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神社にて桜の舞う季節に

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 豪山大斬は休憩室のベッドで夢を見ていた。

 いや、夢に似た過去なのだろうか?

 あれは十年位前の事だと思う。

 豪山が小学2年生の頃、帰宅中に学校の花壇を眺めているクラスの同級生を見つける。

 当時、豪山は植物や花には全く興味が無く、何故花を見つめているかの情緒を理解出来ないでいた。

「なあ、お前何してんの?」
「え? いや花がやっと開花してるから綺麗だなって思って……」 

「綺麗? お前女子みたいだな?」

 当時、スポーツや武道しか興味が無かった豪山は急に興味が失せ、そのまま集団住宅地へ帰宅しようとする。

「君隣に住んでいる豪山大斬君だよね?」
「えっ? お前まさか隣の藤花さんのお子さん?」

 豪山はその言葉を聞き、血相を変える。

 理由は自分の母が習い事で隣の人にお世話になっているのを思い出したからだ。

 母は隣人との付き合いを大事にする人で、いわゆる禅の思想を大事にする人だった。

 文武両道の人であったが個の力より、集団の生活を重んじていた。

 その母の華道の先生が隣の藤花のお母さんだったはず。

 よく玄関前で自分の母と仲良く喋っているのを見ていたので間違いないはず。

 確か娘がいると聞いてはいたが……。

 成程、切れ長の瞳に、スラリとした体形、端正な顔立ちと良く見ると藤花のお母さんに面影がある。

 その母の先生の子供にこの仕打ちはまずい。

「ご、ごめん、俺、花の事とかよくわからなくてさ」
「え? じゃ私が教えてあげようか? お母さんの仕事の関係である程度知っているし」

「あ、うん」

 断るわけにもいかず、思わず了解してしまう豪山。

 このとりとめない会話が豪山と藤花の最初の出会いだった。

 それから……月日はあっという間に過ぎ中学3年生の頃。

 豪山は藤花と仲良くなっていた関係で、VRゲームファンタジークエストをプレイしていた。

 始まりの町の周囲の桜の木が丁度満開になっている季節。

「なあ? 藤花、花って不思議だよな。本当は種類ごとに季節で咲く時期が決まっているんだろ?」

 その町の片隅で横になりながら、桜の花をぼんやりと眺めている豪山。

 というのも、実際に地下都市には季節というものはない。

 理由は年中人口太陽が輝いているから。

 例えるなら、ずっと春のまんまなのだ。

「そうね……。地上では四季があるんだけどね。綺麗だよ? 丁度今桜が咲いていて」

 豪山の隣に座り同じく桜を眺めている藤花。

「そうか……見て見たいな」

 あれから数年たち、豪山は藤花にすっかり感化され、風情という言葉を理解出来るようになっていた。

 それは置いておいて、藤花の物言いに何か違和感を感じる豪山。

「ねえ豪山? 暇なら今から私の家にこない?」
「え? お、おう!」

 豪山は藤花の事が何となく気になっていたので、ゲームを中断し、色んな事を期待しながら急いで隣の家に上がり込む。

 親切な事に玄関を入った先で出迎えてくれる藤花。

「豪山こっちの部屋に」
「お、おう!」

 異性の部屋に入るのは初めてなので緊張を隠せない豪山。

 どぎまぎしながら藤花の後をついていく。

 扉を開けると、その小部屋には四隅地面まで剥きだしのコンクリートがあるだけだった。

 いや、良く見ると床の上に黄色くボンヤリと光る魔法陣のようなものがあるではないか。

「なんだこれ?」
「豪山はこれが地上に出れるものだと言ったら信じる?」
 
「ああ……」

 藤花との付き合いは長い。

 それにあの藤花の真剣な表情。

 嘘をつく時の目じゃないと豪山は判断する。

「じゃ、私と一緒にここに来て」
「ああ……」

 豪山は全く躊躇せずに前に進む。

 ……。

 一瞬だけ視界が歪んだ気がした……。

 そして目の前に広がるは先程ゲームをしていた風景と同じ、満開の桜並木……。

 違うのは眩しい程の太陽の光……。

 そして風の心地よさ、更には桜の花の香を感じる事だ。

「藤花これは一体どんなカラクリだ……?」

 そんな言葉を吐きつつも隣にいる藤花を見て、一瞬言葉を失う豪山。

 何故なら、その藤花の背には4枚の大きな白い羽根が広がっていたのだから……。

「お、お前まさか……」

 勘がいい豪山は瞬時に理解する。

 授業で受けた始まりの天使には末裔がいることを。

「ふふ……豪山って勘がいいし、馬鹿じゃないもんね」 
「あ? 褒めてんのかそれ? まあ、いい……」

 そんな事よりも、今は地上で本物の桜の木が見れた事に感謝しないと。

 ポジティブ思考の豪山はそんな事を考えていた。

 豪山は更に視界を広げて周囲を見渡す。

「なあ? あの大きい赤い門は何だ? それにこのでかい箱は?」
「鳥居と賽銭箱よ」

「なあ? そんな事より、ここは地上の何処なんだ?」
「詳しい場所は教えられないけど、ここはとある神社。私達一族が管理している場所よ」

「そうか、この桜の木といい世の中俺の知らない事で満ち溢れているな……」

 豪山は藤花の白い四枚羽を見つめ、しみじみと思っていた。

「豪山の事だからもっとこの地上の事詳しく知りたいんでしょ?」
「そうだな……。それになんか地下と違ってここの空気って上手いよな」 

 ちらちらと散っていく桜並木に目を奪われながら、豪山はしみじみと感じる。

「……ずっと、地上にいれる方法があると言ったら?」 
「是非教えて欲しいね」

 地上にも魅力はあるが、「藤花と一緒にいれるのが実は一番魅力的なんだ」とこの時豪山は実感していた。

「豪山の場合レッドサンに入隊したらすぐに地上に出れるよ」
「そうかもしれんが、確かその手のやつって試験があるだろう?」

「私のお母さんに推薦状を書いてもらうよ。豪山は剣道でも世界的に有名な強さだし、武道だけの能力ならセンスはあるっていっていたしね」
「その筋肉バカみたいな言い方やめろや……」

 なんせ藤花は自分に無い価値観を持っているし、この感じじゃ地上にでれるコネクションも持っている。

 実際、この神社とやらの土地は藤花の一族に管理権があるようだし。

 更に豪山は藤花の不思議な魅力に興味を持っていた。

 今も不思議な事に散った桜の花弁が藤花の周囲をずっと舞っている。

 そう、藤花と会ったあの時も、チューリップの花弁がまるで小鳥のように藤花の手に触れているのを豪山は見ていたのだった。

「まあ、頼むわ……」
「うん、オッケ!」

 こうして、豪山は若くしてレッドサンの隊員となる……。

 豪山と藤花が儀式を行うのはまた先の話である……。
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