悪役魔女を悪者にさせないで  ─赤の魔女の冤罪は悪人しか知らない

ハシモト

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「いだっ!」
湖畔近くにひっそりと佇む木製の家からは、女の大きな声が響いた。それに驚いた鶏が飛び跳ねる。

大声の主は、赤髪の魔女、フェイ。
彼女はベットから転がり落ち、身体を床に打ちつけたらしい。

「腰打った……今までこんな事なかったのに悪夢なんて見るから。──あれ、涙」

フェイは頬に滴る水の雫をパッと拭った。悪夢の内容なんて思い出せなかったけれど、泣いた理由はきっとソレ。
フェイは涙の理由も、悪夢の内容も気にしないタチだった。フェイは余計な事を考えないをモットーにして生きている。基本的にネガティブだからだ。

今日はいつもより早めに目覚めた。庭に自生するハーブを収穫して、魔法でチョチョイと水を撒いた。後は剪定。これは魔法では器用にいかないので、フェイ自らが庭師の真似事をする。

「あれ?あの草もあの蔓も、こんなに伸びてたっけ?おかしいなぁ…」

なんて、ぶつくさ言いながらチョキチョキ丁寧に整えていく。
確かにおかしかった。と言うか、庭全体が青々と生い茂っていて、昨日までと様子が違っている様に感じた。
(昨日…?私何してたっけ?思い出せない)
フェイはまたもや考えるのを放棄した。そう、余計なことを考えてはいけない。お前はネガティブだからね、と師匠にも言われたのだ。

フェイは一ヶ月ぶりに買い出しのため、数十キロ離れた街まで馬車で出掛ける。魔力で動く優れ物の馬車だ。ボロボロだけど。
魔女といえども何でも作り出せるわけでもないし、まして自給自足の生活なんてしていない。
一ヶ月に一度、街に下りて、食材とか色々をまとめ買いするのだ。

街人はフェイを見かけると、露骨に嫌な顔をした。フェイは嫌われ者だった。それはこの街に限らない。フェイは厄介者の烙印を押されていた
それは仕方のないことだった。フェイ自身も重々承知していたから、街人との接触は極力少なくするし、支払う時もお釣りのでない様にする。

「おい、赤の魔女」 

横脇から声がかけられた。ガタイの良い男だった。男は顎をしゃくってフェイに、こちらに来いと指示を出した。
フェイは拒否しない。無感情を顔に貼り付けて男の後についていく。
建物をすり抜けて行くと、仄暗く治安が悪そうな場所に小さな屋敷があった。男のアジトらしい。




「これは魔石。それに純度が高いわ」

どうやら男は、石の調査を魔女にさせたかった様だ。満足のいく返答にガハガハと笑った。すると、後ろの柄の悪い男たちもガハガハと笑った。

「もう帰っていいかしら」
「ああ、いいぜ。だが、ここで見た事は口外するなよ」
「ええ」
「いまいち信用に欠ける返事だな」
「そう」
「魔女なら契約書の一つぐらい魔法でパッと作ってみろよ」

男は反応の薄いフェイを揶揄いだした。他の男たちもニヤニヤと笑い出した。

「魔女と契約したいの?」
「誰がお前みたいな勇者殺しと契約してぇんだよ」

フェイの事を、勇者殺しと口では言いながら、男達は恐れていない様だった。自分たちの方が強いという自負と、フェイがもう人を殺せない事を知っているからだった。

「俺達暇してんだ。屋敷に寄ってったついでに、ちょっくら遊んでいかねぇか?」
「……」
「力試しだよ、魔女サン。勇者殺したぐらいなんだから、俺達も片腕で余裕だろ」
「いやよ」

どうやらフェイは厄介な男達に絡まれてしまった様だ。
髪の毛をグッと引っ張られる。

「おいおい、抵抗しろよ。勇者殺しの名が落ちるぜ。肩書きだけ頭でっかちなのか?情けねぇな」
「痛いから、離して」 
「お前が自分で離してみろ」

フェイは黙った。抵抗もしなかった。
こんな状況も自業自得だと思った。
だから男達の乱暴も甘んじて受け入れた。




フェイは頬に大きな痣をつくった。ジクジクと痛む頬に冷却魔法をかけたが、痛みは一向に鈍くならない。とぼとぼと元来た道を歩く。
それにしても、治安の悪い通りだ。
目で辺りをぐるりと見回すと、ドブネズミは平然と歩いているし、壁の落書きも酷く、汚れた洗濯物があちこちに干してある。そこらに落ちている動物の死骸のせいか、肉の腐った腐敗臭もした。
この街の表側は綺麗に設備もなされていたのに、裏側は設備どころか衛生管理面から行き届いていなかった。

突然フェイの目の前に男の子が飛び出してきた。
飛び出してきたと言っても、投げ飛ばされてきたと言った方が正しい。
フェイは足を止めた。

「おい!100ギラ!!酒の一本もとって来れないのか!」

6歳位の男の子の名は100ギラというらしい。随分変わった名前だ。
悪魔の形相をした女はズンズンと男の子に近付くと、その胸ぐらを掴んだ。

「能無しが!何のために生きてんだよ!!誰がここまで育ててやったと思ってんだ!」

女は拳で男の子の両頬を殴りつけた。かと思うと泣き出した。
アタシだってこんな事したくない。でもお前が悪い。アタシだってツラいんだ。わかっておくれ。
男の子をギュッと抱きしめながら、空に向かって話している様だった。
フェイは虚な瞳をした100ギラの脇を、スッと通り過ぎた。
100ギラの視線を感じたが、それも意に介さず無視をした。





夜が深まった頃、フェイは100ギラのいた通りに佇んでいた。
結局、気持ち一つでここを訪ねてしまったのだ。
おそらく100ギラが住んでいるであろう、扉すらない建物の前にいるのだが、中にも入れずに1時間ほどジッとしていた。
変にドキドキと胸が音を鳴らした。
時たますれ違う人もいたが、あからさまな不審者であるフェイを素通りして、見て見ぬフリをするのだから、ここはそういう場所なのだろう。
フェイは勇気を出して建物内に一歩踏み出した。

部屋の中は案の定汚かった。彼方此方に酒瓶が転がり、狭いベットには腹を出した女が寝転んでいた。
100ギラは…
──いた

100ギラは部屋の隅に丸まって眠っていた。
民間の家の中なんて見た事もないし、親子の上下関係もイマイチよく分からないフェイだが、100ギラの生活環境が異常なものである事はすぐに分かった。

フェイはゆっくり手を伸ばして100ギラの肩を揺らした。
ゆっくりと開く瞼はフェイを捉えた。

「ぎゃっ!」
「きゃっ!!」

100ギラがひしゃげたカエルの様な声を出すから、フェイは驚いて尻餅をついた。

「な、なんだアンタ」
「し、静かに」

人差し指を口元に持っていったフェイを見て、100ギラも釣られてコソコソと話した。

「アンタ、昼間の、魔女、赤の魔女」

途切れ途切れに言葉を紡ぐ100ギラは随分驚いた様子で、フェイを見上げていた。

「何でここに」

フェイは答えられなかった。その問いに答えるための説明を上手く紡げなかった。
100ギラの様子が気になったから来た、なんて言えば、何のために?と尋ねられるだろう。
それじゃあやっぱり、上手な説明なんてできない。本当に気になると言う気持ち一つで行動して、100ギラの目の前にいるのだから。
勿論、憐れむ気持ちも持っていたが、助けようとも、何かをしようとも考えてもいなかった。フェイは後先考えずに行動していた。

「私と来て」
「は?」
「この家を出るの」

恣意的に振る舞うフェイは自分自身の発言に驚いた。でも、後にはひけなかった。
唖然とする100ギラにフェイは手を差し伸べた。
数秒の間、2人は見つめあったが、結果、100ギラは赤の魔女の手をギュッと掴んだ、と思ったら、そのまま引っ張って横になぎ倒した。

───ガシャン!!!

うわっと地面に手をついたフェイが、パッと顔を上げると、100ギラはガラス瓶で頭を叩きつけられていた。
そんな100ギラを見下ろしていたのは、ベットで腹を出していた女で、割れたガラス瓶の蓋部分を持って、すぐ側に佇んでいた。
100ギラはフェイを庇ったのだ。

フェイは直ぐに100ギラに駆け寄り、その細い身体を抱きしめた。
100ギラは頭から血を流し、脳震盪を起こしている様で意識が半分持っていかれていた。

「おい、その餓鬼離せ。クソ魔女」
「いやよ…私がもらうんだもの」

フェイは100ギラを抱えたままバッと外に飛び出した。身体強化を付与したフェイに、スピードで敵う人間はいないだろう。

フェイは自分の住処まで、フルスピードで走った。勿論、100ギラを腕に抱いたまま。
きっと明日には少年誘拐の悪評が街に広がってしまうのだろう。

でも、フェイは気にしない。気にしない様に別の事を考えるのだ。
赤の魔女は、余計なことは考えない。
今は亡き師匠の元、17年間・・・そうやって生きてきたのだから。
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