極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音

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第6話『孤独な乱獲者と、泥を啜る少女』

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始まりの森。その朝の風景は、多くの冒険者にとって「希望」の象徴だ。小鳥のさえずりが響き、朝露に濡れた草花が光を反射する。だが、トワが立ち入るその一角だけは、まるで時間が磨り減ったかのような、異様な「無」の静寂に支配されていた。
 シュッ――。
 一秒間に、三度。空気を切り裂く鋭い音だけが、等間隔で刻まれる。
 トワの足元には、討伐したスライムの核からこぼれた青い破片が、まるで雪のように降り積もっていた。
(……一万四千八百。一万四千八百一。左足の踏み込みが、あと二ミリ浅い)
 トワは止まらない。
 レベルは上がらない。ステータスの通知音も、心地よい成長の光も、彼にはもう何年も訪れていない。それでも彼は、針のように細く研ぎ澄まされた鉄塊を振り続ける。それはもはや「戦闘」と呼ぶにはあまりに無機質で、工場の機械が部品を刻むような、冷徹なまでの『作業』だった。
 だが、その様子を、大樹の陰から震える瞳で見つめている者がいた。
 泥に汚れた革鎧を纏い、刃こぼれした短剣を握りしめた少女、シフォンだ。彼女はこの一時間、瞬きを忘れるほどその光景に釘付けになっていた。
「……あ、あの……っ!」
 シフォンの絞り出したような声が、森の静寂を破った。
 トワは剣を振る手を止めない。視線すら動かさない。ただ、背後の気配を完全に把握した状態で、淡々とルーティーンを継続する。
「……何だ。そこはスライムの湧き地点(リポップポイント)だ。そこに立っていられると、次の獲物が現れるのがコンマ数秒遅れる。邪魔だ、どけ」
「わ、分かってます! でも、私……どうしても聞きたくて! あなた、ギルドで噂のトワさんですよね? Cランクまでしか経験値が入らないって……無能だと笑われていた……」
 トワは、一際鋭い踏み込みと共に、三体のスライムを同時に串刺しにした。
 ようやく剣を収め、ゆっくりとシフォンの方を向く。その瞳は、感情の欠落した黒い深淵のようだった。
「噂なんてどうでもいい。……俺は今、忙しいんだ」
「待ってください! 私、鑑定スキルで見ちゃったんです。あなたのレベルは『15』。新人冒険者と変わらない。なのに、どうして……さっきから、一度も剣を外さないの? どうして、Bランクのガイルさんを子供扱いできるの!? 私……私だって、不遇スキルを授かって、もうこれ以上は強くならないって言われて……!」
 シフォンの声は、叫びに近かった。
 彼女もまた、この世界の理不尽な「レベル制」というルールに、翼を折られた一人なのだ。努力してもステータスが上がらない絶望。強者に「お前はここまでだ」と決めつけられる屈辱。
 トワはシフォンの前を無言で通り過ぎようとし――ふと、彼女の手元を見た。
 短剣を握る指先。そこには、トワがかつて作ったものと同じ、血の滲んだ「努力の痕」があった。
「……レベルを上げたいなら、俺に聞くのは間違いだ。俺はもう、レベルの上げ方を忘れた」
 トワは足を止め、背中越しに冷たく言い放つ。
「だが、一万回殺せば、相手がどう死にたいかが見えてくる。十万回殺せば、相手が動く前に『死の線』が空間に固定される。百万回を超えれば――世界が静止して、自分だけが動けるようになる」
 トワは再び歩き出し、森のさらに奥、魔物の密集地帯へと足を踏み入れる。
「レベルなんていう他人が決めた数字に、俺の限界を許可した覚えはない。……付いてくるなら勝手にしろ。ただし、一秒でも遅れるようなら、お前もただの『雑魚』として置いていく」
 シフォンの顔に、衝撃が走る。
 レベル上げを諦めた男が到達した、数値化不能な「最強」。
 彼女は溢れそうになる涙を乱暴に拭うと、トワの背中を追って、泥だらけの靴で走り出した。
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