7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
58 / 145
7月と8月

7月と8月 3

しおりを挟む
 声のしたほうを振り返ると、孤児院を取り囲む柵の外、小路に植えられた木の陰から一人の少年が姿を現した。


「お兄ちゃん!」


 声の主がわたしたちのよく知る人物だと判ると、途端にアウグステが怒り出した。


「今のもお兄ちゃんの仕業ね!? もう、びっくりしたじゃないの! 相変わらずなんだから!」

「悪い悪い。まさかおまえたちがそんなに驚くとは思わなくってさ」


 少年はそう言うと、柵を軽々と乗り越えて散らばった作物を拾い始めた。
 彼はわたしたちの『兄』に当たる。昔から画家になるのが夢で、15歳になるよりも早くこの孤児院を出た。今は近くにアトリエを構える画家の先生に弟子入りして、そこで住み込みで働いているはずだ。

 確かにおにいちゃんは誰よりも絵が上手だった。孤児院のみんなも、将来はさぞ高名な画家になるだろうと言っていたし、わたしもそう思っていた。だから、おにいちゃんが画家のアトリエで働くと決まったときは、みんなで喜んだものだ。  


「なんだこのニンジン、随分と小さいな。収穫するのが早すぎたんじゃないのか? シスター・エレノアに怒られるぞ」


 ニンジンを拾い上げながらおにいちゃんが声をあげる。


「そういえばおにいちゃん、よくシスター・エレノアに怒られてたよね」


 わたしの言葉にアウグステが同意するように頷く。


「そうそう、熟してないトマトとかパプリカを収穫したりね。それに比べたらニンジンが小さいくらい全然ましよ」

「やめろよ。あの時の事はいまだに心の傷になってるんだよ……ああ、思い出したくもない」


 おにいちゃんが大げさに身震いしたので、わたしたちは笑い声を漏らす。久しぶりに顔を合わせて懐かしい気分になったわたし達の間には和やかな空気が流れた。
 おにいちゃんはふと思い出したように「お、そうだ」と呟くとポケットを探って小さな袋を取り出す。


「おまえ達におみやげがあったんだ」


 そうして渡された袋を覗き込むと、中にはねずみ花火と、赤や緑など様々に色づけされた癇癪玉がたくさん入っていた。先ほどの破裂音はこれが原因だったらしい。わたしたちを驚かせるつもりでおにいちゃんが悪戯したのだ。


「わあ、ありがとう! きっとみんなも喜ぶよ」


 わたしがお礼を言うと、アウグステは不満げに口を尖らせた。


「お兄ちゃんは乙女心がわかってないわ。こんなもの喜ぶのは男の子だけよ。もうちょっとあたしたち女の子にも配慮してくれなきゃ」

「そりゃ悪かったな。ついでに女の子の喜ぶものってのを教えてもらえると助かるよ」

「やっぱりクリームたっぷりのケーキとか、きらきらの宝石とか、レースとかフリルのたくさん付いたドレスとか……」

「見習いの俺にそんな金があるわけないだろ?」


 おにいちゃんはやれやれと溜息をつく。


「でも、おにいちゃん、こんな所で油売ってて大丈夫なの?」

「別にさぼってるわけじゃねえよ」


 わたしの問いに、おにいちゃんはなんだか気まずそうに頭を掻く。 


「なんかよくわからないんだけど、先生にすげえ怒られちゃって、出て行けって言われてさ……俺は指示された通り色を塗っただけなんだけどなあ」

「そ、それって解雇って事……?」

「いやあ……そんな大げさなものじゃないだろ。きっと虫の居所が悪かっただけさ。夜には先生の機嫌も直ってるって。あーでも悔しいな。今までデッサンばっかりで飽きてたところに、せっかく着彩の手伝いが出来ると思ったのに」

「それならいいけど……」

「でもさ、お兄ちゃんの描く絵って、独特だったと思わない?」


 アウグステが横から口を挟む。


「不思議な色合いっていうか、干草みたいな感じ。うまく説明できないけど……でもまあ、そういう他人と違うところが芸術家っぽくもあったわよね」

「なんだよそれ、表現が曖昧すぎるだろ……意味がわかんねえし」

「仕方ないでしょ。あたしはお兄ちゃんと違って画家の才能なんて無いんだから、芸術的表現力を求めないでちょうだい。ともかく、その時の感覚で色を塗ったから先生が怒っちゃったんじゃないかしら。画家だったら色の違いには敏感だしね」

「そういやあんまり深く考えないで塗ってたような気もする……なるほど、アウグステの言うとおりかもしれないな」

「でしょ? お礼はお菓子で良いわよ」

「……考えとくよ」


 その時、孤児院の建物からシスター・エレノアが姿を現し、わたしたちを見て声をあげる。


「あなたたち、ここで何をしているの!? 早く仕事に戻りなさい!」


 そう怒られてアウグステは首をすくめる。わたしは癇癪玉の袋をポケットに押し込んで隠した。
 シスターはお兄ちゃんに向き直り、諭すような口で話しかける。


「あなたはもうここを出た身でしょう? それなのに頻繁に戻って来たりなんかしたら、あなたの先生も良く思いませんよ。気をつけなさい。あなたには才能があるんだから、自分でそれを台無しにするような事はしてはだめよ」

「……はあい。すみません」


 おにいちゃんはしぶしぶといった様子で謝ると、手にしていた最後のニンジンを籠の中に放り込む。


「それじゃ、俺は帰ります。ごきげんようシスター・エレノア。おまえたちも、またな」


 それからおにいちゃんは、わたしたちにしか聞こえないような声で囁く。


「今度さ、絵のモデルになってくれないか? いい加減静物ばっかりで飽きてきたところなんだよ」


 わたしがそれに答える間もなく、おにいちゃんは小声で「考えておいてくれ」と付け加えると、来た時と同じように柵をひらりと乗り越えると、瞬く間に走り去ってしまった。

 モデルって、まさかヌードだったらどうしよう……





 翌日、アウグステと一緒に畑に出ると、妹のひとりが畑の一角で蹲っているのを見かけて、ふと足を止める。彼女が泣いているように見えたからだ。


「どうかしたの?」


 声を掛けると、妹は顔を上げた。涙こそ流れていなかったが、その顔は眉尻が下がり、悲しみと困惑の色が浮かんでいた。


「あ、おねえちゃん、聞いて! 畑がね、荒らされてるの」

「ええ!? まさか、野菜を盗まれたの!?」

「ううん。そうじゃないの。昨日種をまいたばっかりだから、盗まれるような野菜はなかったんだけど……」


 妹が指差す先には確かに土が掘り返されたような跡があった。


「ありゃりゃ、これはひどいわね。カラスにでもやられたのかな? あいつらあれで結構賢いから」


 横でアウグステが唸る。
 妹は今にも泣き出しそうに顔を歪める。


「どうしよう。シスター・エレノアに怒られちゃうかも……」


 わたしは妹の不安を取り除くように慌てて首を振る。


「カラスのせいなら仕方ないよ。シスター・エレノアもわかってくれるって。それで、一体なんの種をまいたの? ここって何を育ててたんだっけ? 麻……は去年だから違うよね」

「カブよ。今年からはここで育てましょうってシスター・エレノアが。立派に育ったら夕食のスープにするからって」

「それじゃあ、去年までとは違う作物の種をまいたのをカラスが理解したのかな? ほんと賢いなあ」

「ユーリ、あんたってば感心してる場合じゃないわよ。このままじゃみんながカブの一口も食べられなくなっちゃう。とにかくシスター・エレノアに新しい種を貰いに行こう。そしたらあたしたちも種まき手伝うから。ね?」


 アウグステが優しく妹の肩を抱き立ち上がらせる。
 妹を慰めるつもりが話が脱線して怒られてしまった。
 うーん、やっぱりアウグステはしっかりしてる。面倒見も良いから、他の妹たちにも慕われているみたいだ。
 それにひきかえわたしは……ああ、悲しくなるからあんまり考えないでおこう。
 若干の空しさを振り払うように首を振ると、わたしは二人の後に続いた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...