7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と円舞曲

7月と円舞曲 7

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 一心不乱に鉛筆を動かしていると、目の前のアルベルトが口を開いた。


「同室の彼と喧嘩でもしたのかい?」


 その言葉にわたしは一瞬手を止めるが、すぐにまた動かし始める。


「そういうわけじゃ、ないですけど……」

「でも、ここのところ毎日この部屋で過ごしてるじゃないか。それも就寝時間ぎりぎりまで」

「す、すみません。やっぱり迷惑ですよね……」


 申し訳なく思っていると、アルベルトは首を横に振る。


「ああ、いや、それは別に構わないんだけど……ただ、そこまでルームメイトと揉めてるのなら、ちょっと問題だと思って。合わない相手と同じ部屋で暮らすっていうのは、やっぱりどこかに負担が掛かるものだろうし」

「そ、そんな大袈裟な事じゃないんです。実は最近ウインナ・ワルツの練習をしていて……それで、クルトに相手をしてもらったんですけど……」

「ははあ。それでしごかれたんだな。発表会の芝居のときみたいに」 

「違うんです。逆なんです」


 わたしは首を振る。 


「その……詳しい事情は省きますけど、ダンスを始めることになった発端というか、原因がクルトにもあって……あの人、どうもそれを気にしてるみたいなんですよ」


 あれから自室でもダンスの練習をしたのだが、クルトは今回の件で自分が失言をしたという意識があるからなのか、わたしがどれだけ足を踏んでも怒ったり、文句を言ったりしない。ただ溜息をついて「もう一度」と、最初から踊り直すのだ。
 簡単な説明を聞いたアルベルトは頷く。


「なるほどね。調子が狂うってことか。それで失敗したら萎縮して、ますます上手く踊れなくなると」

「そうなんです。やりづらいことこの上なくて」


 そんなことが毎日続いてはたまらないと、放課後はこうしてアルベルトの部屋に逃げ込んでいる。


「それなら『もう気にしてない』って伝えたら良いのに。それとも、君はまだ根に持ってるの?」

「そういうわけじゃなくて……いつも通りのクルトに戻ったら、今度はわたしがダンスでへまするたびに、がみがみ言われるに決まってます。それはそれで嫌なんですよ……」

「うーん、難しいな。気持ちはわからないでもないけど」


 アルベルトは苦笑する。


「そうだ。アルベルト、よかったら少し練習に付き合って貰えませんか? パートナーが変わればうまく踊れるかも」

「え、ええと、悪いけどオレは……」


 焦ったように目を逸らすアルベルトを見て、わたしは首を傾げる。


「もしかして、アルベルトもダンスが苦手なんですか?」

「踊れないってわけじゃないんだけど……むかし、姉の練習に散々付き合わされてね。それ以来どうも抵抗があって……」

「それなら、この機会に克服……」

「無理無理。勘弁してくれよ」


 遮られるように拒否されてしまった。どうやら相当嫌な思い出があるらしい。
 アルベルトもダンスで苦労したみたいだ。さすがにこの様子を見ては、無理に付き合わせるのは気の毒だ。
 それ以上触れて欲しくなかったのか、アルベルトは軽く咳払いして話題を変える。


「それにしても、君も飽きないな。毎日オレの顔なんか描いて。もしかして画家を目指してるとか?」


 彼の視線がわたしの持つスケッチブックに向けられるのを感じる。
 ここ数日、アルベルトの部屋で過ごすついでに、似顔絵のモデルになってもらっているのだ。


「画家だなんて、そんな大それたものじゃなくて……」


 鉛筆を動かしながら、答える声が小さくなる。


「実は、描きたいものがあるんですけど……でも、今のままじゃ圧倒的に実力が足りないっていうのが、自分でもわかるんです。だから、少しでも上達できたらいいなと思って。かといって、クルトにモデルを頼めば、出来上がった絵を見て『へたくそ』だとか言うのは目に見えてるし……」

「それでオレを練習台に選んだってわけか」

「い、いえ、練習台だなんてそんな……」


 わたしは慌てて弁解する。


「アルベルトの髪が綺麗で、目が印象的だから、是非描かせて欲しかったんですよ。それに、守護天使が良くて、オーラも並じゃないし」

「前半はともかく、後半は褒められてるのかな……? でも、まあ、光栄ですと言っておくよ」


 真に受けてはいない様子でアルベルトは笑った。


「なんにせよ、いつか満足できるものが描けるといいね」


 うーん……アルベルトって良い人だ。やっぱり彼にモデルをお願いして良かった。
 でも――と、わたしはスケッチブックを見下ろす。
 いくらアルベルトが良い人でも、全然似てない似顔絵を見せるのは、やっぱり勇気がいる。





 それからも、日曜日にはロザリンデさんを交えてダンスの練習は続いた。
 何時間かの特訓の末、なんとかステップは覚えたものの、いざクルトを相手に踊るとなると、どこかしら失敗してしまう。


「今は踊れなくても構わない。けど、パーティではくれぐれもねえさまの顔に泥を塗るような事はしないでくれ。頼むから」


 珍しくクルトから懇願された。けれど、そんなふうに言われたら、失敗してはいけないと余計意識してしまって、うまく踊れなくなるのだ。
 それからも、練習しなければとわかってはいても、授業が終われば極力クルトと顔を合わせないよう、アルベルトの部屋に逃げ込むという事を繰り返した。
 そんなある日の放課後、いつものようにさっさと避難するために荷物を置いてこようと自室に戻ると、そこには既にクルトの姿があった。
 ここで捕まったらみっちりダンスの練習をさせられるに違いない。慌てて回れ右しようとしたわたしの背後から、クルトの声が掛かる。


「お前、ヴェルナーさんの絵を見たいって言ってたよな」


 予想していなかった言葉に、わたしは足を止めて振り向く。


「言いましたけど……絵がどうかしたんですか?」

「ひとつ思い出したことがある」


 クルトはちらりとこちらの様子を窺うように続ける。


「今回のパーティの主催者であるランデル家の当主だが……俺の思い違いじゃなければ、彼が所有しているはずなんだ。ヴェルナーさんの描いた肖像画を」

「え?」

「もしかしたら頼めば見せてもらえるかもしれない。けど、ダンスもろくに踊れないと知られたら、どう思われるか――」

「今すぐダンスの練習をしましょう。おかしな所があったら遠慮せず指摘してくださいね」


 わたしは持っていた荷物をソファに放り出すと、いそいそとクルトの前に進み出た。

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