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第11話 天秤の上の命、あるいは数値を拒む男
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ギルドの最上階。
分厚い絨毯が足音を吸い込むその部屋は、外部の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
壁一面を埋め尽くす書架には、この街の全冒険者の「数値」が記された名簿が並んでいる。
部屋の主、ヴィクトールは、執務机に置かれたティーカップから立ち上る湯気を眺めていた。
「座りたまえ、トワ君。……それと、シフォン君も」
促された言葉に、トワは無言でソファに腰を下ろした。
シフォンはトワの隣で、借りてきた猫のように身を固くしている。
「単刀直入に言おう。君たちの『技術』は、このギルド……いや、この国の軍事バランスを根底から覆す可能性がある」
ヴィクトールが、一枚の書類を差し出した。
そこには、先ほどシフォンが叩き出した「0.018秒」という数字が、赤いインクで強調されている。
「レベル15の少女が、Bランク相当の貫通力を放つ。魔力消費はほぼゼロ。……これは『魔力の量』という従来の戦力評価を、根底から無意味にする爆弾だ」
ヴィクトールの目が、眼鏡の奥で冷たく光る。
「トワ君。その『効率化の理論』を、ギルドの公式教本として提供してほしい。代わりに、君には特級講師の地位と、君のランク制限を解除するための特殊な『徳(ポイント)』の融通を約束しよう」
破格の条件だ。
レベルが上がらず、不遇を囲ってきた冒険者なら、泣いて喜ぶ提案だろう。
だが。
トワの反応は、ヴィクトールの予想を、あるいは「常識」という名の数値を、鮮やかに裏切った。
「……断る」
短く、平坦な拒絶。
「理由を聞こうか。君にとって、これ以上の利益はないはずだが」
「利益、だと?」
トワは初めて、ヴィクトールを正面から見据えた。
その瞳には、侮蔑すらなく、ただ深い「諦念」のようなものが宿っている。
「あんたの言う『理論』は、一朝一夕で身につくものじゃない。一万回の失敗と、十万回の微調整。それを積み上げるための『孤独な時間』が必要だ」
トワは、自分の右手のひらを、ヴィクトールの鼻先に突き出した。
そこには、剣の柄に食い込んだ、幾層にも重なる硬いタコがある。
「あんたはそれを、本に書いて配れば誰でも使える『資産』だと思っている。……だがな、これはシステムに管理されることを拒んだ奴だけが、泥を啜って手に入れる『毒』だ」
トワはソファから立ち上がった。
「安売りする気はない。……シフォン、行くぞ」
「ま、待ちたまえ! まだ話は終わって――」
「終わったさ。あんたの持つ『物差し』じゃ、俺たちの重さは測れない」
トワは一度も振り返ることなく、部屋を後にした。
扉が閉まる音だけが、ヴィクトールの完璧な静寂の中に、不協和音として残された。
分厚い絨毯が足音を吸い込むその部屋は、外部の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
壁一面を埋め尽くす書架には、この街の全冒険者の「数値」が記された名簿が並んでいる。
部屋の主、ヴィクトールは、執務机に置かれたティーカップから立ち上る湯気を眺めていた。
「座りたまえ、トワ君。……それと、シフォン君も」
促された言葉に、トワは無言でソファに腰を下ろした。
シフォンはトワの隣で、借りてきた猫のように身を固くしている。
「単刀直入に言おう。君たちの『技術』は、このギルド……いや、この国の軍事バランスを根底から覆す可能性がある」
ヴィクトールが、一枚の書類を差し出した。
そこには、先ほどシフォンが叩き出した「0.018秒」という数字が、赤いインクで強調されている。
「レベル15の少女が、Bランク相当の貫通力を放つ。魔力消費はほぼゼロ。……これは『魔力の量』という従来の戦力評価を、根底から無意味にする爆弾だ」
ヴィクトールの目が、眼鏡の奥で冷たく光る。
「トワ君。その『効率化の理論』を、ギルドの公式教本として提供してほしい。代わりに、君には特級講師の地位と、君のランク制限を解除するための特殊な『徳(ポイント)』の融通を約束しよう」
破格の条件だ。
レベルが上がらず、不遇を囲ってきた冒険者なら、泣いて喜ぶ提案だろう。
だが。
トワの反応は、ヴィクトールの予想を、あるいは「常識」という名の数値を、鮮やかに裏切った。
「……断る」
短く、平坦な拒絶。
「理由を聞こうか。君にとって、これ以上の利益はないはずだが」
「利益、だと?」
トワは初めて、ヴィクトールを正面から見据えた。
その瞳には、侮蔑すらなく、ただ深い「諦念」のようなものが宿っている。
「あんたの言う『理論』は、一朝一夕で身につくものじゃない。一万回の失敗と、十万回の微調整。それを積み上げるための『孤独な時間』が必要だ」
トワは、自分の右手のひらを、ヴィクトールの鼻先に突き出した。
そこには、剣の柄に食い込んだ、幾層にも重なる硬いタコがある。
「あんたはそれを、本に書いて配れば誰でも使える『資産』だと思っている。……だがな、これはシステムに管理されることを拒んだ奴だけが、泥を啜って手に入れる『毒』だ」
トワはソファから立ち上がった。
「安売りする気はない。……シフォン、行くぞ」
「ま、待ちたまえ! まだ話は終わって――」
「終わったさ。あんたの持つ『物差し』じゃ、俺たちの重さは測れない」
トワは一度も振り返ることなく、部屋を後にした。
扉が閉まる音だけが、ヴィクトールの完璧な静寂の中に、不協和音として残された。
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