極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音

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閑話 受付嬢エリンは、計算が合わないことに頭を抱えている

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 冒険者ギルドの閉館後。
 エリンは一人、カウンターで山のような納品書と格闘していた。
「……おかしい。やっぱり、計算が合わない」
 彼女が手にしているのは、トワが今日一日で納品した「スライムの核」の集計表だ。
 通常、ベテランの掃除屋が一日中森を駆け回っても、納品数はせいぜい五十から八十。それがこの街の、いや、この世界の「限界値」だ。
 だが、トワの納品数は、桁が二つ違う。
「……一千二十四個。……一秒に一個狩り続けても、十七分かかる計算。森への往復時間を考えれば、彼は一瞬も立ち止まらずにスライムを殺し続けていることになるわ」
 エリンはペンを置き、こめかみを押さえた。
 さらに異常なのは、納品された核の「品質」だ。
 
 通常、スライムの核は衝撃で傷つきやすく、納品時の評価は『B』から『C』が標準。
 しかし、トワが持ってくる核は、そのすべてが『Sランク:完全無傷』なのだ。
「……顕微鏡で見ても、傷一つない。これ、どうやってるのよ」
 彼女は、昼間にトワがボソッと言っていた言葉を思い出す。
『核の分子構造には結合の弱い「割れ目(劈開)」がある。そこにナイフの先端を、分子運動の周期に合わせて差し込めば、抵抗はゼロだ』
「分子運動? 劈開? ……バカじゃないの」
 エリンは吐き捨てるように言った。
 そんなものは技術ではない。もはや「現象」だ。
 しかも彼は、その超絶技巧を「より多く、より速く、より楽に」稼ぐためだけに、十年以上も磨き続けてきたのだ。
 さらに、彼女の胃を痛ませる原因がもう一つ。
 トワの弟子になった少女、シフォンだ。
「……あの子、昨日までスライム一匹に泣いていたのに。さっき見たら、ギルドの裏で、目隠ししたまま飛んでくるハエを短剣で叩き落としていたわ。……トワの『効率』が伝染してる」
 エリンは、真っ白な集計表を前に溜息をついた。
 
 レベルや魔力という「神の数値」を無視して、物理法則だけで世界をハックしようとする師弟。
 彼らがこのまま動き続ければ、ギルドが何十年もかけて築き上げてきた「冒険者の格付け」という常識が、砂の城のように崩れてしまう。
「……もう知らない。明日、館長に予算の増額を申請しましょう。彼らの持ってくる素材が良すぎて、街の市場価格が暴落し始めてるんだから」
 夜のギルドに、疲れ果てた受付嬢の独り言だけが空しく響いた。
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