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病院へ
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さっきまで晴天だったのに、出勤時にはどんよりと雲が広がる気まぐれな空。
ゼウス・システムによって頭の中に表示されるウィジットの天気予報に目もくれず、目の前で起こる出来事だけを追ってしまい、今日は夕方から雨であることに家を出てから気が付く。
こんなもの、ほんの少しだけ「意識を向ける」だけで把握できたことだ。今回は仕事に影響はないものの、これがバカであることの顕著なデメリットの一つであると俺は自覚させられた。
「あっぶね。なんで教えてくんないんだよ!」
「だって、言われてないから」
俺は、「次からは雨が降りそうだったら知らせろ」とノアとルナに向かって口を尖らせた。
今日の仕事は、俺とミーがセットで外回りしていた。
現実世界の対接近戦で戦闘力が高いのは中原とミーだ。俺は眠っている時以外はただの凡人なので、ミーと中原のどちらかと交互に組むことにしたのだった。
俺も、ミーも、お互い担当する建築現場を持っているから、それぞれ違うトラックを運転し、それぞれ必要な部材を積みつつ、前後に並んで二人一組で走行していた。
「めっちゃ久しぶりやなあ、ネムとこうして回るの。まあ別々の車やけどな!」
ゼウスを使って話しかけてくるミーは今、俺の後ろをトラックで走っている。あいつはマニュアルミッション車を器用に運転し、体力がいるこの仕事だって、きちんとこなしている。
確かに、一緒に回るのは、こいつが入社して新任研修で同行したっきり。いくらも経たないうちに、要領の良いこいつは俺より効率的に仕事をするようになってしまったのだった。
フロントガラスに、パチパチと雨粒がぶつかる。
予報のとおり雨が降ってきた。ぼやける視界をクリアにするため、俺はワイパーのスイッチを回す。
「さや、無事かな」
「……さやさや言うて。もう、あいつのことばっか……」
「しょうがねえだろ。実際問題、危ないんだからさ」
「じゃあ、なんで一人で行かしてん。言うたやろ、あたしらも連れて行って、外で待たしといたらええだけやって」
「…………」
そう。なんで、行かせたんだろう。
死んでしまえば意味なんてない。俺だって、さやに生きていてほしいのに。
俺がやったことは、カッコつけただけなんだろうか?
「あたしと違って、器用に見えたんやけどな」
「え?」
「どうやら正反対らしいわ。ほっといたら、一人で勝手にやってまう。どんな危ないことでもな」
「…………」
「迷惑かけとうない、やとさ」
「……俺の能力なら、遠隔でも効く」
「そやな」
赤信号で停車し、フロントガラスへ次々と落ちてくる雨粒を俺が見つめていると、それとは別に、俺の頭の中に見える例の子供部屋の中、ルナが俺のアバターにトコトコ近付いてきた。
「『愛原さやか』から電話だよ。出るよね?」
「とーぜん!」
話を聞くと、さやは病院から電話をかけていたようだ。
大丈夫か、と、しつこく聞く俺にも、優しく反応してくれた。
「そんなにわたしのこと、心配なの?」
「あたり前だよ! 何かあったら、一生後悔するわ」
「へへ。……うん、嬉しいよ。あのね、電話したのはね、ネムに雪人を紹介したいと思って。だから、わたしの視界を見ていてほしいの」
「視界を?」
「うん。雪人はね、あと、半年も生きられないんだ」
「…………」
「わたしの大事な、親友の弟。やっぱり、ネムにだけは、紹介しておきたいの」
「……わかった。いいよ!」
「ありがとう」
「『愛原さやか』の視覚・聴覚映像の取得について、承認された」
ノアが伝えた。
俺の頭の中にあるいつもの子供部屋は、俺自身の目によって取得した視覚映像を見ている時も、常に頭のどこかに表示され「見えている」。それは俺の「頭の中」にあるから、運転中の俺にとって、眼によって取得する視覚情報とは別に、脳内のどこかで、常に映像として見えているのだ。
さらに、子供部屋とは別に、何度も見てきた仮想映画館が俺の頭の中に出現した。これは、誰かの視覚映像を見る時なんかに出現するものだ。
映し出された映像には、病院のベッドで寝ている、中学生くらいの男の子がいた。
その男の子の瞳は、澄んだ赤色にぼんやりと光っている。
もはや間違えようもなかった。この子は、ゼウスにログインしているのだ。
「どこか行ってたの?」
「うん、ちょっと買い物しててさ」
雪人は、少しだけ辛そうに上半身を起こして、すぐに笑顔を作った。
さやは、ベッドの脇にあるイスに腰掛ける。
「まゆ……お姉ちゃん、早く来れるようになったらいいんだけどな」
「うん。昨日も今日も来てないから、ちょっと心配だよ。お仕事が忙しいんでしょ?」
「……うん。そうだよ」
やはり、田中さんは来ていないようだ。来れば俺たちに見つかる可能性は高いし、まあ当然だろう。
「でもね、|一昨日ここへ来た時には、すごく元気だったよ。『レッドシューター』ね、もうお姉ちゃんより上手くなってきたんだ」
笑顔になった雪人くんは、声のトーンを上げて話す。
「へえ! でも、わたしに勝つのは百年早いけどねw」
「へへ……すぐに抜かしてやるさ。絶対に、一緒に大会に出ようね」
二人の会話からは、対抗心で火花を散らしつつも奇妙な連帯感が感じられた。
雪人くんが言っている「レッドシューター」とは、ピストル、ライフル、サブマシンガンなどを駆使して敵チームを倒す、五対五のチーム戦FPSオンラインゲームだ。
話を聞くと、さやと田中さんは雪人くんと同じチームで、他のゲーム仲間二人と組んで一緒にこのゲームをやっているらしい。
ゲーム中におけるプレイヤー同士の連携を密に図りたい雪人くんは、ボイスチャットが自由にできない病院という環境に相当不満だったらしい。だが、ゼウスを使えば「思うだけ」でチャキチャキ意思疎通が図れる。
さらに言うなら、レッドシューターというゲーム自体も、ゼウスを使ってゲーム内に自分自身が入り込んでプレイできるようなソフトとして開発がなされているところらしい。
だから、雪人くんはゼウスのサービス開始が告知されると同時に迷わず手術を熱望したようだ。その結果、ここ数日でチーム戦力は飛躍的に向上した、と興奮気味に話していた。
「あのね、実は雪人に会わせたい人がいて」
「え?」
「ここには来ていないけどね。その人は、わたしのここにいるの」
さやは、人差し指で、自分の目をさす。
「ゼウスにログインしているの?」
「そう! 名前は『寝咲ネム』っていうの」
「えっ。すごい名前」
「そうでしょ。寝るって意味の言葉が、二つも入ってるの」
話題にしやすい名前でよかった、と人生で初めて思う俺。
俺は、一つの提案をする。
「ねえ、さや。俺の意識の中に、雪人くんを招待してもいい? なら、ちゃんと対面することができるから」
「いいアイデアだね! うん、わたしと一緒に招待してよ!」
ゼウスの化身である二人の子供は、声で返事をする代わりに口角を上げた。俺の意識は、さやの視覚映像スクリーンから、いつもの子供部屋へと切り替わる。
少しだけ待っていると、さやと、雪人くんが子供部屋に姿を現した。
病院ではほとんど寝たきりらしい雪人くんだが、俺の意識の中に再現された彼は両の足でしっかりと立っていた。
足元から、キラキラと輝きながら具現化されていく二人。アバターの再生が完了すると、二人は閉じていた目を開けた。
「初めまして! 名前に二回も『寝る』って意味の言葉が入ってる、寝咲ネムですw」
「初めまして、田中雪人です。ごめんなさい、失礼なことを言って」
雪人くんのアバターはあたふたしながら言った。
「あっ、大丈夫、気にしないで! 覚えてもらいやすくて、むしろ良かったよ」
雪人くんは表情を柔らかくした。現実と同じく美の塊であるかのようなさやのアバターへと向き直り、
「寝咲さんは、お姉ちゃんの、大事な人?」
「そうだよ」
嬉しそうな声で言うさや。俺は、顔が熱くなり、心が温かくなった。
「寝咲さん。お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げる雪人くん。
俺は、うん、としっかり思いを込めて笑顔を作った。付き合うかどうかは別として、大事な人には違いないから。
さやは、少し表情を暗くして、トーンダウンした声で言った。
「もう少しで、手術だね」
「……うん。うまくいくといいんだけど」
さやは、ゼウスを使って俺にだけ通信してきた。
「雪人はもうすぐ手術なんだ。まゆには、そばにいてあげてほしいんだけど」
「うん……」
「……まゆをそそのかしている奴ら、絶対に、許さない」
「さや。無茶しちゃだめだよ」
俺の言葉に返事はない。
さやがどう思っているのか、俺には良くわかった。ミーが言っていたからだ。
不器用……
スマートで、しっかり者の印象を俺は持っていたが、ミーに言わせればそうらしい。
俺は、念押しでもう一度言った。
「約束して。絶対に、無茶はしない、って」
「わかってるよ! わたしって、そんなに心配されるようなキャラかな」
ふふ、とさやは笑った。
俺たちの様子をうかがっていた雪人くんが、さやに話しかける。
「いい人なんだね」
「え?」
「すごくかわいい笑顔。きっと、素敵な人なんだろうな」
さやのアバターは、両手を頬に当ててあたふたしていた。
間髪入れずにゼウスの個別通信を使って、また俺だけに伝えてくる。
「……まだ選ばれてないけどね、わたし」
「え……っと」
「あーあ、本当に望むものって、手に入らないものだよねー」
それは、俺自身がずっと思ってきたこと。
誰であっても同じなのか。本当に望むものは……
「こんにちは! 雪人くん、具合はどう?」
意識の外から聞こえる、知らない男性の声。
この声は、俺の意識の中ではなく、現実世界の、病室から聞こえる音声だ。俺は、さやの視覚映像で様子を把握する。
病室へ入ってきて、雪人くんへ声をかけた一人の男性。
その男性の着用していた衣服からして、彼はこの病院の看護師だ。
髪型はドレッドだった。病院関係者でこんな髪型は見たことがないが……
俺が一番気になったのは、顔。
こんな美男子、そこら辺には絶対いない、と思ってしまうほどにカッコいいのだ。
背も高く、雑誌のモデルやアイドルなどといった芸能人だとしても、なんら不思議じゃないと思った。
「はい。まあまあです」
雪人くんがこう答えると、男性看護師は俺と目が合った──つまり、さやへと視線を向けた。
「親戚の方ですか?」
「ええ、まあ……」
「そうですか。あまりにも綺麗な方だったから、一瞬ドキッとしちゃいました。もし困ったことがあったら、いつでも言ってくださいね」
自然に言葉が出る男。
俺は、さやに優しい笑顔を向けるこの優男に、一瞬にして強烈な警戒心を抱いてしまった。
ゼウス・システムによって頭の中に表示されるウィジットの天気予報に目もくれず、目の前で起こる出来事だけを追ってしまい、今日は夕方から雨であることに家を出てから気が付く。
こんなもの、ほんの少しだけ「意識を向ける」だけで把握できたことだ。今回は仕事に影響はないものの、これがバカであることの顕著なデメリットの一つであると俺は自覚させられた。
「あっぶね。なんで教えてくんないんだよ!」
「だって、言われてないから」
俺は、「次からは雨が降りそうだったら知らせろ」とノアとルナに向かって口を尖らせた。
今日の仕事は、俺とミーがセットで外回りしていた。
現実世界の対接近戦で戦闘力が高いのは中原とミーだ。俺は眠っている時以外はただの凡人なので、ミーと中原のどちらかと交互に組むことにしたのだった。
俺も、ミーも、お互い担当する建築現場を持っているから、それぞれ違うトラックを運転し、それぞれ必要な部材を積みつつ、前後に並んで二人一組で走行していた。
「めっちゃ久しぶりやなあ、ネムとこうして回るの。まあ別々の車やけどな!」
ゼウスを使って話しかけてくるミーは今、俺の後ろをトラックで走っている。あいつはマニュアルミッション車を器用に運転し、体力がいるこの仕事だって、きちんとこなしている。
確かに、一緒に回るのは、こいつが入社して新任研修で同行したっきり。いくらも経たないうちに、要領の良いこいつは俺より効率的に仕事をするようになってしまったのだった。
フロントガラスに、パチパチと雨粒がぶつかる。
予報のとおり雨が降ってきた。ぼやける視界をクリアにするため、俺はワイパーのスイッチを回す。
「さや、無事かな」
「……さやさや言うて。もう、あいつのことばっか……」
「しょうがねえだろ。実際問題、危ないんだからさ」
「じゃあ、なんで一人で行かしてん。言うたやろ、あたしらも連れて行って、外で待たしといたらええだけやって」
「…………」
そう。なんで、行かせたんだろう。
死んでしまえば意味なんてない。俺だって、さやに生きていてほしいのに。
俺がやったことは、カッコつけただけなんだろうか?
「あたしと違って、器用に見えたんやけどな」
「え?」
「どうやら正反対らしいわ。ほっといたら、一人で勝手にやってまう。どんな危ないことでもな」
「…………」
「迷惑かけとうない、やとさ」
「……俺の能力なら、遠隔でも効く」
「そやな」
赤信号で停車し、フロントガラスへ次々と落ちてくる雨粒を俺が見つめていると、それとは別に、俺の頭の中に見える例の子供部屋の中、ルナが俺のアバターにトコトコ近付いてきた。
「『愛原さやか』から電話だよ。出るよね?」
「とーぜん!」
話を聞くと、さやは病院から電話をかけていたようだ。
大丈夫か、と、しつこく聞く俺にも、優しく反応してくれた。
「そんなにわたしのこと、心配なの?」
「あたり前だよ! 何かあったら、一生後悔するわ」
「へへ。……うん、嬉しいよ。あのね、電話したのはね、ネムに雪人を紹介したいと思って。だから、わたしの視界を見ていてほしいの」
「視界を?」
「うん。雪人はね、あと、半年も生きられないんだ」
「…………」
「わたしの大事な、親友の弟。やっぱり、ネムにだけは、紹介しておきたいの」
「……わかった。いいよ!」
「ありがとう」
「『愛原さやか』の視覚・聴覚映像の取得について、承認された」
ノアが伝えた。
俺の頭の中にあるいつもの子供部屋は、俺自身の目によって取得した視覚映像を見ている時も、常に頭のどこかに表示され「見えている」。それは俺の「頭の中」にあるから、運転中の俺にとって、眼によって取得する視覚情報とは別に、脳内のどこかで、常に映像として見えているのだ。
さらに、子供部屋とは別に、何度も見てきた仮想映画館が俺の頭の中に出現した。これは、誰かの視覚映像を見る時なんかに出現するものだ。
映し出された映像には、病院のベッドで寝ている、中学生くらいの男の子がいた。
その男の子の瞳は、澄んだ赤色にぼんやりと光っている。
もはや間違えようもなかった。この子は、ゼウスにログインしているのだ。
「どこか行ってたの?」
「うん、ちょっと買い物しててさ」
雪人は、少しだけ辛そうに上半身を起こして、すぐに笑顔を作った。
さやは、ベッドの脇にあるイスに腰掛ける。
「まゆ……お姉ちゃん、早く来れるようになったらいいんだけどな」
「うん。昨日も今日も来てないから、ちょっと心配だよ。お仕事が忙しいんでしょ?」
「……うん。そうだよ」
やはり、田中さんは来ていないようだ。来れば俺たちに見つかる可能性は高いし、まあ当然だろう。
「でもね、|一昨日ここへ来た時には、すごく元気だったよ。『レッドシューター』ね、もうお姉ちゃんより上手くなってきたんだ」
笑顔になった雪人くんは、声のトーンを上げて話す。
「へえ! でも、わたしに勝つのは百年早いけどねw」
「へへ……すぐに抜かしてやるさ。絶対に、一緒に大会に出ようね」
二人の会話からは、対抗心で火花を散らしつつも奇妙な連帯感が感じられた。
雪人くんが言っている「レッドシューター」とは、ピストル、ライフル、サブマシンガンなどを駆使して敵チームを倒す、五対五のチーム戦FPSオンラインゲームだ。
話を聞くと、さやと田中さんは雪人くんと同じチームで、他のゲーム仲間二人と組んで一緒にこのゲームをやっているらしい。
ゲーム中におけるプレイヤー同士の連携を密に図りたい雪人くんは、ボイスチャットが自由にできない病院という環境に相当不満だったらしい。だが、ゼウスを使えば「思うだけ」でチャキチャキ意思疎通が図れる。
さらに言うなら、レッドシューターというゲーム自体も、ゼウスを使ってゲーム内に自分自身が入り込んでプレイできるようなソフトとして開発がなされているところらしい。
だから、雪人くんはゼウスのサービス開始が告知されると同時に迷わず手術を熱望したようだ。その結果、ここ数日でチーム戦力は飛躍的に向上した、と興奮気味に話していた。
「あのね、実は雪人に会わせたい人がいて」
「え?」
「ここには来ていないけどね。その人は、わたしのここにいるの」
さやは、人差し指で、自分の目をさす。
「ゼウスにログインしているの?」
「そう! 名前は『寝咲ネム』っていうの」
「えっ。すごい名前」
「そうでしょ。寝るって意味の言葉が、二つも入ってるの」
話題にしやすい名前でよかった、と人生で初めて思う俺。
俺は、一つの提案をする。
「ねえ、さや。俺の意識の中に、雪人くんを招待してもいい? なら、ちゃんと対面することができるから」
「いいアイデアだね! うん、わたしと一緒に招待してよ!」
ゼウスの化身である二人の子供は、声で返事をする代わりに口角を上げた。俺の意識は、さやの視覚映像スクリーンから、いつもの子供部屋へと切り替わる。
少しだけ待っていると、さやと、雪人くんが子供部屋に姿を現した。
病院ではほとんど寝たきりらしい雪人くんだが、俺の意識の中に再現された彼は両の足でしっかりと立っていた。
足元から、キラキラと輝きながら具現化されていく二人。アバターの再生が完了すると、二人は閉じていた目を開けた。
「初めまして! 名前に二回も『寝る』って意味の言葉が入ってる、寝咲ネムですw」
「初めまして、田中雪人です。ごめんなさい、失礼なことを言って」
雪人くんのアバターはあたふたしながら言った。
「あっ、大丈夫、気にしないで! 覚えてもらいやすくて、むしろ良かったよ」
雪人くんは表情を柔らかくした。現実と同じく美の塊であるかのようなさやのアバターへと向き直り、
「寝咲さんは、お姉ちゃんの、大事な人?」
「そうだよ」
嬉しそうな声で言うさや。俺は、顔が熱くなり、心が温かくなった。
「寝咲さん。お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げる雪人くん。
俺は、うん、としっかり思いを込めて笑顔を作った。付き合うかどうかは別として、大事な人には違いないから。
さやは、少し表情を暗くして、トーンダウンした声で言った。
「もう少しで、手術だね」
「……うん。うまくいくといいんだけど」
さやは、ゼウスを使って俺にだけ通信してきた。
「雪人はもうすぐ手術なんだ。まゆには、そばにいてあげてほしいんだけど」
「うん……」
「……まゆをそそのかしている奴ら、絶対に、許さない」
「さや。無茶しちゃだめだよ」
俺の言葉に返事はない。
さやがどう思っているのか、俺には良くわかった。ミーが言っていたからだ。
不器用……
スマートで、しっかり者の印象を俺は持っていたが、ミーに言わせればそうらしい。
俺は、念押しでもう一度言った。
「約束して。絶対に、無茶はしない、って」
「わかってるよ! わたしって、そんなに心配されるようなキャラかな」
ふふ、とさやは笑った。
俺たちの様子をうかがっていた雪人くんが、さやに話しかける。
「いい人なんだね」
「え?」
「すごくかわいい笑顔。きっと、素敵な人なんだろうな」
さやのアバターは、両手を頬に当ててあたふたしていた。
間髪入れずにゼウスの個別通信を使って、また俺だけに伝えてくる。
「……まだ選ばれてないけどね、わたし」
「え……っと」
「あーあ、本当に望むものって、手に入らないものだよねー」
それは、俺自身がずっと思ってきたこと。
誰であっても同じなのか。本当に望むものは……
「こんにちは! 雪人くん、具合はどう?」
意識の外から聞こえる、知らない男性の声。
この声は、俺の意識の中ではなく、現実世界の、病室から聞こえる音声だ。俺は、さやの視覚映像で様子を把握する。
病室へ入ってきて、雪人くんへ声をかけた一人の男性。
その男性の着用していた衣服からして、彼はこの病院の看護師だ。
髪型はドレッドだった。病院関係者でこんな髪型は見たことがないが……
俺が一番気になったのは、顔。
こんな美男子、そこら辺には絶対いない、と思ってしまうほどにカッコいいのだ。
背も高く、雑誌のモデルやアイドルなどといった芸能人だとしても、なんら不思議じゃないと思った。
「はい。まあまあです」
雪人くんがこう答えると、男性看護師は俺と目が合った──つまり、さやへと視線を向けた。
「親戚の方ですか?」
「ええ、まあ……」
「そうですか。あまりにも綺麗な方だったから、一瞬ドキッとしちゃいました。もし困ったことがあったら、いつでも言ってくださいね」
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