃密な練習。

 実際は、『おそらく数年分に匹敵する練習を俺は天使から仕込まれたのでは……?』 と今ではそう思っている。

 と思いつつも、この歌の為の体力向上は、今も毎朝欠かさず続けている。

 理由は歌を上手に歌うためと、ゲームが上手くなるため。

 俺は知っている。

 ゲームにも体力と、そして咄嗟の判断力が必要なことを……。

 その判断力や条件反射は結局筋トレしていれば血流が良くなり、ゲームも上手くなる。

 まあこのゲームが上手くなる持論は、『ストイックファイター愛好家の優が教えてくれたこと』だけど……。

 な、何はともあれ、ここまで……色々あったな……。

 人づきあいが苦手で知り合いが少ない俺だけども。

 幼馴染にして親友の優との格闘ゲーム三昧、そしてアイツからのVtuberへの進言……。

 VRゲーム『ファンタジークエスト』での瑠璃さんや桃井さんとの出会い。

 そして、あの謎の天使との出会い……。

 これらの出会いが無ければ、俺は歌をこんなにも歌えてなかったし、ゲームにも夢中になれていなかったかも……。

(そう、一人じゃ、やれることが限られているしね……)

 一期一会とは、正にこのことなんだろうな……。

 学校の授業や、クラスのみんなの事も何故か思い出す俺。

(……何はともあれ数日後には面接だけど、上手くいくといいな)
 
 ……。

 それから数日後……というか現在か……。

 俺は国津アルカディアの控室から面接室に向かって歩いていく。

 『いよいよ、俺の集大成を見せる時だ』って、考えながら……。

 俺はその思いを胸に、胸にかけているペンダントを力強く握りしめた……。
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