65 / 145
7月と8月
7月と8月 10
しおりを挟む
目を閉じていたせいか、誰だかちっともわからなかった。普段と全然印象が違う。どちらが本当の彼の姿なんだろうか。
イザークは横たわったまま、いつものように王子様みたいな笑みを浮かべる。
「何か用?」
「いえ、特に用事はないんですが……もしかしてあなたが息をしてないんじゃないかと心配になって……」
「はあ? なにそれ。普通そんな事考える? 馬鹿馬鹿しい。昼寝してるだけでそんな事言われたら堪らないよ」
そういった途端、イザークは呻き声を上げて背を丸める。辛そうに顔を顰めて何かに耐えているようだ。
「だ、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いとか? 誰か呼んできましょうか?」
「やめて!」
イザークが鋭い声で制する。
「……なんでもないよ。ほっといて」
「で、でも、顔色も良くないし……」
「しつこいなあ。ほんとになんでもないってば。早くどこかに行ってよ。ひとりになりたいんだ」
そうは言うが、どう見ても昼寝という感じでもない。
それに、そんなに鬱陶しいのなら、イザークのほうがここを立ち去れば良いはずだ。もしかして、それが出来ないほどに具合が悪いのでは……
正直、彼に対しては苦手意識を感じているのだが、このまま放っておくのは躊躇われた。
わたしがしゃがみこんだまま、どうしようかと考えていると、イザークが溜息をついてぼそりと呟く。
「……アスピリン」
「え?」
「保健室からもらってきてよ。頭が痛いんだ」
やっぱり具合が悪かったんだ。変な意地を張らなくても良いのに……
「わかりました。すぐに持ってくるので動かないでくださいね」
そうして保健室から薬をもらい、すぐにあずまやまで戻る。
もしかしたらその間にイザークはいなくなっているのではと思ったが、彼は相変わらず柱の傍に横たわったままだった。
薬と一緒に水の入ったコップを渡すと、イザークはようやく上半身を起こし、柱に背を預ける。その動作も緩慢で、辛そうな様子が伝わってくる。
「ほんとに持ってくるなんて……君って呆れるくらいお人好しだね。僕なんてほっといて、どこかに行っちゃえばよかったのに」
そう言いながらアスピリンの錠剤を口に放り込んで水を一口飲む。
薬を飲んで気が楽になったのか、イザークの顔色が少しよくなったみたいだ。
とりあえず胸を撫で下ろすと、唐突にイザークがコップの口をこちらに向けて腕を引いた。
水をかけられる……!
そう思って慌てて後ろに跳び退るが、飛んできたのは冷たい水しぶきではなくイザークの笑い声だった。
「今、本気で焦ったでしょ? 君ってばすごい顔してたよ、ああ、おかしい……!」
そう言ってくつくつと喉を鳴らす。
具合の悪いときでさえこんな意地悪を考えているなんて……やっぱりこの人性格悪い。
イザークはコップを逆さにすると、残っていた水を地面に捨てた。
「運動不足かなと思って少し手伝ってあげたんだよ。君さ、最近太ったよね?」
「え……?」
急に何を言い出すんだろう。
確かに最近お菓子ばっかり食べていたし、この学校に来てからは何もかもが美味しくて、つい食べすぎる事も多い。でも、制服が身体に合わなくなったという実感もないし、自分の体型がどうかなんて考えてもいなかった。
「あんまり太ると見苦しいよ。豚みたい。今度から『子豚ちゃん』って呼んであげようか?」
「そ、それはやめてください……」
そ、そこまで太ったかな……?
急に不安になってきた。
「それじゃあ、さっさとどこかに行って。これ以上目の前にいられると本当に呼んじゃいそうだからね」
そう言ってコップを押し付けるように返された。
釈然としない気持ちを抱えながらもその場を離れる。
わたしが子豚なら、イザークはなんなんだろう。『性悪王子』とか……? いや、『王子』の部分が蔑称らしくない。自分の語彙の貧弱さに溜息が出る。
あずまやを振り返るとイザークと目が合い、彼はにこやかに手を振った。この分なら大丈夫かな……
でも、そうしていると本当に王子様みたいなのに、惜しいなあ……
コップを返して部屋に戻ると、クルトが腕組みしたままうろうろと歩き回っていたが、わたしの姿を見ると足を止めた。
なにか言いかけようとしたが、それより早くわたしが口を開く。
「わたしって、最近太りましたか?」
「はあ?」
わけがわからないといった様子でクルトが声をあげる。戻ってきた途端そんな事を言われたら無理も無い。
「いえ、さっきイザークに会ったら、そんな事を言われたので少し心配になって……」
その言葉にクルトはわたしの頭のてっぺんから足の先までをまじまじと見つめて首を傾げる。
「……俺にはわからない」
「それって、言うほど太ってないって事ですか?」
それじゃあ、やっぱりイザークは嫌がらせのつもりであんな事を言ったんだろうか?
一瞬喜びかけるが、クルトは首を振る。
「いや、正直、おかしな格好さえしていなければ、お前が太ろうが痩せようが、どうでもいいと言うか……」
「うわ、興味ないって事ですか!? 冷たいなあ」
「それなら聞くが、俺だって前より少し背が伸びたんだぞ。お前、気付いてたか?」
「えっ、そ、そうだったんですか!? ……わかりませんでした」
言われて見ればなんとなく伸びたようなそうでないような……いや、やっぱりわからない。
「だったら俺がお前の体型の変化に気付かなくても別におかしくないし、文句を言われる筋合いはない……ちなみにねえさまは俺の背が伸びたことに、ちゃんと気付いたからな」
クルトはなんだか得意げだ。
ロザリンデさん、すごいな。そういう些細な違いがわかるのは、やっぱりきょうだいだから……?
それとも彼女自身が優れた観察眼の持ち主なんだろうか?
今度会ったらわたしも体型の事について尋ねてみようかな……
(7月と8月 完)
イザークは横たわったまま、いつものように王子様みたいな笑みを浮かべる。
「何か用?」
「いえ、特に用事はないんですが……もしかしてあなたが息をしてないんじゃないかと心配になって……」
「はあ? なにそれ。普通そんな事考える? 馬鹿馬鹿しい。昼寝してるだけでそんな事言われたら堪らないよ」
そういった途端、イザークは呻き声を上げて背を丸める。辛そうに顔を顰めて何かに耐えているようだ。
「だ、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いとか? 誰か呼んできましょうか?」
「やめて!」
イザークが鋭い声で制する。
「……なんでもないよ。ほっといて」
「で、でも、顔色も良くないし……」
「しつこいなあ。ほんとになんでもないってば。早くどこかに行ってよ。ひとりになりたいんだ」
そうは言うが、どう見ても昼寝という感じでもない。
それに、そんなに鬱陶しいのなら、イザークのほうがここを立ち去れば良いはずだ。もしかして、それが出来ないほどに具合が悪いのでは……
正直、彼に対しては苦手意識を感じているのだが、このまま放っておくのは躊躇われた。
わたしがしゃがみこんだまま、どうしようかと考えていると、イザークが溜息をついてぼそりと呟く。
「……アスピリン」
「え?」
「保健室からもらってきてよ。頭が痛いんだ」
やっぱり具合が悪かったんだ。変な意地を張らなくても良いのに……
「わかりました。すぐに持ってくるので動かないでくださいね」
そうして保健室から薬をもらい、すぐにあずまやまで戻る。
もしかしたらその間にイザークはいなくなっているのではと思ったが、彼は相変わらず柱の傍に横たわったままだった。
薬と一緒に水の入ったコップを渡すと、イザークはようやく上半身を起こし、柱に背を預ける。その動作も緩慢で、辛そうな様子が伝わってくる。
「ほんとに持ってくるなんて……君って呆れるくらいお人好しだね。僕なんてほっといて、どこかに行っちゃえばよかったのに」
そう言いながらアスピリンの錠剤を口に放り込んで水を一口飲む。
薬を飲んで気が楽になったのか、イザークの顔色が少しよくなったみたいだ。
とりあえず胸を撫で下ろすと、唐突にイザークがコップの口をこちらに向けて腕を引いた。
水をかけられる……!
そう思って慌てて後ろに跳び退るが、飛んできたのは冷たい水しぶきではなくイザークの笑い声だった。
「今、本気で焦ったでしょ? 君ってばすごい顔してたよ、ああ、おかしい……!」
そう言ってくつくつと喉を鳴らす。
具合の悪いときでさえこんな意地悪を考えているなんて……やっぱりこの人性格悪い。
イザークはコップを逆さにすると、残っていた水を地面に捨てた。
「運動不足かなと思って少し手伝ってあげたんだよ。君さ、最近太ったよね?」
「え……?」
急に何を言い出すんだろう。
確かに最近お菓子ばっかり食べていたし、この学校に来てからは何もかもが美味しくて、つい食べすぎる事も多い。でも、制服が身体に合わなくなったという実感もないし、自分の体型がどうかなんて考えてもいなかった。
「あんまり太ると見苦しいよ。豚みたい。今度から『子豚ちゃん』って呼んであげようか?」
「そ、それはやめてください……」
そ、そこまで太ったかな……?
急に不安になってきた。
「それじゃあ、さっさとどこかに行って。これ以上目の前にいられると本当に呼んじゃいそうだからね」
そう言ってコップを押し付けるように返された。
釈然としない気持ちを抱えながらもその場を離れる。
わたしが子豚なら、イザークはなんなんだろう。『性悪王子』とか……? いや、『王子』の部分が蔑称らしくない。自分の語彙の貧弱さに溜息が出る。
あずまやを振り返るとイザークと目が合い、彼はにこやかに手を振った。この分なら大丈夫かな……
でも、そうしていると本当に王子様みたいなのに、惜しいなあ……
コップを返して部屋に戻ると、クルトが腕組みしたままうろうろと歩き回っていたが、わたしの姿を見ると足を止めた。
なにか言いかけようとしたが、それより早くわたしが口を開く。
「わたしって、最近太りましたか?」
「はあ?」
わけがわからないといった様子でクルトが声をあげる。戻ってきた途端そんな事を言われたら無理も無い。
「いえ、さっきイザークに会ったら、そんな事を言われたので少し心配になって……」
その言葉にクルトはわたしの頭のてっぺんから足の先までをまじまじと見つめて首を傾げる。
「……俺にはわからない」
「それって、言うほど太ってないって事ですか?」
それじゃあ、やっぱりイザークは嫌がらせのつもりであんな事を言ったんだろうか?
一瞬喜びかけるが、クルトは首を振る。
「いや、正直、おかしな格好さえしていなければ、お前が太ろうが痩せようが、どうでもいいと言うか……」
「うわ、興味ないって事ですか!? 冷たいなあ」
「それなら聞くが、俺だって前より少し背が伸びたんだぞ。お前、気付いてたか?」
「えっ、そ、そうだったんですか!? ……わかりませんでした」
言われて見ればなんとなく伸びたようなそうでないような……いや、やっぱりわからない。
「だったら俺がお前の体型の変化に気付かなくても別におかしくないし、文句を言われる筋合いはない……ちなみにねえさまは俺の背が伸びたことに、ちゃんと気付いたからな」
クルトはなんだか得意げだ。
ロザリンデさん、すごいな。そういう些細な違いがわかるのは、やっぱりきょうだいだから……?
それとも彼女自身が優れた観察眼の持ち主なんだろうか?
今度会ったらわたしも体型の事について尋ねてみようかな……
(7月と8月 完)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる