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7月と円舞曲
7月と円舞曲 4
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いつかのようにそう言うと、クルトもあの時の事を思い出したのか、素直に己の右手を差し出してくる。
そうして勝負が始まったが、どういうわけか、あっさりとわたしが勝ってしまった。
「クルト、今わざと負けたでしょう!? そういうのやめてください! 余計腹が立つんですから!」
「……すまない」
再び勝負が始まる。今度はクルトも手を抜く気配は無い。
「……前も思ったんだが……どうして指相撲なんだ?」
指を動かしながら、クルトが遠慮がちに問う。
「それは……」
問われて口ごもる。
玩具のほとんどない孤児院では、子供たちだけで道具の必要ない遊びを考える必要があった。指相撲もその中のひとつだ。けれど、わたし自身、とりわけこの遊びが好きというわけでもなかったのだが、孤児院を出てから、ふとした時にこの遊びを思い出す。
たぶん、誰かの存在をすぐ傍に感じて、安心できるからなんだろうと思う。
でも、そんな事を言えば、クルトはきっと嫌がるだろうな……
「好きなんです。指相撲」
それだけ答えると、目の前の勝負に集中する。
暫く無言でそうしていたが、クルトが再び口を開く。
「他には?」
「はい?」
「だから、他になにか、俺に出来ることがあれば……」
もしかして、何でも聞いてくれるって事だろうか。
なんだなんだ。一体どうしたんだ。今日のクルトは随分と大盤振る舞いだ。昼間の失言を相当気にしているのかも。
正直、孤児院の存続が約束された時点でわたしの目的は果たされたようなものなのだが……でも、せっかくだし、それだったら……
「……お菓子の家」
「え?」
「ほら、古い童話にあるでしょう? 森に迷い込んだ幼いきょうだいが、お菓子の家を見つけて……っていう話。あれ、一度食べてみたかったんですよねえ。壁はケーキでできていて、ドアはビスケット、チョコレートの屋根にはマジパンの雪が乗っていて――」
「キャンディでできた窓枠には、氷砂糖のガラスが嵌まってる」
わたしの言葉を引き取るようにクルトが続ける。
「そうそう! それです! 詳しいですね」
「俺も昔、ねえさまと一緒に、よくその絵本を読んだ。それで、ねえさまが『森にお菓子の家を探しに行こう』なんて言い出して……道に迷わないようにって、白い小石をふたりで集めたりもした」
ふうん、クルトたちもそんな普通の子供みたいな事をしてたのか。なんだか意外。
でも、子供の考える事なんて、案外どこも似通っているものなのかもしれない。
わたしだって、きょうだいたちと一緒になって散々お菓子の家について想像を膨らませて、その挙句にいつか自分がお菓子職人になって、みんなにお菓子の家を作ってみせるだなんて約束した事もあったのだ。
この学校に入学するときに、その夢は諦めたけれど……
でも、そんなお菓子の家が本当にあったならと何度も夢に見た。いつかお菓子の家を探し出して、お腹一杯お菓子を食べるんだって。
「それで、その後どうしたんですか? 実際にお菓子の家を再現したとか?」
「うん? なんでそうなるんだ?」
わたしの問いに、クルトは不思議そうに問い返す。
「え? だって、それって、お菓子の家を見てみたいっていうロザリンデさんの【お願い】だったんでしょう?」
クルトは二、三度まばたきする。まるで意外な言葉を耳にしたような顔をして。
あれ、何か変な事言ったかな……
戸惑っていると、不意にクルトが何事もなかったかのようにわたしの親指を押さえつけて、あっというまに10数えてしまった。
「あっ、ずるい」
「ぼけっとしてるお前が悪い」
そうだったかな? むしろ、クルトのほうが、心ここにあらずという状態だったような気がするのだけれど……
腑に落ちない気持ちを抱えていると、クルトが思い出したように口を開く。
「そういえば、お前、今日はヴェルナーさんのところに行かなくてよかったのか? なんの連絡もしてないだろう?」
「ああ……」
そうなのだ。結局、今日はなんだかんだでアトリエには行きそびれてしまった。
「前に、具合が悪くて出掛けられなかった事があるでしょう? ほら、クルトに手紙を持っていってくれるように頼んだあの日。あの後、また似たようなことがあるかもしれないので、約束の時間を30分過ぎてもわたしがアトリエを訪れないようなら、その日はお休みって事にして欲しいって、ヴェルナーさんに頼んだんです。だから、大丈夫だとは思いますけど……」
念のため、後で手紙を出しておこう。
「わたしもクルトに聞きたい事があるんですが……」
「なんだ?」
「お風呂に浮いてたバラの花びらを、クルトが用意してたって話、ほんとなんですか? もしもほんとなら、一体どうしてそんな事……まさか、ロザリンデさんが言ってたように、わたしが女だからって理由で?」
その問いに、なぜかクルトは目を逸らした。
「あれは……ああすれば、お前が入浴するのを嫌がらないんじゃないかと思って……女はああいうのが好きなんだろう? ねえさまも好きみたいだし……」
そんな理由で、わざわざ季節はずれの花びらを用意した……?
いや、確かにわたしもまんまとその思惑にはまって、ここ最近は入浴するのを楽しみにしていた節さえもあるけれど。
クルトって、変に気が回るところがあるなぁ……
だからこそ、その気遣いを何故肝心な時に発揮してくれなかったのかとは思うが。
これ以上責めるのはかわいそうだから、何も言わないでおくけど……
それにしてもパーティか……物語の中でしか知らないけれど、やっぱり綺麗な服を着た人たちが、眩いシャンデリアの下で踊ったりするのかな。それに、今まで食べたことの無いようなご馳走があったりして。
考えたら少し楽しみになってきた。
そうして勝負が始まったが、どういうわけか、あっさりとわたしが勝ってしまった。
「クルト、今わざと負けたでしょう!? そういうのやめてください! 余計腹が立つんですから!」
「……すまない」
再び勝負が始まる。今度はクルトも手を抜く気配は無い。
「……前も思ったんだが……どうして指相撲なんだ?」
指を動かしながら、クルトが遠慮がちに問う。
「それは……」
問われて口ごもる。
玩具のほとんどない孤児院では、子供たちだけで道具の必要ない遊びを考える必要があった。指相撲もその中のひとつだ。けれど、わたし自身、とりわけこの遊びが好きというわけでもなかったのだが、孤児院を出てから、ふとした時にこの遊びを思い出す。
たぶん、誰かの存在をすぐ傍に感じて、安心できるからなんだろうと思う。
でも、そんな事を言えば、クルトはきっと嫌がるだろうな……
「好きなんです。指相撲」
それだけ答えると、目の前の勝負に集中する。
暫く無言でそうしていたが、クルトが再び口を開く。
「他には?」
「はい?」
「だから、他になにか、俺に出来ることがあれば……」
もしかして、何でも聞いてくれるって事だろうか。
なんだなんだ。一体どうしたんだ。今日のクルトは随分と大盤振る舞いだ。昼間の失言を相当気にしているのかも。
正直、孤児院の存続が約束された時点でわたしの目的は果たされたようなものなのだが……でも、せっかくだし、それだったら……
「……お菓子の家」
「え?」
「ほら、古い童話にあるでしょう? 森に迷い込んだ幼いきょうだいが、お菓子の家を見つけて……っていう話。あれ、一度食べてみたかったんですよねえ。壁はケーキでできていて、ドアはビスケット、チョコレートの屋根にはマジパンの雪が乗っていて――」
「キャンディでできた窓枠には、氷砂糖のガラスが嵌まってる」
わたしの言葉を引き取るようにクルトが続ける。
「そうそう! それです! 詳しいですね」
「俺も昔、ねえさまと一緒に、よくその絵本を読んだ。それで、ねえさまが『森にお菓子の家を探しに行こう』なんて言い出して……道に迷わないようにって、白い小石をふたりで集めたりもした」
ふうん、クルトたちもそんな普通の子供みたいな事をしてたのか。なんだか意外。
でも、子供の考える事なんて、案外どこも似通っているものなのかもしれない。
わたしだって、きょうだいたちと一緒になって散々お菓子の家について想像を膨らませて、その挙句にいつか自分がお菓子職人になって、みんなにお菓子の家を作ってみせるだなんて約束した事もあったのだ。
この学校に入学するときに、その夢は諦めたけれど……
でも、そんなお菓子の家が本当にあったならと何度も夢に見た。いつかお菓子の家を探し出して、お腹一杯お菓子を食べるんだって。
「それで、その後どうしたんですか? 実際にお菓子の家を再現したとか?」
「うん? なんでそうなるんだ?」
わたしの問いに、クルトは不思議そうに問い返す。
「え? だって、それって、お菓子の家を見てみたいっていうロザリンデさんの【お願い】だったんでしょう?」
クルトは二、三度まばたきする。まるで意外な言葉を耳にしたような顔をして。
あれ、何か変な事言ったかな……
戸惑っていると、不意にクルトが何事もなかったかのようにわたしの親指を押さえつけて、あっというまに10数えてしまった。
「あっ、ずるい」
「ぼけっとしてるお前が悪い」
そうだったかな? むしろ、クルトのほうが、心ここにあらずという状態だったような気がするのだけれど……
腑に落ちない気持ちを抱えていると、クルトが思い出したように口を開く。
「そういえば、お前、今日はヴェルナーさんのところに行かなくてよかったのか? なんの連絡もしてないだろう?」
「ああ……」
そうなのだ。結局、今日はなんだかんだでアトリエには行きそびれてしまった。
「前に、具合が悪くて出掛けられなかった事があるでしょう? ほら、クルトに手紙を持っていってくれるように頼んだあの日。あの後、また似たようなことがあるかもしれないので、約束の時間を30分過ぎてもわたしがアトリエを訪れないようなら、その日はお休みって事にして欲しいって、ヴェルナーさんに頼んだんです。だから、大丈夫だとは思いますけど……」
念のため、後で手紙を出しておこう。
「わたしもクルトに聞きたい事があるんですが……」
「なんだ?」
「お風呂に浮いてたバラの花びらを、クルトが用意してたって話、ほんとなんですか? もしもほんとなら、一体どうしてそんな事……まさか、ロザリンデさんが言ってたように、わたしが女だからって理由で?」
その問いに、なぜかクルトは目を逸らした。
「あれは……ああすれば、お前が入浴するのを嫌がらないんじゃないかと思って……女はああいうのが好きなんだろう? ねえさまも好きみたいだし……」
そんな理由で、わざわざ季節はずれの花びらを用意した……?
いや、確かにわたしもまんまとその思惑にはまって、ここ最近は入浴するのを楽しみにしていた節さえもあるけれど。
クルトって、変に気が回るところがあるなぁ……
だからこそ、その気遣いを何故肝心な時に発揮してくれなかったのかとは思うが。
これ以上責めるのはかわいそうだから、何も言わないでおくけど……
それにしてもパーティか……物語の中でしか知らないけれど、やっぱり綺麗な服を着た人たちが、眩いシャンデリアの下で踊ったりするのかな。それに、今まで食べたことの無いようなご馳走があったりして。
考えたら少し楽しみになってきた。
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