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別荘でのひととき
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お得意先の社員旅行先は、長野だった。
なんと俺の実家の近く。それを話すと、さやは、
「お母様に、ご挨拶に行かないと!」
「えっ! ちょっと早すぎない?」
「そんなことないよ! 将を射んと欲すれば、まず馬を……って言うじゃない」
あからさまに本心をぶちまけるさやは、ここ最近清々しい言動が目立つ。あの可愛らしいぶりっ子キャラはどこへ行ったんだ、と俺は苦笑いを禁じ得ない。
とりあえず、どちらと付き合うのかすら決めてない段階で母さんに紹介するのはどうかと思ったので、俺は丁重にお断りした。
入道雲が上空高くへ舞い上がった初夏らしい青天が、気温までもを高く上げる。
俺は、中原、さやの二人と一緒に、高速道路を走っていた。社用車の白いバンは古くてポンコツで、高速など走るのはいつぶりなのだろうか。なにも考えずいきなりすっ飛ばしたりしたら、配管が破れて冷却水がダダ漏れし、オーバーヒートで即、止まってしまいそうだ。
運転を中原に任せ、俺は助手席でくつろぎながら、後部座席から顔を出して話しかけてくるさやとともに、なんとなくハイキング気分で到着までの時間をエンジョイしていた。
「別荘なんてすごいよねえ。お相手の会社の別荘?」
「確かそうだったと思うよ。さやは、そういうところ、行ったことないの?」
「あるよ」
「そうなんだ。どういう関係で?」
「前に付き合ってた彼氏が持ってて」
自分で聞いておいて、心に雷雲がかかり始める。
「詳しく聞きたいの?」
「……いえ」
心臓に鉄の矢を撃ち込まれてしまいそうなので、この話は遠慮することにした。
「センパイ、俺もよく知らないんですけど、そこでパーティする感じですか?」
「たぶんなあ。俺と中原は、お得意先の担当をしてるから呼ばれたんだけど、さやは、まあ……なんていうか、キレイどころだから、うちの会社の上の奴らが選んだわけだし。役割は明確だよな」
そう。この話を聞いてミーは怒り狂い、なるほど、「怒髪天を衝く」とはこういうことか! と、俺は妙に納得したのだ。
男連中から見てさやに軍配が上がるのは避けられないと思われる。ミーは会社では化粧っ気もないし、ルックスは完全に仕事モードなのだ。だからミーも、それを散々言い訳にしながら大人しく引き下がったのである。
「ちょっとウォーミングアップしないと!」
さやは、自分で持ってきた缶チューハイをパシュッ! と開けて飲み始める。いろんな意味で、さやは当初俺が持っていた印象を覆しまくっている。
そんなさやへ向ける視線に特段の意味を込めたわけではなかったのだが、俺の視線に気付いたさやは、
「わたしの全てを、知ってもらおうと思って」
と説明しながらニコッとしつつ、ゴク、ゴクと勢いよく喉を鳴らして飲み、はああ、とご満悦の声をあげる。
さやは、ヘッドレストの横から顔を出して俺に話しかけてきた。
アルコールの匂いがふわっと漂う。その匂いと、首筋に触れてくるさやの手の感触で、早くも頭がクラクラしてくる。
「いいなあ。センパイ、帰ったらちゃんとアシストしてくださいよ」
「中原くぅん、わたしがアシストしてあげるっ! ミーちゃんだよねぇ? ぜぇ~ったい、くっつけてやるから!」
「わっ、わっ」
運転席の後ろから手を伸ばしてくるさやに顔をバシバシ叩かれた中原は、手元を狂わせ車を蛇行させる。
テンション高めのさや。到着した後、まともにお得先と話ができるのか早くも不安が見受けられた。
◾️ ◾️ ◾️
到着した別荘を見て、俺は「はああ~っ」と声を揃えた。
サイズ感で言うと五〇人クラスの大学生の合宿なんかも余裕でできてしまいそうなほど立派で、すぐ裏手はスキー場。冬になればゲレンデが近くて良い場所だろう。
この別荘はお土産なんかが売っていそうな温泉街の端っこにあり、利便性もさほど悪くないように思えた。
さやをお得意先の担当に紹介する。担当だけじゃなく、紹介した全員が全員、ものすごくチヤホヤしてくれたので、最初からほんのり頬が赤いさやは、輪にかけて上機嫌になった。
着いたのは昼前で、お昼は別荘の敷地内にセッティングされたバーベキューだった。
俺たちは、まだ繋がりのない人とも一通り名刺交換などをして、まさに仕事、という時間を過ごすこととなった。
「こんな仕事のパーティみたいなの、つまんないっしょ」
別荘の二階にあるテラスへさやと一緒に出た俺は、二人並びながら、飲み物を手に休憩がてら話をする。
「んー? まあね、もう慣れたけど。わたし、何回か連れてこられてるから、こういうの」
「さやほど可愛いけりゃ、まあそうなるよね」
「ふふ」
さやは、上目遣いで照れたように微笑む。
「……? どうしたの?」
「ううん。ネムに言われたら、やっぱ嬉しいな、って」
今まで、一人たりともこんなことを言ってくれたことはない。
それも、初めて言ってくれたのがこんな超絶美人だとは。
たった一言で、俺は天にも昇る気分になった。
「まあ、いつものことだよ、こういうところに来ると。今日だって、もう何人か連絡先、渡してきたね。名刺の裏に、プライベートの番号書いて」
「へえっ?」
さやは、もらった名刺をずらっと並べて見せる。ざっと一五枚は、裏に手書きで番号が書いてあった。
……マジで? まだ、一時間ちょいしか経ってないけど。
「メールアプリの友達申請も、何人かに言われたな」
「…………」
天に昇ったが故に、その高さから落下した時の衝撃は計り知れないものがある。
俺は、現実としてさやと付き合った場合の試練を、なんとなく実感してしまった。
そう──彼女は、とんでもなく可愛い上に、類稀なる魅惑的な身体を持っているのだ。
仮に付き合ったとしても、このようなハエどもを振り払う必要性に悩まされ続けるのは間違いない。
嫉妬で狂いそうになる自分の気持ちに、果たしてこれから耐えられるのだろうか? と俺が未来の不安感に早くも巻かれていると、
「なんか、つまらないこと考えてる?」
さやは、首を横にしてキレイな栗色の髪を真下に垂らし、下から俺を見つめる。
「え? つまらないことって? か、考えてないよ、そんなの」
「それならよろしいです。言っとくけどね、わたし、そんな尻軽じゃないから」
目を細めて俺を見るさやは、ちょっとだけ怒っているようだった。
その後、俺たちは、昼間っからベロンベロンに飲まされた中原を苦笑いしながら眺めつつ、特に興味はないが興味があるように見せて得意先の人たちと語らい、課せられた時間を過ごす。
さやは、自分にまとわりつく得意先の男どもを振り払って、頻繁に俺のところへ来てくれた。
嫉妬している俺に気付いて、気遣ってくれたのかもしれない。まあ単純につまらないから逃げてきただけかもしれないが。
そうこうしているうちに夜になる。
夜もまたバーベキューが開かれ、つまり、昼からずっと、誰も彼もが飲み続けているのだった。
俺は酒が強くないので、うまく飲まされずに凌いでいた。まあ、このご時世、無理やり飲まされるようなことはかなり減ったのだ。
ふと、さやを見ると、一人の男と喋っていた。
さすがに俺も慣れてきたし、こんな場では誰かと喋るものなので、喋っているだけなら特別に気にはしなかったが、俺が眉間にシワを寄せたのは、その男は、さやの肩に手を回したからだった。
知らず知らずのうちに握りしめた拳をほどき、俺はすぐにさやのところへ駆けつける。
近くに寄ったことで聞こえてきた会話によると、さやは嫌がってるふうだった。なので俺は、
「あの、どうかされましたか?」
と、一応相手を立てるように言ってやる。
「……なんだ、邪魔だよぅ。俺が今、さやかちゃんと話をしてんだからよぅ」
男はかなり酔っていた。さやは、顔で「ありがと」という表情を作って、俺の斜め後ろにスッと下がる。
「彼女はみんなのものなので」
適当に言って追っ払おうと考えた俺の口を突いて出たセリフだったが、真正面に立って相手の顔を眺めるうち、俺はその男のことが、どこか引っかかった。
なかなか思い出せない俺の意識へ、ノアとルナがスッと現れ助言する。
「居酒屋の男だよ。たっちゃんとネムが飲んでる時に、二人で話していたうちの一人」
その言葉で俺は思い出す。
あの居酒屋にいた、防犯カメラ映像を通して俺が見ていた男のことを。
こいつは、警備員のスマホで中原を見たという国家公務員の男と話していた、相手方の男だったのだ。
なんと俺の実家の近く。それを話すと、さやは、
「お母様に、ご挨拶に行かないと!」
「えっ! ちょっと早すぎない?」
「そんなことないよ! 将を射んと欲すれば、まず馬を……って言うじゃない」
あからさまに本心をぶちまけるさやは、ここ最近清々しい言動が目立つ。あの可愛らしいぶりっ子キャラはどこへ行ったんだ、と俺は苦笑いを禁じ得ない。
とりあえず、どちらと付き合うのかすら決めてない段階で母さんに紹介するのはどうかと思ったので、俺は丁重にお断りした。
入道雲が上空高くへ舞い上がった初夏らしい青天が、気温までもを高く上げる。
俺は、中原、さやの二人と一緒に、高速道路を走っていた。社用車の白いバンは古くてポンコツで、高速など走るのはいつぶりなのだろうか。なにも考えずいきなりすっ飛ばしたりしたら、配管が破れて冷却水がダダ漏れし、オーバーヒートで即、止まってしまいそうだ。
運転を中原に任せ、俺は助手席でくつろぎながら、後部座席から顔を出して話しかけてくるさやとともに、なんとなくハイキング気分で到着までの時間をエンジョイしていた。
「別荘なんてすごいよねえ。お相手の会社の別荘?」
「確かそうだったと思うよ。さやは、そういうところ、行ったことないの?」
「あるよ」
「そうなんだ。どういう関係で?」
「前に付き合ってた彼氏が持ってて」
自分で聞いておいて、心に雷雲がかかり始める。
「詳しく聞きたいの?」
「……いえ」
心臓に鉄の矢を撃ち込まれてしまいそうなので、この話は遠慮することにした。
「センパイ、俺もよく知らないんですけど、そこでパーティする感じですか?」
「たぶんなあ。俺と中原は、お得意先の担当をしてるから呼ばれたんだけど、さやは、まあ……なんていうか、キレイどころだから、うちの会社の上の奴らが選んだわけだし。役割は明確だよな」
そう。この話を聞いてミーは怒り狂い、なるほど、「怒髪天を衝く」とはこういうことか! と、俺は妙に納得したのだ。
男連中から見てさやに軍配が上がるのは避けられないと思われる。ミーは会社では化粧っ気もないし、ルックスは完全に仕事モードなのだ。だからミーも、それを散々言い訳にしながら大人しく引き下がったのである。
「ちょっとウォーミングアップしないと!」
さやは、自分で持ってきた缶チューハイをパシュッ! と開けて飲み始める。いろんな意味で、さやは当初俺が持っていた印象を覆しまくっている。
そんなさやへ向ける視線に特段の意味を込めたわけではなかったのだが、俺の視線に気付いたさやは、
「わたしの全てを、知ってもらおうと思って」
と説明しながらニコッとしつつ、ゴク、ゴクと勢いよく喉を鳴らして飲み、はああ、とご満悦の声をあげる。
さやは、ヘッドレストの横から顔を出して俺に話しかけてきた。
アルコールの匂いがふわっと漂う。その匂いと、首筋に触れてくるさやの手の感触で、早くも頭がクラクラしてくる。
「いいなあ。センパイ、帰ったらちゃんとアシストしてくださいよ」
「中原くぅん、わたしがアシストしてあげるっ! ミーちゃんだよねぇ? ぜぇ~ったい、くっつけてやるから!」
「わっ、わっ」
運転席の後ろから手を伸ばしてくるさやに顔をバシバシ叩かれた中原は、手元を狂わせ車を蛇行させる。
テンション高めのさや。到着した後、まともにお得先と話ができるのか早くも不安が見受けられた。
◾️ ◾️ ◾️
到着した別荘を見て、俺は「はああ~っ」と声を揃えた。
サイズ感で言うと五〇人クラスの大学生の合宿なんかも余裕でできてしまいそうなほど立派で、すぐ裏手はスキー場。冬になればゲレンデが近くて良い場所だろう。
この別荘はお土産なんかが売っていそうな温泉街の端っこにあり、利便性もさほど悪くないように思えた。
さやをお得意先の担当に紹介する。担当だけじゃなく、紹介した全員が全員、ものすごくチヤホヤしてくれたので、最初からほんのり頬が赤いさやは、輪にかけて上機嫌になった。
着いたのは昼前で、お昼は別荘の敷地内にセッティングされたバーベキューだった。
俺たちは、まだ繋がりのない人とも一通り名刺交換などをして、まさに仕事、という時間を過ごすこととなった。
「こんな仕事のパーティみたいなの、つまんないっしょ」
別荘の二階にあるテラスへさやと一緒に出た俺は、二人並びながら、飲み物を手に休憩がてら話をする。
「んー? まあね、もう慣れたけど。わたし、何回か連れてこられてるから、こういうの」
「さやほど可愛いけりゃ、まあそうなるよね」
「ふふ」
さやは、上目遣いで照れたように微笑む。
「……? どうしたの?」
「ううん。ネムに言われたら、やっぱ嬉しいな、って」
今まで、一人たりともこんなことを言ってくれたことはない。
それも、初めて言ってくれたのがこんな超絶美人だとは。
たった一言で、俺は天にも昇る気分になった。
「まあ、いつものことだよ、こういうところに来ると。今日だって、もう何人か連絡先、渡してきたね。名刺の裏に、プライベートの番号書いて」
「へえっ?」
さやは、もらった名刺をずらっと並べて見せる。ざっと一五枚は、裏に手書きで番号が書いてあった。
……マジで? まだ、一時間ちょいしか経ってないけど。
「メールアプリの友達申請も、何人かに言われたな」
「…………」
天に昇ったが故に、その高さから落下した時の衝撃は計り知れないものがある。
俺は、現実としてさやと付き合った場合の試練を、なんとなく実感してしまった。
そう──彼女は、とんでもなく可愛い上に、類稀なる魅惑的な身体を持っているのだ。
仮に付き合ったとしても、このようなハエどもを振り払う必要性に悩まされ続けるのは間違いない。
嫉妬で狂いそうになる自分の気持ちに、果たしてこれから耐えられるのだろうか? と俺が未来の不安感に早くも巻かれていると、
「なんか、つまらないこと考えてる?」
さやは、首を横にしてキレイな栗色の髪を真下に垂らし、下から俺を見つめる。
「え? つまらないことって? か、考えてないよ、そんなの」
「それならよろしいです。言っとくけどね、わたし、そんな尻軽じゃないから」
目を細めて俺を見るさやは、ちょっとだけ怒っているようだった。
その後、俺たちは、昼間っからベロンベロンに飲まされた中原を苦笑いしながら眺めつつ、特に興味はないが興味があるように見せて得意先の人たちと語らい、課せられた時間を過ごす。
さやは、自分にまとわりつく得意先の男どもを振り払って、頻繁に俺のところへ来てくれた。
嫉妬している俺に気付いて、気遣ってくれたのかもしれない。まあ単純につまらないから逃げてきただけかもしれないが。
そうこうしているうちに夜になる。
夜もまたバーベキューが開かれ、つまり、昼からずっと、誰も彼もが飲み続けているのだった。
俺は酒が強くないので、うまく飲まされずに凌いでいた。まあ、このご時世、無理やり飲まされるようなことはかなり減ったのだ。
ふと、さやを見ると、一人の男と喋っていた。
さすがに俺も慣れてきたし、こんな場では誰かと喋るものなので、喋っているだけなら特別に気にはしなかったが、俺が眉間にシワを寄せたのは、その男は、さやの肩に手を回したからだった。
知らず知らずのうちに握りしめた拳をほどき、俺はすぐにさやのところへ駆けつける。
近くに寄ったことで聞こえてきた会話によると、さやは嫌がってるふうだった。なので俺は、
「あの、どうかされましたか?」
と、一応相手を立てるように言ってやる。
「……なんだ、邪魔だよぅ。俺が今、さやかちゃんと話をしてんだからよぅ」
男はかなり酔っていた。さやは、顔で「ありがと」という表情を作って、俺の斜め後ろにスッと下がる。
「彼女はみんなのものなので」
適当に言って追っ払おうと考えた俺の口を突いて出たセリフだったが、真正面に立って相手の顔を眺めるうち、俺はその男のことが、どこか引っかかった。
なかなか思い出せない俺の意識へ、ノアとルナがスッと現れ助言する。
「居酒屋の男だよ。たっちゃんとネムが飲んでる時に、二人で話していたうちの一人」
その言葉で俺は思い出す。
あの居酒屋にいた、防犯カメラ映像を通して俺が見ていた男のことを。
こいつは、警備員のスマホで中原を見たという国家公務員の男と話していた、相手方の男だったのだ。
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