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俺達の住まい

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「……ねえねえ、何考えていたの?」 
「ブフォッ……!」

 気が付くと、鏡に映っているシロ、いや……白井の姿が見え、思わず口に入った水を噴き出してしまう俺。

 こ、コイツ……いつの間に俺の背後に……?

 ここら辺の気配を消して忍び寄る白井のムーブは、まさに猫そのもの。

 お陰で、目の前の鏡は水でびちゃびちゃになり、湾曲して写った俺の顔が呆れた顔で俺を見つめている様にも見え、しかも、もう一人の冷静な自分が「お前、何慌ててんの?」って言っている気がした。

「……い、いやいや……な、何でもないんだ!」 
「ふーん……本当に……?」

 慌ててタオルで顔を拭いている俺の周りを、うろうろする白井。

 白パジャマ姿の彼女の姿はとても魅力的で、更には色んな角度から見れるもんだから、俺にはたまらない。

 特に、こう……何というか……ほわっと盛り上がった女性独特の丸みを帯びた魅力的なS字曲線がもうね……。

 それに……ち、近いよ距離が……!

 俺の体と白井の体がミリ単位で触れそうな近距離。

 この近距離でのうろつき具合、白井が機嫌がいい時のムーブ……。

 そんな白井の顔を、タオルの隙間からそっとチラ見する俺。

 白井の頬がだらしなく緩み、何やら嬉しそうにしているのが良くわかる。

 く、くっそー……白井の奴……。

 女性、しかも元々ニャンコだからか、スッゲー感がいいんだよなコイツ。

 それはそうとして、さっき思い出した事をコイツに正直に話すべきなのか……。

 なんか正直に話したら、白井に主導権取られそうな気がして、そこがなんか嫌なんだよなあ……。

「なんでもないよ……」
「ふーん……」

 俺は通勤用の服に着替えるべく、逃げるように洗面所から自室に移動していく。

 その俺の態度が気に入らないのか、少し不機嫌な声で返事する白井。

 ……うーん、これは正直に話すべきだったのかな?

 罪悪感にかられた為か、少し胸がチクリと痛む俺。

 よ、よし! この件は帰った時に白井の様子を見て、するかしないか選択するとしよう!

「じ、じゃあ行ってきまーす!」
「はーい! 夕飯までには帰って来てねー!」

 機嫌良く、外の玄関扉前にて手をひらひらと振る白井。

 ん? んー ……白井のやつ……先程までは少し不機嫌だったハズだが……?

 正直、俺には乙女心というものがさっぱりわからない……が、まいっか!

 機嫌がいいのにはかわりないしね!

 という事で、引き続き俺は高尾駅に向かって軽やかに自転車をこいでいく。

 緩やかな坂道を下り、あっという間に小さくなっていく2LDKの白壁の我が一軒家。

 こうやって遠くから見ると、団地からやや離れているのが良くわかる 。

 若干周りが天然の緑に囲まれているしね……。

 うん! この感じだと、今日も10分程自転車をこげば駅につくだろう。

 ……ああ……それに、下り坂だからか風が冷たくてとても心地よい……。

 初夏だから、あと少しで蒸し暑くはなるんだろうけど、今はね……。

 歩きだと結構時間がかかるから、最近自転車に切り替えたけど、ホント正解だったよ。

 お陰で、道中にあるシロと出会った例の公園もあっという間に通り過ぎていく。

 今年も公園の際に、色んな色の紫陽花が咲き誇り、いい景観になっている。

 俺はそれらの景色を眺めながら物思いにふける……。

 ……ここは都心部から離れた賃借の一軒家だから、家賃が割と安い。

 不動屋さん曰く、なんか訳あり物件らしく「何でも何か、物の怪を見たとか見なかった」とか……。

 ……で、その件でしばらく住人がいなくて運よく俺が借りれたんだよな。

 長い間放置していたのに、中が綺麗だとか何とか不動屋さんが言っていた気がするが……?

 うーむ、不思議な話。

 田舎とはいえ、東京の高尾。

 1月3万で借りれたのはラッキーとしか言いようがない。

 高尾の賃借1件屋だと、普通は安くても6万前後はするだろうしね。

 しかも、お陰でシロ……もとい白井とも会えたし、俺は本当についてるよ、うん……!

 ん? ……あれ? 何か今、気がついてはいけない事に触れた気がしたけど、きっと気のせいだろう……。

 自転車を高尾駅の駐輪場に止め、俺は急いで駅に向かう。
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