7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と円舞曲

7月と円舞曲 16

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「遊び……?」


 わたしの問いにアレクシスさんは肩をすくめる。


「まず、対象者の男を一人選ぶんです。基準は何でもいい。けれど、容姿や家柄のいい男は人気があったようですね。とにかく対象者の男を決めたら、仲間内で誰が一番早くその男を落とせるかを競うんですよ。まったく下品極まりないゲームだ。狙った男を見事落とせば英雄扱い。彼女たちにとっては、男なんて一種の勲章みたいなものなんでしょう。その数が多ければ多いほど、賞賛されるんです。その行為自体が自身の品位を落とすだなんて露ほども思わずに」


 そこでわたしは思い当たった。


「まさか、リコリスさんの言っていた『ゲーム』って……」


 その呟きを聞いたアレクシスさんは顔を歪めるように口の端を吊り上げる。


「おや、もしかしてあなたもあのゲームに誘われたんですか? 初対面にも関わらず? まったく節操のない女だ。それほどまでにあのゲームに入れ込んでいたんでしょう。気付いていましたか? しばらく前からは、君がその対象者に選ばれていたんですよ、クルトくん」


 隣でクルトが息を呑むのがわかった。そんな彼をどこかおかしそうに見つめながらアレクシスさんは続ける。


「女性からの憧れの視線を一身に受けながらも、浮いた噂の一つもない。そんな君を屈服させたとなれば、それはそれは自慢できるでしょうからね。妹もどうにかして君を落とそうと躍起になっていましたよ。彼女は容姿には自信があったようですから、今まで通りそれを武器に君に近づこうとしていました。けれど、君がまったく靡く様子を見せないから、妹は相当焦っていたみたいですね。もしかして、君はどこかで妹の不自然さに感づいていたのかな」


 わたしの中でパズルのピースがかちりとはまったような気がした。
 リコリスさんと話していた最中に覚えた違和感。同伴者を置き去りにするような不誠実な行動を見せられても幻滅する事も無く、初めて顔を合わせたわたしに対しても躊躇うことなく熱っぽく憧れの異性について語ったあの姿。あれらは全て恋心によるものではなく、あくまでもゲームの対象としてクルトを見ていたからだったのだ。


「それで諦めてくれたらよかったものの、思い通りにいかない鬱憤を晴らすように、妹は使用人たちにも、その下品な遊びについて吹き込みました。今度は自分が神にでもなったつもりか、使用人という人形がゲームに夢中になる姿を眺めては楽しんでいたんですよ。その結果、ちょっとしたいざこざが起こって――ひとりのメイドが野蛮なフットマンに手篭めにされてしまったんです。彼女は暫くして突然屋敷から去り……そして翌日、遺体で発見されました」

「え……?」

「かわいそうに。彼女は身ごもっていたんです。将来を悲観して、自ら命を絶ったんでしょう」


 結婚前の女性が妊娠することは、非常識極まりないことだとされている。それが周囲に知られたら、人々の軽蔑の目に晒されたり、ひどい扱いを受ける事だってあり得る。どんな事情があるにせよ、そういった女性が自死を選ぶことも、別段珍しい話ではないのだ。


「勘違いしないでください。別に私がそのメイドの事を愛していたとか、そんな甘ったるい事情があるわけではありませんから。ただ、私は許せなかったんですよ。そんなくだらないゲームで人を死に追いやっておきながら反省の色もみせない。それどころか自分は関係ないとでも言うように懲りずに下品なゲームを繰り返す。だから、罰を与えたかったんです」

「それであの蝋燭を使って……?」

「ええ。その通りです。そして今日を選んだ。あなたと一緒にこの薄暗いテラスにいる姿を見つけたときは、実行するなら今しかないと思いましたよ。結果、大勢の目撃者の口からは、ランデル家の娘が酷い火傷を負ったらしいとの噂が広まるだろうし、そんな醜い火傷跡のある女に近づく男なんているはずもない。当然あのくだらないゲームは二度とできないでしょう。それまで己の美貌で男を手玉に取っていたのに、それが失われたらなんの価値もない女に成り下がるんですよ。実に惨めだと思いませんか? ああ、いい気味だ。これからの人生を醜い傷痕と共に絶望の中で暮らすか……いや、それとも、あのメイドのように自ら死を選ぶのかな。妹にそんな度胸があるとは思えないけれど」


 それを聞いて、わたしはある恐ろしい可能性に思い当たった。と、同時に、自身の膝のあたりにあるはずの痣がかすかに疼いた。
 震えそうになる声を抑えながら、アレクシスさんに尋ねる。


「……まさか、あの時リコリスさんに駆け寄ろうとしたわたしを力づくで引き止めたのも、庇ってくれたわけじゃなくて、消火を遅れさせてリコリスさんに確実にひどい火傷を負わせるため……?」


 アレクシスさんは目を瞠ったが、次の瞬間薄く笑った。


「驚いたな。そこまで見抜いたなんて。その通りですよ。目立たないような軽い火傷じゃ意味がありませんからね。死なない程度で、それでいて確実に醜い痕が残るように――」


 その言葉が終わらないうちに、クルトがアレクシスさんに掴みかかった。


「あなたは……! どうして、どうしてこんな事……! 確かに、リコリスさんのした事は許されない。けれど、だからと言ってあなたになんの権利があってそんな事を!? あなたこそ神にでもなったつもりなのか!? 違うだろう!? あなたは彼女の家族だろう!? 家族なら、いや、家族だからこそ、もっと他のやり方があったんじゃないのか!?」


 彼は怒りを抑えきれないかのようにアレクシスさんに言葉をぶつける。そんな激しい感情を受け流すかのようにアレクシスさんはどこか覚めた視線を返す。


「どうやら君とは相容れないみたいですね。これが私なりの、家族としてのけじめのつけ方なんですよ。愚かな妹に罰を与えるのも家族の務めでしょう?」

「だからってこんな……! 彼女には罰しかないのか!? わずかな償いの機会さえも与えられるべきじゃないって言うのか!? それに、あなただって彼女と同じ事をユーリにしようとした! ユーリの隙に付け入って意のままにしようとした。あなたも妹と同じ事をしていることに気付かなかったのか!?」


 クルトの剣幕にわたしは戸惑う。思わず彼の腕を引っ張ると、クルトは我に返ったようにアレクシスさんから手を離した。
 何故だかクルトはひどく動揺しているみたいだ。ゆっくりと腕を下ろしたものの、その拳は固く握り締められ、微かに震えているようだった。それっきり、クルトは俯いて黙り込む。

 アレクシスさんは乱れた襟元を正すとわたしに向き直る。


「それにしてもしくじったな。燃え残った蝋燭の破片を偶然にもあなたに拾われるなんて」


 わたしは否定するように首を振る。


「これはあなたの用意した蝋燭ではありません。広間で使われていた普通の白い蝋燭を砕いて、料理に使われていたソースを塗って赤く見せていたんです。薄暗いこの場所だからあなたの目も誤魔化せると思って」


 それを聞いたアレクシスさんの目が見開かれる。


「わたしが推測した通り、リンに炎が燃え移ったとしたら、こんなふうに燃えずに残ることはまずないだろうと思います。おそらく発火したほぼ一瞬で全てのリンが燃え上がってしまうんじゃないかと。わたしにはリンで覆われた蝋燭を見つける自信がなかったので、この赤い蝋燭を捏造したんです」

「――なんてことだ……それじゃあ、あなたはありもしない証拠で私を追い込んだって事ですか」


 アレクシスさんは放心したように呟いた後、自嘲気味な笑みを浮かべる。


「ユーリさん、あなたとはもっと別の出会い方をしたかったな。そうすれば、さっきも言った通り、もっと良好な関係が築けたかもしれないのに」

「そうならなくて本当に良かったです。わたしにはあなたのような考え方は理解できませんし、理解したいとも思いませんから」


 わたしだったら――わたしだったら、ぜったいに家族にあんなひどい事はしないのに。
 それは言葉にならず、わたしの心の中だけに響いた。




 後のことをアレクシスさんの父親であるランデル氏に任せ、わたし達は屋敷を後にする。
 重苦しい気持ちを抱えたまま馬車に揺られながら、そっとクルトの様子を窺う。
 先ほどの彼は普通ではなかった。それほどまでにアレクシスさんの行為が許せなかったのだろうか。今は落ち着いているようだが、何事かを思案するように腕組みして黙り込んでいる。
 とりあえず表面上は穏やかなその様子を見て胸を撫で下ろした。

 わたしはふと窓に顔を向ける。窓の外は真っ暗で何も見えない。
 あの時、あの人に、わたしの存在が必要だと言われて心が揺れてしまった。もしも全てが勘違いで、アレクシスさんはあの事件に無関係で、それでもわたしの事を必要だと言ってくれたのだったら、求められるままそばにいるのも悪くないのでは――なんて思ってしまったのだ。
 ありえない。だいたい、あの人とは今日出合ったばかりで。好きだとか嫌いだとか以前の問題で。それなのにどうしてそんな事を考えてしまったんだろう。
 そう思いながらも、何故だか涙がこみ上げてきそうになってしまった。
 色々な事で頭の中がごちゃごちゃして、考えが纏まらない。いや、今は何も考えたくないのかもしれない。
 頭の中を空っぽにするように、ただ、窓の外の暗闇を眺め続けた。

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