伯爵令嬢のお気楽な婚約破棄

ハシモト

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「は?」

「ですから婚約破棄です。」

「は?」

お耳が遠いのかしら…。このお歳で少し気の毒ですね…。

「お分かりいただけますか?婚!約!破棄!です。」

なぜか婚約者様…いえ、ビリー様は信じられないといった目で呆然としています。

「お前正気か?この俺との婚約を破棄だぞ?」

「ですから、そう致しましょうと何度申したらよろしいのですか?」

まるで話が通じていないようで、段々疲れてきます。いつになったら帰れるのかしら…。
そう、ため息をつきかけたところで思わぬ助け舟がでました。

「ビリーさまぁ、彼女もそう申しておりますし私と婚約を結びましょう?。」

「え?い、いや…。」

歯切れの悪い返事にルリ様が首傾げているようです。
これでお二方が婚約を結べば、万事解決で円満な婚約破棄となりましょうに…。

「もしかしてビリー様ったら、お優しいからベル様の今後のことを気遣っているのですか?」

「あ、ああ、そうだ!もし俺と婚約を破棄すれば周りからの目も痛いだろうしな!傷物の女なんて誰が欲しがると言う!はははは!」

高らかに笑いながら仰るビリー様にルリ様の顔が険しいものになっていきます。
今の言い方ですと婚約を破棄しないと言っているようなものですものね。

「それでは私との事はどうなさるのですか?」

「そ、それは…。」

痴話喧嘩に巻き込まれている気分です。
取り敢えず早く話をつけたいので、まずは気を遣わなくていいことをお伝えしなければいけません。

「今回の婚約は縁がなかったのでしょう。ビリー様、私のことはお気になさらず、お好きな方と婚約なさって下さい。ルリ様もこれで宜しいですね?」

両者の了承を得るためにビリー様、ルリ様と、交互に目を向けます。

「チッ、お前が仕切ってんじゃねぇよ…」

ルリ様の方から舌打ちとともに、小さな声で何か聞こえましたが、敢えて聞かなかったことにしますね。

「おい!ベル!俺の事はどうでも良いと??このまま俺たちが婚約を結んでしまっても良いと思っているのか??」

「はい??」

ビリー様はコツコツとこちらに寄ってくると、私の肩を強く掴みます。

う、痛いですよ…。
本当になにが不満でこんな事をするのでしょうか?それに言っていることも謎です。
どうでも良いに決まっているじゃないですか…。
婚約なり何なり結んでしまって構いませんよ?

「ベル!何とか言え!」

わわ、揺さぶらないで下さい。頭が取れてしまいます。

「私、貴方のこと好いたことはございませんので、お好きに婚約なさって下さい。」

クラクラする頭を抑え、私は肩を強く掴む手を払います。

「お、お前が俺を好きじゃない…?好きに婚約しろ…?」

私が払った手で、ビリー様は自分の頭を掻き回しながら一歩一歩と、後退ります。
少し様子がおかしい気がして警戒していると、ビリー様は突然顔を上げて、また私に掴みかかりました。

「お前は俺が居なければ生きてはいけないんだぞ?誰がお前をお前の両親から自由にさせてやっていると思ってる!生意気にも婚約破棄だと?俺が、この俺が一欠片の可愛げもないお前をもらってやると言っているんだ、感謝して、地べたを這って生活しろ!愚図が!!」

一気にまくし立てられていく暴力的な言葉に、驚きで目が大きく開いていきます。
前々から薄々気が付いていた暴力的な一面をもろに浴びて、驚いた反面、そんなものかと受け入れる自分がいます。

「ビリー様!!私を愛していらっしゃると仰ったのは嘘だったのですか?」

事態が混乱してきたところで、そこに蚊帳の外状態になっていたルリ様も加わります。
ルリ様はビリー様に駆け寄ると、そう言って片腕に抱きつきました。

「さわるな!!汚い!!お前のような穢らわしい痴女が俺に愛されていると本当に思っているのか?」

「び、ビリーさま!?」

先程まで愛を囁き合っていたのが嘘であったかのような、突然の変貌ぶりにルリ様も私も愕然とします。

「あの、今のお言葉は嘘でございますよね…?私を愛していないとか…。」

「どこまでお前は憐れなんだ、愛する?馬鹿馬鹿しい。お前と一緒に居るだけで寒気がするよ。」

どういう事ですか…誰かこの状況を説明して下さい。
ルリ様は俯いた顔を上げると、ゆらりと私の前までやって来ました。嫌な予感しかしません。

「あんたのせいよ…。」

学生服の襟元に伸びてきた手にゾッとします。慌てて後ろに下がろうとした所、後ろが内側に引く扉であることに気づきます。これでは逃げようにも逃げられませんね…。
そのまま胸倉を掴まれ、扉に頭を押し付けられます。

「あんたがビリー様になんか吹き込んだんでしょ!?クソ女!!調子に乗ってんじゃ無いわよ!」

お次は髪を引っ張られます。もの凄く痛いので離して欲しいですけど、この様子だと誤解だと言っても余計に逆上なさるかもしれませんね。
彼女の後ろにいらっしゃるビリー様もボーと突っ立っておりますし…。

「聞いてんの!?」

パチンッ!

避けられることもなく直に頬に当たってしまいました。口内に血が広がります。
なぜこんな目に合わなければいけないのでしょうか?理不尽すぎですよ…。

「死んでよ…ねぇ、あんたが死んだら解決するわ。そうね、死になさい。」

マズイですね。頭に血が上り過ぎて行動に収集がつかなくなっているようです。
どこから取り出したのか、ルリ様の手には刃物が握られていました。

「ルリ様…。落ち着きなさって下さい。」

ダメ元で口を開くと、それが気に食わなかったのか腕を切りつけられました。

「いつまで冷静ぶっていられるか見ものだわ。」

頬に冷たい刃物が当てつけられます。
ヒヤリとした感触にぶるりと身体が震えますが、私はこんな状態でも何も抵抗する気が起きないのです…。自分のことながらおかしな事ですよね。
心の片隅でこのまま死んだら楽になれるかななんて思ったりもしているのです。

そのまま振り上げられた刃物の先を、目を細めて見つめます。
たかが婚約破棄が原因でこの結果は少し虚しい気もしますが、これはこれで決まった運命だったのかもしれませんしね。
私は運命を受け入れるために静かに目を閉じました。

ガシャンッ!!!

ガシャン?
驚いて、一度閉じた目もパッと反射的に開きました。目の前にはガラスの破片が飛び散っています。

そこに居たのはーーー

「ベル!!!無事か!?」

「サンちゃん!?」

私の大親友にして、女騎士。サンマリア・ルス・ノーツ。
彼女が騎士服で勇猛にも果敢に立って居たのです。









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