7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と瞳を開く女性画

7月と瞳を開く女性画 3

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「へえ、立派なもんだな。お前、彫刻までやるのか?」


 男がアトリエの中をじろじろと眺める。


「ん? なんだこの猫。邪魔くさいな」


 部屋にいたヤーデが珍しい来客に興味を示したのか、男にまとわりつくが、男は鬱陶しそうに足でヤーデを押しのけるような仕草をする。


「や、やめてください」


 わたしは慌ててヤーデを抱き上げると、隣の部屋へと連れて行く。
 あの人、結構乱暴なのかな……深く考えずにあの人――ディルクさんに「話を聞く」なんて言ってしまったけど、早まったかもしれない。 
 不安混じりのわたしが戻ってきたのを見計らったようにヴェルナーさんが口を開いた。


「……それで、用件というのは?」

「そう急かすなって。旧友との再会を喜ぶ暇も無いのか? お前は昔から無愛想だよな……まあいいさ。こっちも暇じゃないんだ。さっさと済ませるか。実は、お前に見てもらいたいものがあってさ」


 ディルクさんは脇に抱えていた荷物を床に置く。包みを解くと、中からは一枚の絵が現れた。布張りのカンバスではなく木製のパネルに描かれたものだ。
 女性の上半身の描かれた、繊細で美しい絵だった。左手は胸を押さえており、右手には何かを持っているように腕を持ち上げているようだが、カンバスは肘の辺りで切れていて、その先に描かれているものは見えない。


「きれいな絵ですね」


 わたしが感心して声を上げると、ディルクさんがにやりと笑う。


「そりゃ嬉しいね。この絵は俺が描いたんだ」

「えっ? ……あの、失礼ですが、ディルクさんは画家なんですか? わたしはその、そういうことに疎いもので……」

「そうさ。その縁でフェルディオと知り合ってさ。だよな? フェルディオ」 


 ディルクさんは確認するように振り返るが、ヴェルナーさんは答えない。それを見てディルクさんは薄く笑った。


「まあいいさ。ともかく、この絵を見てくれ」


 ディルクさんはカンバスを壁に立てかける。


「この絵の中の女、目を開いて視線を右のほうに向けているだろ?」

「……ええ。そうですね。何かを見ているみたい」


 ヴェルナーさんが何も言わないのでわたしが相槌を打つ。
 女性の視線は、描かれていない右腕の先に向けられているようだった。


「ところがだ、俺がこの絵を描いた当時は、この女の目は閉じられていたんだよ」

「え……? ええと、まさか、絵の中の女性が目をあけたって事ですか……?」

「そのまさかなんだ。訳あってこの絵は暫くのあいだ飾られずに保管されていたらしいんだが、久しぶりに取り出してみたらこの通り、目が開いていたって」


 そんな事、あり得るんだろうか? そんなの、まるで絵の中の女性が生きているみたいじゃないか。
 汚れか何かでそう見えるのでは、と絵を見直したが、女性の顔には確かにくっきりとした瞳が描かれている。


「それで、所有者が俺につき返してきてさ。こんな気味の悪い絵はいらないから金を返せって。そんな事言われても俺だって困る。誰かが絵をすり替えたんじゃないかと思ったが、カンバスの裏に入れてあるサインは間違いなく俺のものだ。かといって、本当に絵の中の女が目をあけたなんて事があるはずないだろ?」

「そうすると、誰かが目の部分だけを描き加えたって事でしょうか?」

「俺もそうじゃないか思ってる。ところが、所有者によると絵が保管されてた倉庫には鍵が掛かってたらしくて、誰でも入れるような状況じゃなかった。描き加えられるような隙なんてなかったって言うんだ。けれど、倉庫の鍵なんて複製すればいくらでも入り込めるし、やろうと思えばどうとでもできる。ただ、描き加えられたっていう証拠がない……そこでだ」


 ディルクさんはヴェルナーさんに顔を向ける。


「フェルディオ、お前なら何か判るんじゃないかと思って。描き加えられたとしたら、他の部分とタッチや絵の具の質が違うとかさ、そういうのあるだろ? それをお前に証明して欲しいんだよ」


 話を聞き終わってもヴェルナーさんは黙って絵を見つめている。心なしかあたりには気まずい沈黙が漂った。
 それを打ち消すようにわたしはディルクさんに問う。


「あの、本当に最初は目を閉じていたんですか? もしかしたら思い違いとか……」

「それは無いな。俺もこの絵の事は覚えている。確かに最初から目は閉じていた。それに買い手がこの絵を気に入った理由もこの絵の女の表情だと言っていた。『目を閉じているところが良い』って」

「なるほど……ところで話は変わりますけど、とっても絵がお上手ですけど、ディルクさんは誰か高名な画家に師事されたんですか?」

「いいや、独学だ」

「そうなんですか!? すごい……」


 独学でここまで描けるものなのか。玄人の彼と同列に考えるのもおこがましいが、自分もなんとかなるのではという希望が湧いてきた。
 でも――
 なんだろう、この違和感は。
 わたしは考えるときの癖で、左目の下に人差し指を当てる。
 正直なところ、一見不可思議とも思えるこの現象の原因に心当たりがあった。
 だが、その通りだとすると辻褄が合わない。
 本当にこの絵は――


「なあ、フェルディオ、さっきから黙ったままじゃねえか」


 苛ついたようなディルクさんの声が聞こえてわたしは我に返る。


「なんとか言ってくれ。俺は本当に困ってるんだ」

「……冗談だろう?」

「冗談? 冗談でこんなところまで訪ねちゃこねえよ」

「それなら、本気で言っているのか?」

「……どういう意味だよ、それ。俺が嘘をついてるとでも?」

「そういう事ではなくて……」

「じゃあどういう事だよ。言ってみろよ」


 ディルクさんが剣呑な目つきでヴェルナーさんに詰め寄ったので、わたしは慌てて間に入る。


「ま、待ってください」

「うるせえ! ガキは黙ってろ!」


 怒鳴られて一瞬怯みそうになるが、踏みとどまってディルクさんに言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。


「わかったんですよ。絵の中の女性が目を開いた訳が」

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