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真紅の太陽が落ちる時

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「馬鹿かお前? シャイな桃井さんが自分自身でそんな内容話せる訳ないだろうが?」
「……あ……ああ、そうだな……スマン」

 ド正論を闘夜に言われ、少し正気になる優。

「じ、じゃあ私が変わりに説明を……」

 咳払いし、律はそれはまるで自分の事の様に、それはもう……熱く語って行く。

「……でね……優君が瀕死の重傷を負って、血だらけになっているのを桃井さんが必死に抱き起してね……」
「……ほ、ほお……」

「……はわわ……」

 優の真近で、耳まで真っ赤になっていく桃井さんが何やら呻いているが……。

 それが何だかとても快いと優はしみじみと喜びを実感していた。

「こう……優君を抱き寄せて、ぶちゅーっと……」
「あ……そ、そう言われてみれば何やら自分の唇に……生暖かい感触が……」

 とても素晴らしい情報がゲット出来て、思わず顔がにやけてしまう優。

「……い、いやーーーーーー! 止めてーーーーーー! あれはナシ! もうノーカンで!」
「い、イタッ……も、桃井さん、爪が……爪が俺の背中に食い込んでます!」

 照れ隠しなのか、有り余るその感情を優の体にぶつけている桃井さん。 

「ハッ……! ま、待て! お前……その携帯で何をしようとしている?」

 闘夜は楽しそうににやけながら、携帯で何やらこちらを激写しているが。

「……良かったな! 喜べ! お前達の記念撮影しといたぞ!」
「お、お前……何という……」

「やめてー今すぐに消してーーーーーー! ついでに記憶からも永久抹消してーーーーーー!」

 隣で必死こいて、泣き叫ぶ桃井さん。

 す、素晴らしい……。

 この状況で、な、何て気が付く奴だ……。

 後で、こっそりレインで送ってもらって画像保存させてもらおう……。

 頭の中身がすっかりスーパーダメ夫に変貌してしまっていた優は、そんなダメダメな事を考え、闘夜と出会ったあの日の事を思い出していた。

   ♢

 あいつと出会ったのはいつからだろうか?

 いや……いつから気が付いたのだろうか? と言うのが正しいか?

 白野無紅とは親の付き合いの関係で小学生からの幼馴染だった。

 パッと見て、同年代の貧弱な内気な少年……そんな印象だった。

 親同士の会話から、その理由が心臓の生まれつきの病気からきているということがすぐに分った。

 無紅は運動が苦手というよりは、その理由で体の稼働時間が少ないことも。

 が、しかしその反動か「無紅が良いと思えた内容を一瞬で吸収してしまう」、そんな超成長力があることに優は気が付いていた。

 当然、無紅本人はそれに気が付いていないが。

 実際、体が弱いからといって無紅がはまっていた格闘ゲーム。

 最初は問題外の弱さだったが、最近では自分と同じくらいの強さになってきているのだ。

 ……いや、違う……そうではない……。

 俺があいつから学んだのだ。

 無紅ではない、もう一人のあいつに。

 そう、あれは数年前の出来事……。

 深夜に無紅と対戦格闘ゲームをやる約束をしていた最中……。

 10戦10先の勝負中の出来事だった。

 その日、無紅が体調が悪い関係かひと際弱かった日だった。

 8戦0敗、このまま完封勝利出来るかもしれない。

 そんな時……9戦目にして急に無紅の動きが変わったのだ! 

 最初は「どうせ負けるからと、ヤケクソからの無茶苦茶な動きだろう」そう優は高を括っていた。

 そのセットは動きが変わった関係で1敗してしまい8勝1敗となってしまう。

 が、その後何戦か対戦して優は気が付く、その動きがマグレでないことに!

 明らかにいつもと違う、超反応速度……。

 更にそれを利用した神がかったさし返し。

 読まれている、更にはキャラをコントロールされているからか完璧な対空。

 兎に角やることなす事裏目にでて、気が付くとラウンドを取られているのだ。

 そして気が付くと8勝10敗と逆転負けしていたのだ……。

 コ、コイツ……誰だ? 

 優は考える……。

 間違いなくいつもの無紅ではないと……。

 そして優は頭にきたのだ、「そんなに強いなら最初から本気を出せ」と……。

 良し! 明日問い詰めてやろう!

 負けん気が強い優はそう考えていた。

 対戦後の翌日……中学校の朝一にて。

「へ? 俺昨日寝ていたけど? 何言ってんのお前?」
「……な、何ッ⁈」

「つーかいつも月1で特に気分悪い日があるって言ってたし。昨日も夜連絡入れただろうが?」
「あ……ああ……そうだったな、スマン……」

 確かに無紅からその連絡は受けていた。 

 しかし、PCから再度再戦の連絡を無紅から確かに受けたのだ。

 それを確認するために帰宅後優はPCメッセージを確認するが。

 不思議な事にそのメッセージは消えていたのだ。

 が、しかし対戦履歴はしっかり残っていた。

 この相手のコード、間違いなく無紅のPCからのもの。

 そして、再度その履歴動画を見る優。

 ……8勝0敗目からの逆転負け……。

 明らかに9戦目から動きが違う……。

 そう、これはまるで別人……。

 だが、優はそんな事はどうでも良かった。

 何故なら優は強い奴と闘いたかったから。

 自分の成長の為にもまた戦いたい……そして勝ちたい!

 優はその為に考える……また来月戦えるならと……。

 その対戦から、1カ月後……。

 また、夜に無紅から連絡が入る「今日の対戦は中止したい」と。

 「無理はするな」と返信をする優。

 が、しかし優はその返信とは裏腹に期待していた。

 また、奴と闘えるかもと。

 夜にしか戦えないあいつと。

 そしてPCから連絡が入る「いつも通り対戦しよう」と。

 その日の対戦は開幕から強く、10戦0敗と優は惨敗だった。

 奴との2度目の対戦の翌日……。

 無紅は休校していた。

 いつもの病気で体調が悪いのは優は理解していた。

 帰宅してPCの無紅からのメッセージを見るとやはり消えていた。

 が、対戦履歴は前回同様残っていた。

 そして優はそれを見ながら確信した、あれは無紅ではないもう一人の無紅。

 おそらく体調不良時に起こる奇跡なのではと。

 脳はダメージを負った時に別の脳のか所で代理を行うという。

 そう、例えば普段使われていない謎の領域が代理行動を起こしたのではと。

 早い話が「体調不良時に無紅の別人格が一時的に稼働した」というのが優の推理だった。

 夜にしか戦えない男……か……。

 アイツのことは戦夜……と名付けようか?

 いや、闘夜のが色々しっくりくるな。

 ……優はそいつを闘夜と名づけることにした。

   ♢

 ……ふと、昔を思い出し、我に返る優。

「あ、お楽しみのところ申し訳ないけど、私が現状を解説しましょうか?」
「あ、助かります……」

 優は素直に律の説明を聞くことにする。

「……という事でね。色々あったけど、屋上に出現した10体の感染者は全員倒したので……」
「な、なるほど……そんな状況でしたか……色々ご迷惑をおかけしました」

 優は少し頭を下げ、律や力丸達にお礼を述べる。

「いやいや、こちらこそご馳走様……もといお世話かけました」
「あ、後、下の運動場もほとんど解決したみたいよ……?」

 藤花は、下の運動場にいる豪山達に親指を立て何やらサインを送っている模様。

「じゃあ……俺は……そろそろ消える。タイムオーバーだ……」
「闘夜……色々世話になったな……」

 無紅と幼馴染であり、闘夜の数少ない理解者である優は知っていた。

 闘夜には人間を越えた超人的な動きが出来る代わりに、活動リミッターがある事を……。

 ただし、元に戻った無紅はその反動か、激よわ状態になる。

「お互い様だ……お前があの技を食らってなかったら、あの槍をアイツが使えたら、もしかしたら俺は負けていたかもしれないしな」
「そうか……お前意外と謙虚なんだな……瑠璃さんから聞いた話と少し違うな」

「そう言ってもらえると俺も……がっ!」

 その時、闘夜の体が大きく震え一瞬動きが止まる。

 ……。

 俺の剥脱した意識が戻る……。

「……あ、あれ? 俺は今まで何を……?」

 無紅の一番の理解者である瑠璃は瞬時に察する。

 闘夜が眠り、主人格の無紅に戻ったことを……。

 更には、無紅が目覚めたものの、ファンタジークエストの時と同様に、現状では闘夜の記憶は引き継いでいないことを……。

「お、俺は一体何を……?」
「お前は気を少し失っていたんだ……」

 いつの間にか瑠璃さんがいることに気が付いた俺は、しこたま驚く。

「……え、えっ? 瑠璃さんは地上でドンパチやっているハズじゃ?」
「それはな、私は相手方の転送陣に巻き込まれてな……」

 瑠璃さんは、転送されたいきさつを俺に話してくれる。

「な、なるほど。ところで敵達は……? それに優は……?」
「敵は瑠璃さんや皆がひとまず滅してくれた。それに俺はここだ……お前の真正面にいる……」

 桃井さんの4枚の翼に包まれた優を見て、瞬時に納得する俺。

「あ……ああ……なるほど。そのなんだ……よ、良かったな……」
「ああ……俺は本当に幸せ者だ……」

「……ば、馬鹿……」
「す、スイマセン……つ、ついのろけてしまって……」

 優は本当に安らかな顔をして、幸せそうだ……。

 それに何だか桃井さんも……。

 それを温かく見守っている皆も何だか、ほっこりしていて……。

(ただ、少し気になっていたのが俺を見る皆の目が少し変わっている気がするのは俺の気のせいだろうか? 多分気を失っていたから心配してくれているのだと思うけど……)

 ……それから数十分後、無事優と桃井さんの儀式は終わり、優は俺の前に歩み寄る。

「そのなんだ……。これで俺もお前と対等な立ち位置に慣れた。その恥ずかしながら、無紅に対して、少し劣等感を感じていてな……」

 照れくさそうに俺を見つめる優。

(そうか地上で無言だったあの時も、何となくだけどそれっぽい感じが優から伝わってきていたよ。でも、正直、今はそんな事はどうでもいいんだ……)

「そうだな。それに戦いが終わったら3人でV活動始めような!」
「ああ……」
「うん!」

 また、皆で楽しく学園生活が暮らせればそれで。

「ん? ……珍しいな。人口太陽が真紅に染まっている」 

 優の視線を追うと、なるほど……確かに人口太陽が濃いルビーのように赤く染まっている。

 まるで、これからの惨事を物語るかのように。

「綺麗だけど、何だか禍々しさを感じるよね……」
「ああ……」

 ……感傷的になっている俺達はしばし、真紅に染まった太陽を眺める。

「……なあ、アレなんだ?」

 優の言葉と、指さす方向を俺達は一斉に見つめる。

「……え? 人口太陽だよね?」

 俺はもう一度、赤く染まっている人口太陽を……見つめ……。

 ……いや……その真紅の太陽からまるで雫の様に……ゆっくりと降りてくるもの……を見つめる。

 ……赤い……まるで太陽の様に燃えるような鎧に包まれるその姿。

 何というか……その圧倒的な存在感!

 まるで太陽が人として具現化したような……。

 言葉にするとそんなイメージ……。

「……あっ! 大剣が……!」

 律さんが叫ぶ。

 足元に転がっている……禍々しい大剣……。

 それが勝手に、人口太陽に向かって……。

 いや、その太陽のような男に向かって吸い寄せられるように……飛んで行っているのだ。

「な、なあ……俺さ……何だかすっごい嫌な予感がするんだけど?」

 その圧倒的な、存在感と神秘的な情景。

 俺はそれに思わず畏怖してしまい、言葉に出してしまう。

「……奇遇だな……何故か俺も父さんとの思い出を何故か思い出してしまったよ」 

 優も、若干かすれ声で、何とか言葉を口にだせる状態っぽい。

「……瑠璃さん、あ、あれってまさか……?」

 強者である力丸さんですら、その禍々しい姿に驚き声が上ずっている?

「……そうだ、あれはレッドサン創始者にして一期生現レッドサン最強の男。日野明が顕現した姿だ」
「え、えええええっ!」

 俺達はその瑠璃さんの言葉に、驚かざるを得なかった。
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