7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月の入学

7月の入学 5

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 翌日、初日の授業を終えて、わたしはぐったりしていた。
 周りに性別の事がばれないかと気が気ではなかったが、懸念していたよりもあっさりとわたしはクラスに溶け込む事ができた……と思う。中にはフランツのようにずけずけと


「君、本当に男?」


 などとからかってくる者もいたが、ルームメイト達がそうであったように、クラスメイト達もまた、わたしを男の子として見ているようだった。男子校に女子がいるわけがないという先入観のせいだろうか。

 なんだ。性別を誤魔化すのって意外と簡単じゃないか。この分なら卒業するまで男の子として生活していくのも可能なのでは? そこまで考えて首を振る。いやいや、油断してはいけない。どこで何があるかわからないし、用心するに越した事はない――と、そんな相反する考えが交互に襲ってきて余計に疲れてしまった。

 おまけに新たな問題が浮上してきた。授業のレベルの高さだ。正直、教師が何を言っているのかよくわからない。今までも家で勉強を教えてくれる者はいたが、内容はこの学校で習うものに遠く及ばず、いかに自分が教養から離れた場所で暮らしていたかが思い知らされた。
 勉強は嫌いではないが、とりたてて好きというわけでもない。どちらかというとそこまで熱心にする必要がなかった。よもや今になってこんな生活が訪れようとは……。

 ともあれ、このままでは落第必至である。とりあえず参考になりそうな本でも読もうかと、放課後に図書館へと向かったが、そこがまた立派な建物で、すべてのフロアの天井近くまで本がみっちり詰まっている。
 萎えそうになる心を奮い立て、授業に関係ありそうな分野の本をどうにか探し出す。図書館を出ると、空は夕焼けに染まっていた。

 もうすぐ夕食の時間だ。今日は絶対フランツに勝ってみせる。クルトやテオはああ言っていたが、やっぱり負けたままでは悔しい。それに、勝てば二人分のおいしいデザートが食べられるのだ。この絶好の機会をみすみす放棄するわけにはいかない。神様、わたしにどうかご加護を……!
 拳を握り締めながら天に勝利を祈った。







「あのさ、クルトかユーリ、どっちかオレと寝室換わってくれねえか?」


 わたしのトレイからデザートの入った容器を取り上げながら、フランツが切り出す。


「換わったら、そのローテグリュッツ返してもらえます?」

「返したら、換わってくれんのか?」


 口調は冗談めいているが、その表情になんとなく真剣なものを感じ、わたしは戸惑いながらクルトと視線を交わす。


「な、いいだろ? 頼むよ」

「残念ながらそれは無理だ」

「なんでだよ?」


 懇願をあっさりと切り捨てるクルトに、フランツは諦め切れないといった様子だ。


「理由なく勝手に部屋を交換する事は寮則で禁止されている。誰もが好き勝手やっていたら、協調性や忍耐が育たないからな」


 そんな規則があったなんて全然知らなかった。この学校の事を詳しく把握するためにも、そのまま二人のやりとりに耳を傾ける。


「理由ならあるさ」

「どんな?」

「蝶だよ」


 隣でテオが顔を強張らせたような気がした。けれど、それに気付かないのかフランツは続ける。


「昨日も言ったろ? オレは蝶が駄目なんだって。あんなものが一緒の部屋にあるってだけでもう……とにかく耐えられねえんだよ。頼む、換わってくれ」

「そんな子どもみたいな理由が通用すると思っているのか?」


 クルトは呆れたような声を上げる。
 そうだそうだ。もっと言ってしまえ。その子どもみたいな言い訳をする人に、昨日はわたしとテオが子ども扱いされたのだ。そんな理不尽が許されてなるものか。

 しかし、断られて肩を落とすフランツを見ていると、ちょっと可哀想にもなってきた。まるでこの世の終わりかのように、デザートを食べる手もぴたりと止まっている。規則だからどうにもできないが、慰めるつもりで口を出す。


「うーん、でも、少しは気持ちもわかるような……もしもわたしのルームメイトが、ムカデとかカメムシの蒐集家だったらと思うと……」

「僕のコレクションをそんなものと一緒にしないでくれ!」


 テオが声を荒げて立ち上がったので、みんなが驚いてテーブルが一瞬で静まり返った。周りの生徒も何事かと注目している。


「ご、ごめんなさい。テオの趣味を貶したつもりはなくて……その、例えばの話で……」


 慌てて謝ると、テオもすぐにはっとしたように顔を赤らめる。


「あ、いや、僕のほうこそごめん……先に部屋に戻るね」


 気まずそうに言葉を残すと、足早に食堂から出て行ってしまった。
 もしかしてわたし、余計な事言っちゃったかな……。







「ねえクルト。フランツとテオの事なんですけど……」


 今、寝室にはわたしとクルトしかいないが、なんとなく声を抑えてしまう。
 あれから数日。結局フランツは部屋の交換を諦めたようだったが、代わりに自分の寝室に入る事を極端に避けるようになってしまった。必要な私物も持ち出して、談話室の片隅に積み上げてある。眠る時以外はほとんどそこで過ごしているようだ。


「あの二人、大丈夫だと思いますか?」

「なにか気になる事でも?」


 クルトがこちらに顔を向ける事なく答える。彼は今クローゼットの扉を開けて、なにやら引っ掻き回している最中だ。あんなにたくさんあった荷物は、不思議とどこかに収まっていた。


「フランツはほとんど寝室に入ろうとしないし、その事でテオとも微妙に距離ができているみたいだし……このままじゃまずいと思うんですが」

「誰にだって、相性のいい人間とそうでない人間がいるのは仕方ないだろ。せめて表面上だけでも取り繕って貰いたいとは思うが……君はあの二人に仲良くして欲しいのか?」

「それはそうですよ。血は繋がっていないとはいえ、一緒に暮らすのなら家族も同然です。むしろ、血が繋がっていないからこそ、家族のように親密な関係を築く事が重要なんですよ」

「家族、ね……まさかその中には俺も含まれてるのか?」

「もちろんです。そうだ。どうせならそれっぽい呼び方にしましょうか? クルトおにいちゃん」


 その呼び声に振り返ったクルトの顔には、戸惑ったようななんともいえない微妙な表情が浮かんでいる。


「なんですかその顔……あ、もしかして逆のほうがよかったですか? クルトが弟で。わたしの事『おにいちゃん』って呼んでくれても構いませんよ? さあさあ、張り切ってどうぞ。さん、にー、いち、はい!」

「遠慮しておく。普通に名前で頼む」

「なるほど。双子設定ですね」

「兄弟設定から離れてくれ」

「もう、仕方ないですね。じゃあ、クルトは特別に除外で。フランツとテオに――」

「それも絶対やめろ。とにかく家族ごっこは却下だ」

「ええー……」


 結構いい案だと思ったのに。
 むくれるわたしの様子に、クルトは一つ溜息をつく。


「そんなに仲良くしたいんだったら、あの二人を誘ってどこかに出かけるのはどうだ? 明日はちょうど日曜日だし」

「おお、なるほど」


 クラウス学園では、日曜日に限り外出が許されている。場所を変えれば気分転換にもなるし、私的な時間を一緒に過ごす事で距離も近づくかもしれない。


「それはいい考えかも。せっかくだからみんなで出掛けましょうよ」

「すまないが、俺は用事があるから一緒には行けない。三人で楽しんできてくれ」

「あ、そうなんですか……」


 それは少し残念だが仕方がない。他の二人を誘ってみよう。
 明日の計画を練っていると、鐘の音が一回鳴り響く。
 はて、何を知らせる鐘の音だろう? そういえばさっきも二回鐘が鳴っていたような。まだ夕食には早い気がするけれど……。


「時間だな。行くぞ」


 クルトがクローゼットの扉をパタンと閉める。


「行くって、どこに?」

「忘れたのか? 毎週土曜は入浴日だ。学年ごとに順番に浴場に集まるように言われただろ? 鐘が一回鳴れば俺たち一年生の番だって」


 見れば、クルトの手には柔らかそうなタオルが握られている。クローゼットを引っ掻き回していたのは入浴の準備のためだったのか。
 でも、当然ながらみんなと一緒にお風呂になんて入れるわけがない。


「ええと……わたしはちょっと、遠慮しておきます」

「体調でも悪いのか?」

「いえ、あの、その……実は、お風呂が苦手で……」


 それを聞いたクルトが眉を顰めて一歩後ろに下がった。まるでわたしから距離を取るように。その拍子に背中がクローゼットの扉にぶつかる。
 わたしは慌てて付け加える。


「あ、ちゃんとクルトの見てないところで毎日身体は拭いてるので大丈夫ですよ。汚くないです。美しいです。なんだったら、ちょっと匂い嗅いでみます?」

「やめてくれ。匂いがどうとかいう発想がまず美しくない」


 クルトは見てはいけない物でも見たというように目を逸らすと


「……入浴が嫌いだっていう人間は決して珍しくはないが……その、君は…………いや……なんでもない」


 言いかけた口を噤んで、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
 なんだろうあの態度。今のは明らかにわたしを避けていた。不安になって身体のあちらこちらに鼻を近づけてみる。

 大丈夫……だよね?
 大体毎日身体を拭いているんだから、多少入浴しなくとも臭うわけがない。ちょっと神経質ではないか。
 でも、念のため今のうちに水で身体を拭いておこう……。
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