つよふわもこ

nm

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ちん道中

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いたい。

内側から隆起する経験したことのない痛み。
ライはベッドの上で一匹、悶絶した。
わずかな気力を振り絞り枕元に手を伸ばす。
全ての原因である1冊の絵本。

続きが読みたい。
耐え難い痛みをもたらす今なお
求めてしまっている。

抗えない魅力を秘めた特別な本。

読書好きのフーコさんが見つけたら
きっと夢中になって読んでしまうだろう。
師匠を危険な目に合わせたくはない。

処分しなければ。

なんとか起きあがろうと体を捻った
瞬間。
股座に衝撃が走った。
ライはベッドの上に無様に崩れ落ちる。

じわり視界が歪んだ。

フーコさん…
不甲斐ない弟子で、ごめんなさい。
もう旅を続けられそうにないです。


少しでも痛みから逃れようと体を丸めると
一際大きな波が押し寄せ
ライの目の前は真っ白に染まった。









冬の澄んだ青空に、賑やかな声がこだまする。

麦穂の街に辿り着いたのは
ちょうどお昼時だった。

さまざまな種族が行き交う大きな通り。
道沿いには色とりどりの露店が所狭しと並び
活気に満ち溢れていた。

「お祭りですかねっ」
ライは隣を歩くフーコを見上げて尋ねた。
「麦穂名物、昼夜市だよ。
曜日と時間帯で店が変わるから、そこだけは注意しないとね」
「すごい……」
山奥育ちのライの知るお店とは
月に一度、外からやってくる薬屋のおじいさん。

瞳を輝かせキョロキョロと辺りを見渡す。

あちらには鮮やかな香辛料。
こちらにはキラキラ輝く刺繍布。
露店の横では幼子たちが和気藹々と
おまんじゅうを食べている。

こんな賑やかな世界があるんだ!

自然と上がる尻尾を慌てて掴んで、下ろす。
僕は遊びに来てるんじゃない。
無理を言って旅に同行している身。
気を引き締めなければ。



賑わいの落ち着いた小道に入ると
隣を歩くフーコが立ち止まった。
「ああ、しまったなあ」
額に手を当て天を仰ぐ。

「どうしましたか、フーコさん」
「宿舎に泊まりの連絡、入れ忘れちゃってたよ。
ほら、近くに来ているのに光ってないだろう」
フーコは懐から鈍い色の水晶を取り出すと、ライに渡した。

手渡された水晶をじっと見つめる。
明るい日差しの下で
水晶が光を放っているのか、いないのか。
ライには判別できない。
どうしよう。
わかってないのバレちゃったら
通力の才能無しって見放されちゃう……。
ライは恐る恐るフーコに水晶を返す。

「さあ、ライくん。この場合どうすればいいと思う?」
あ。
わかってないの、バレてない。
ライはホッと胸を撫で下ろしフーコの問いに答える。

「石護の宿舎を利用するには
まず、各地に配属された鳩の方に事前に連絡を入れて──」

フーコの足元で、見事な縞模様の橙の尻尾が、左右に揺れる。

「や、やむを得ない時は、直接、宿舎に赴いて利用資格を得る、です」
「うん。その通り。良く覚えていたね」
優しい声色。
けれど網代笠の奥の表情は窺い知れ無い。
ふとした瞬間、見限られてしまうのではないか。
ライの心中にはフーコに対する漠然とした不安が
常に潜んでいた。

「ライくん。手続きを済ませている間に
お使いを頼んでいいかな」
「まかせてください!」
役に立つと示す絶好の機会を逃すまいと
ライは意気込んだ。

「市場をまっすぐ行った先に
蔦の絡まった煉瓦の小屋があるんだ。
扉に『雑貨屋』って木札がぶら下がっているから
直ぐにわかると思うよ。
そこで注文した商品を受け取ってくれるかな」
足りなくなった日用品を購入して
石護の宿舎で合流。

フーコの言葉を聞き逃さぬようメモとっていく。

「あとは市場で好きなものを1つ買っておいで」
「好きなものを─……えっーとそれはどんなものでしょうか」
「どんなって、お使いのご褒美だよ。
弟子を労うのも師匠としての務めだろう?」
「でし、ししょー…」
そんな風に思ってもらえていたのか。

「ただし。ご褒美を買いに行くのは、雑貨屋でお使いが終わってからだよ」
「はいっ!」
フーコから注文票、お財布、地図を受け取って
斜めがけカバンにしっかりしまう。

ライはウキウキと倉庫のお店を目指して出発した。

市場のあちこちから立ち込める湯気。
甘い香り。
「まんじゅう~。
麦穂名物、熟成小麦を使った特製まんじゅうだよ~。
蒸し立てほかほかいかがですか~」
魅力的な呼び込みに足が止まる。


蒸籠の中から覗く大きな白いまんじゅう。
これならフーコさんと半分に分けて食べられそうだ。
いけない。
まずは、お使いに集中しないと。
誘惑を振り切るように、ライは市場をまっすぐ駆け抜けた。






奥へ進むにつれ、鳴りを顰める市場の賑わい。
舗装された石畳は苔むし、うっすら霧まで立ち込めて
来た道を戻ろうか迷い始めた頃
青々とした蔦の茂る煉瓦造りの小屋が、ポツン、と現れた。

飴色の扉に吊るされた
『雑貨屋』の木札。
ここで、あってるんだよね……?
ライは扉を慎重に開けた。


暖炉に照らされた温かな店内。
ホッとしたのも束の間。
全身の毛がブワリと逆立つ。

台を挟んで真っ正面。
恰幅の良い狐族の男性が
眉間に皺を寄せ、本を読んでいる。

尖った鼻、鋭い目。

言い伝え通りの風貌だ。
狡猾で残虐と伝承される種族を前に、ライは慄いた。


情報は時に現実と乖離する。


フーコからの教えを心で復唱しても
様々な種族の行き交う賑やかな市場のことを思い出してみても
全身の毛は恐怖で逆だったまま。
けれど、怯えたまでは
師匠から頼まれたお使いを、成し遂げられない。

「あ、の……」

ライは、意を決し、読書に勤しむ狐族の男性に声をかけた。

今の今まで、ライの存在に気づいていなかったのか
「おおおっ!?」
奇声を上げながら仰け反った。
「お、おおう、なんだい、お客さんかい…。
はーっ……何か必要だったら気軽に声かけてちょうだいね」
胸に手を当てながら息を整え、取り繕おうとする姿。

狡猾、残虐。
教えられていた言葉が吹き飛んでいく。


「注文していた荷物を受け取りに、来ました…」

斜めがけカバンにしまっていた注文票を手渡すと、
狐族の男性は細い目を一瞬カッと見開いた。

「おじさんササーッと荷物、取ってくるから
他にいるモノがあったら会計台に置いといてね」

狐のおじさんは慌ただしく奥の部屋へ入っていった。

1匹店内に取り残されたライは、メモ用紙を確認する。

普段使いの薬草、鉱石、香油……。
店内に所狭しと並べられた商品の中から
必要なモノを探しだし、会計台へ置いていく。

村にいた頃。
姉たちとよくやった綺麗な石探しを思い出した。
綺麗な小石を見つけて祭壇に並べるだけの遊び。
今、考えると、何故そんなことが楽しかったのか、わからない。
けれど、もうできないのだと思うと
無性に恋しくてたまらない。

じわ、と視界が滲む。
目に溜まる雫を払うように、頭を左右に振る。

……おじさんはまだ帰ってこないみたいだし、
店の中、もうちょっと見てみようっ。

周囲を見渡すと
会計台の端に山積みになった薄い本。
さっき、おじさんが真剣に読んでいたな。

どんな本なんだろう?

真白い無地の表紙。
その上に題名らしき殴り書き。



悪役狼なのにイケメンの竜帝に寵愛されて困ってます(禁止版)
わんわんかもかもっ♡ 乙女たちのひみ2(つ)  
となりの妖狐さん 総集編 
天空の覇者、堕つ  ~無様総排出腔快楽責~ 




よくわからない文字の羅列にライは首を傾げる。
「あっ」
不破猛虎と殴り書かれた下の一冊を、思わず手に取った。


不和猛虎。
マオの国を救ったとされる英雄の1匹。
悪漢としても語られる程の暴れん坊だが
1匹で困難に立ち向かう姿に、ライは密かに憧れていた。


意気揚々と本を開くとそこには
華やかな衣装を見に纏った、虎族の可憐な少女が描かれていた。
不和猛虎は虎族の屈強な男性と言い伝えられている。
絵の少女との共通点は、虎族というだけ。


理解が追いつかない。

けれど眼は、描かれた虎族の少女を追った。
指は頁をめくる。


見たことのない不思議な絵本。
四角い枠の中で戦いの様子が
臨場感たっぷりに描かれている。
丸い枠、トゲトゲの枠。
この中に書かれた文字は、どうやら台詞…。


『雑魚共の相手、ワタクシ1匹で十分ですわっ。さあ、お行きなさいっ』
『くっ……後で必ず助けに来る!』
『(ボロボロのくせに強がって……さあ猛虎、頑張りどきですわよ!)』

変な喋り方……。
不和猛虎はコンナこと言わないし思わない。
他の英雄を助けるなんてコトも絶対にしない。
なのに

コレはコレで良いような気もする。

1頁、2頁、3、4、5…。

進むごとにまた別の違和感が浮上した。
おかしいな。
どんどん服だけが破けているような──



「いやあ、お待たせしちゃったねえっ」

狐のおじさんの声に、ライは慌てて本を閉じる。
「おっと」
「勝手にみてごめんなさい……!」
すかさず謝った。
無性にわいてくる罪悪感の正体もわからぬまま
おじさんの顔を見るのが怖くて、深く頭を下げた。

「あっ、あの、ぼく、不和猛虎、好きで、その」

本当のことを言っているだけなのに
酷い言い訳をしているようで、また罪悪感が増していく。
「読めたのかい?」
静かに問われて、肉球から嫌な汗が滲み出た。

「読んだのは最初の方だけなんです……!」

「あげるよ、その本」
信じ難い言葉に、ライは戸惑って恐る恐る顔をあげた。

「返されちゃったヤツだから売れないし
暖炉の足しにするにも気が引けちまってね。
読める者に渡ったほうが、書いたヤツらも報われるだろうさ」
注文品を風呂敷で手早くひとまとめにしながら
うんうんと頷くおじさんに
ライは救われる気分だった。


ライが風呂敷を背負うのを確認すると
おじさんは本をソッと手渡してくれた。
「ありがとうございますっ」

「そうそう。読むときに守ってほしいことがあるんだ」
「守ってほしいこと?」
「まず初めに言っちゃうと
この本は大っぴらに見るように作られたモノじゃあないってこと」
ライは、驚くと同時に、やっぱり。とも思った。


読み方にコツがいるモノは
読み解ける特定の者に向けて作られている。
旅の道中でフーコが教えてくれた。
あの絵本は村でも市場でも見たことがない、特殊な作りだ。

「安全な場所を確保して、1匹で読む。
目の奥がチカチカしたら一旦読むのをやめる。
それさえ守れば楽しめて集中力も増す一石二鳥な特別な本だ。
ちゃんと守れるかい?」
「はいっ!」
ライは真剣に頷いて、本を慎重にカバンの奥底にしまう。



挨拶を済ませ店を出ると
冬の日差しに思わず目を細めた。
うっすら立ち込めていた霧は、すっかり晴れていた。
増えた荷物は重いけれど、足取りは軽い。
フーコの待つ石護の宿舎を目指し、ライは歩みを進める。
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