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いつもの連中

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「ネム。ねえ、起きてよネムったらぁ……」

 甘えた声が耳をくすぐる。誰かが身体を揺さぶってくる。ああ、これは……

「おはよ、さや……今、何時?」
「起きてすぐ気にするのが時間のこと? わたしはぁ?」

 プンプンしながらも甘ったるい声を出す、さや。この声は、俺の脳で認識されるたびに、身体を芯から心地よくさせて、フワフワさせて、ソワソワさせて……。
 だから俺は言ってやる。

「バッカ、大好きに決まってんじゃん。ほら、こっち……」

 ベッドの上で、隣にいるさやのうなじのあたりに優しく手を這わせて抱き寄せながら、首筋に唇を触れる。
 サラサラの髪とスベスベの肌が発するいい匂いが、俺の頭の中を突き抜けて……

「へえ、大好きなんだ。なら、」
「え?」

 自分が抱きしめていたさやの顔を見る俺。
 すると、さやだったはずのその子の顔が……波動。

「なんで、俺のこと、コロしたの」
「わああああああああ!」


 ────…………


 無機質で真っ白な部屋に置かれるベッドの上で、上半身を飛び起こした俺。
 自分の家より遥かに広い病室。そう、間違いなく病院だ。窓の外に見える鮮やかな青と白が俺の視界を明るくする。

 えーと…… 
 今、どういう状況?
 
 布団を手でいじくりながらそこら辺に目線をせる。
 しばしボケッとしていると、だんだん記憶が戻ってきた。
 俺は、再びベッドに身体を寝かせて天井を見上げる。

 夢……ではないけども。

 眠ることによって、現実世界にいる敵と戦いに行ったということだから、基本的には現実だ。
 でも、俺自身は寝ているわけだからそれはまさに夢とも言えるわけで……。

 まあ細かいことはどうでもいいが、と頭の中をぐるぐる回る哲学っぽい思考はためらいなくポイっと捨てて。

 大事なのは、そう。
 俺たちは、波動を倒した。
 これで、ミーと中原は……そうだっ! 
 
 俺は慌てて起きあがろうとする。
 が、身体が重い。どうやら体調はかなり悪いらしい。

 急いだところで何がどうなるものでもないと判断した俺は、まずは落ち着くことにする。
 俺がこうして無事だということは、波動が復活して云々、ということはないだろう。だから、まあたぶんあの二人も無事なはずだ。

 俺は、四人部屋の窓際にいた。起き上がれるかどうかを慎重に試し、なんとかなりそうなのを確認したのち、片足だけを床について、隣人さんとの境目にあるカーテンを手でそっと動かし、のぞいてみた。

「おや、にいちゃん気が付いたかえフゴフゴ」

 入れ歯が中途半端に外れたじっちゃんとガッツリ目が合った。俺はへへへ、と愛想笑いをしてすごすごとカーテンを元に戻す。
 すると、そのじっちゃんはカーテンをザアッと勢いよく開けた。じっちゃんは入れ歯をグッと押して元に戻す。

「ついさっきまで、ガタイのいい男がお前さんが起きるのを待っとったぞ。心配しとる風じゃったな」
「ああ、こんにちは。そうですか……もう帰っちゃったんですかね」
「さあなあ。今日はずっといたんじゃよ」

 俺のことを心配してくれるガタイのいい男なんて、あいつしか思いつかないな。それにしても、
 
 ああ。タバコが吸いてー……

 俺は、誰が置いたのかベッドのすぐ横にある棚の上に置かれていたタバコを手に取り、スリッパを履いて立ち上がる。

 喫煙所の場所がどこか、ということで頭がいっぱいのまま病室を出ようとしたその時。
 身体がふらつき、意識が暗転しそうになる。慌てて病室の扉で身体を支えようと踏ん張った。
 事切れるのは辛うじて耐えたがそのまま俺は倒れてしまい、しかも病室の床で嘔吐した。

 なんかよくわからんが最悪のコンディション。
 すると、オエオエ言う俺の正面に誰かの足が見える。

「センパイ、大丈夫っすか」
 
 やっぱこいつ、なんか安心するなあ。おえっ
 
 中原と思われる男に背中をさすられながら、一通り吐き終えた俺が頭を上げると、見知らぬ長髪の男が。

「あれ?」
「なんすか?」

 声は間違いなく中原。
 いや、ゴツいイメージの顔も、顔だけ見れば中原。
 でも、なんで急にロン毛?

「なんすかじゃねえよ。なんのつもりだよ、そのイキったセミロングの毛ぇは」
「あとで話しますよ」

 うーん。
 まあ、とりあえず。

 吐いてスッキリした今、優先すべきはタバコだ。
 その他どうでもいいことの詮索せんさくは置いといて、まず撒き散らしたゲロを二人でキレイに片付け、看護師に尋ねて喫煙所の場所を探し当て、ようやく一服にありつけた俺は、そこからようやく自分の記憶が途切れた後のことをこのオオカミ男──今は普通の人間に見えるが──に尋ねる。

 波動の行く末は、やはり俺の想像通りだったようだ。俺は気絶してしまったが、中原はその一部始終を見たらしい。その上であっけらかんとしているとは、こいつやはり自衛隊か警察か消防くらいの職につくべきだったのではないかと思う。

 波動の結末は、多少感慨に浸る部分が無きにしもあらずといったところ。
 だが、まあ敵のことなんてこれ以上気にしても仕方がない。問題はミーの容体だ。まあ、いつも通りに振る舞うこいつを見る限り、無事には違いないだろうが。

 俺たちは、病室に戻りながら病院の廊下をゆっくりと進む。

「ミーは大丈夫だったか?」

 尋ねる俺へ、中原は、さっきまで豊かだった表情を一瞬にして消し、力なくうつむく。
 弱気で、いつになく小さな声が、俺の心臓を強く掴んだ。

「俺、あの後、精一杯、走りました。なんとかしてミミさんを助けようと。でも……」

 中原の目に涙がにじむ。
 俺は、立ち止まっていた。


 嘘だ。


「嘘だ」

 中原を凝視する俺の、心の声と口から出た言葉が、意図せず完全同期した。

「おい……どういうことだ! 聞いてんのかっ、答えろ!!!」

 俺は場所もわきまえずに大声で叫び、中原を掴んで揺さぶった。 

「肩を貸します。こっちへ」

 ただただ冷静な中原が、俺を案内しようとする。

 息が上がり、また何かが胃から口へ上がってきそうだ。
 身体中が、居ても立ってもいられないような嫌な痺れで冒されて、俺はその場でへたり込んだ。
 中原が、肩を貸そうと俺へ手を差し伸べる。俺は、その腕にぶら下がるように立ち上がる。

 俺は、首を横に振っていた。
 
 ……見たくない。行きたくない。きっと霊安室へ行くんだ。ドラマで何度も見た。
 いやだ。あんな思いするの、いやだ……。

「待てっ……中原」

 俺は中原を止めようとした。

「いやだ! 行きたくない! あいつとお別れなんて、したくない!」

 中原は神妙な顔で俺に肩を貸したまま、すぐそこにある病室の引き戸を突然ガラッと開ける。
 何の気なしに俺がその室内へ目をやると、

「おーっ、ネムやんかぁ、オメーもフラフラやのう」

 ベッドの上で上半身を起こして飯をガツガツ食うミーが、口に含んだものを飛ばしながら満面の笑顔で俺に叫ぶ。

 気が付けば口を半開きにしたまま突っ立っていた俺が、ようやく正気を取り戻して、睨みを利かせた視線をゆっくり中原に向けてやると。
 クソオオカミは笑いを噛み殺してププっと小さく吹き出しながら、上目遣いで俺を見ていた。

「いい顔してましたね。憎まれ口叩いても、やっぱミミさんのこと心配なんすね」

 ミーは、ポッと頬を赤らめて、ウザいことにモジモジしながら、

「あたしと、お別れしたくないのぉ? すっっっごい大っきな声で、叫んどったねぇ」 

 俺の額でピキッ! と音が鳴ったのは言うまでもない。
 さらに、ミーは、

「ねえ、ネム。ちょっとちょっとっ」

 半目の俺に手招きをする。

 俺は、眉間に寄せたシワを未だ自分の意思で解除できないまま、言われる通りにフラフラとミーへ近づく。
 耳打ちを要望するので耳を近づけてやると、こやつは小声で、

「あたしのこと、好き、なの?」

 気がつくと、俺はこいつの背中にビターン! と、廊下にまで響き渡るほどの張り手をお見舞いしていた。

「あいたぁっ!!! 何すんねんこのドアホ! 女の子に向かって……たっちゃんは、こんなことせえへんでっ」

 痛みで身体をくねらせながら、涙目で口をとがらすミー。
 するとムカつくドヤ顔のオオカミ野郎が一言、

「まあセンパイはかっこよくなった俺のことを凄まじくひがんでましたからね。すみませんねぇ、勝負にならなくて」

 こいつのことは手加減なしにオモくそぶん殴ってやったが、獣人化を果たしたこいつはやはり通常モードでも体質変化しているのではなかろうか。俺がフラフラであったとはいえ、全力のパンチで一ミリたりとも下がることはなかった。

 そして、俺を騙すために嘘泣きまでできるこいつの無駄な演技力に相当ウザさを感じながらも、いつも通りのこいつらを見て、俺はつい表情を緩ませてしまった。
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