眠神/ネムガミ 〜 特殊能力の発動要件は「眠ること」。ひたすら睡眠薬をあおって敵を撃破し、大好きな女の子たちを護り抜け!

翔龍LOVER

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はざまで揺れ動く

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「クズが……調子に、」

 ビキビキと、音が鳴りそうなほどに顔を歪ませる本田。 
 なおも引くことをせず前に出てくる。

「のるなあっっ!!!」

 打撃のたびに、ゴッ、ゴッ、と重い音が響く。
 本田の放つ打撃の推進力は、俺の足と床が作り出す摩擦力を超え、被弾のたびに俺の身体は後ろへ少しずつ押されていった。
 
 防御する腕が弾かれる。
 俺は、正面からまともに防御せず、少しずつ斜めに弾くようにして攻撃をさばいた。

 防御の合間に繰り出した俺の攻撃は、思いのほか、本田の守りをすり抜ける。

 今度は本田が防御する番だった。
 奴は被弾することを相当に警戒していたようだ。俺が振りかぶった瞬間に反応し、防御態勢をとった。

 打ち込んだ拳が本田に触れた瞬間、電撃が本田の身体に流れ込む。

「が……あっ」

 打撃とともに感電し、次の防御を遅らせていく。

 しかもこの攻撃は、インパクトの瞬間に本田の体内電流を乱すことができた。
 これまで俺がやっていた、「エレクトロ・マスター」での敵の心臓を止める技。これと完全に同じことが、殴打の瞬間に行われていたのだ。

「エレクトロ・マスター」と「エレメンタル」が融合し、本田の防御をこじ開ける。
 頭部に、体幹部に、まともにヒットするたび心臓は停止し、俺の攻撃で本田は吐血した。

「は……あっ……」

 再びひざまずく。
 両手で腹を押さえ、顔を上げて俺を睨みつける。

「まゆを解放しろ」
「……バカだな、クズどもは本当に」

 ひざまずいた本田の顔に、雷撃を纏った拳でアッパーカットを放つ。まともに入った攻撃で本田は吹っ飛び、後ろの壁に激突した。

 壁際で、正座するような姿勢で動かない本田。
 歩いて近づく俺の視線が、俺を見上げる本田の視線と合う。

 その目は、まだ死んでいなかった。

「……生きている感覚が希薄だな」
「そんな強力な力を持ったからだろ」
「お前のことだよ。感触も、反応も、生きているとは到底思えない。突然この場に現れたことといい……そもそも、この私の『金剛力』を圧倒するなど、人間業ではないからな」
「何が言いたい? 自惚れていただけだとは思わないのかよ」

 くっくっく、と不敵に笑う。

「本体は、別にいるんじゃないのか?」

 俺を見つめる本田の目。
 探るように覗き込み、一つの揺らぎすら見落とさないという意思が見てとれた。
 俺は、つい、目線を一瞬動かしてしまう。

「くくく……」

 本田が何をしようとしているのか俺には想像がつかないが、それでも、俺が優勢なのは明白だ。ここから形勢がひっくり返るとは到底思えなかった。

 本田は、タブレットのようなインターフェイスを突如として空中に出現させる。
 奴はそれを使って、すぐに通信を開始した。それも、俺にも聞こえるように。

「リオ。聞こえるか?」
 
 俺の呼びかけに一切反応しなかったリオの声が、俺の意識にも入ってくる。
 
「はい、お父さん」
「敵の首謀者『寝咲ネム』の本体は、見つけたか?」
「はい」
「よくやった。それでこそ我が娘よ」

 渦巻くような混乱が、俺の意識をかき乱す。
 怒りは混乱によって侵食され、動揺が一気に心へと広がっていく。
 心へと広がった動揺は心拍を著しく狂わせ、俺は心臓のあたりを手で掴んだ。


 と────。
 

 意識が揺らぐ感覚が。
 その感覚は徐々に大きくなり、やがて立っていられないほどに俺のアバターを冒していった。

 この時点になり、ようやく気付く。
 ヒュプノスの、効果が切れたのだ。

 先ほどの打撃、遠隔で敵の体内電流を操作する力を使ってしまった。
 それも、怒りにまかせて、何度も、何度も……

 そもそも、「エレメンタル」は、ヒュプノスの効果に影響を与えていないのだろうか? 

 わからない。試す時間もない。

 視界はボヤけて見えなくなっていき、俺のアバターは膝をつく。
 身体を支えていられず、俺のアバターはそのまま床に倒れ込んだ。

 

 ────…………



 ボヤけた景色だけが見え、時間の経過で徐々に回復していく。
 視界の中央には、女の子の顔が見えた。可愛らしいその女の子の顔は、輪郭も、各パーツもが少しずつはっきりとしていく。
 
 無表情に俺を見下ろすリオ。俺は、ホテルのベッドの上でリオに膝枕されながら、仰向けに寝転がっていたのだ。

 さっきまでの記憶を辿れば、リオは敵の仲間。
 本田の娘であり、本田の命令で俺を殺そうとする刺客。

 にもかかわらず、ただじっと俺を見下ろす彼女。
 俺は、こう切り出した。

「やあ」
「…………」
「どうしたの?」
「そんなことより、言うことがあるでしょ?」
「ああ……グリムリーパーだったんだね。それも副隊長だって」
「ええ。敵の首謀者を探していたの」
「そっか」

 無言の時間が流れる。
 俺は、リオの膝の上で顔を横に向けて、部屋の中を見渡した。

 机の上には、ヒュプノスが置かれていた。薬を飲むためのペットボトル水も置かれている。
 ベッドの上には、「応急手当ての手引き」が置かれていた。きっと、俺が心停止したら、それを見ながら何とかしようと思っているのだろう。

「君は優しい人だから」
「何が? あなたは、ここで死ぬ」
「……ごめんね」

 リオは俺から目線をそらし、イラついたようにわめき散らした。

「だから、何が? 何に謝ってるの?」 
「君の言うことを、何一つ聞かなかった」
「だからどうしたの? なんの話をしてるの? まず怒りなさいよ! あたしは、ネムたちを騙して近寄った!」
「でも、行かせないように、しようとしたよ。それに忠告してくれたもんね。ダメだと思ったら、降参して、って」
「それは……」
「ありがとう」

 逸らした目線はウロウロと慌ただしく動き、言おうとする言葉が見つからないのか、口だけがパクパクと動く。

「なんでありがとうなの? 意味わかんない! もっと怒って。 もっと軽蔑して! あたしはここで、あなたを殺すの!」 
 
 あまりにもいっぱいいっぱいのリオ。
 まだ高校生なのだ。
 そんな女の子に、あの男は、人を殺せと命令した。
 それも、自分の娘に…… 
 
 命令しただけではないかもしれない。
 あの男は、仮にリオが命令に従わなかったら、どうするつもりなのだろうか。
 クズには生きる価値がない、と言い放ったのだ。 

 再び怒りが身体を熱くした。
 今度はアバターではない、本物の俺の身体。
 
「リオ」
「……何よ」
「君のことを、護りたいんだ」

 リオは俺を膝枕したまま、見上げる俺の顔の横にある布団をギュッと掴む。掴まれた布団がぎゅっとしぼられる音が聞こえた。

「は、はあ? 何言ってんの? あんたが殺されそうになってんの! わかってる?」
「俺を殺さないと、きっと君は、お父さんに……」
「……そうね」

 リオはうなだれて目を閉じる。
 手には、ナイフが握られていた。
 汚れひとつない綺麗な刃が、俺の首に当てられる。

「ごめん。ネム」
「どうして謝るの?」
「だって」
「殺すために近付いたのに。その目的を、果たせるのに」
「…………」

 似ている、と思った。
 さっき見た、まゆの表情と。

 肩で息をして、目線は定まらず、ほとんど錯乱している。
 決心がついていない。こんな状態で俺を殺してしまえば、きっとリオは……

「君を助けたい」
「う、うるさいっ、」

 俺は、手を伸ばして、ゆっくりとリオを抱き寄せる。
 その拍子に、間に挟まっていたナイフが俺の首に傷をつけた。
 スッと痛みが走る。リオは目を見開いて慌てふためいた。

「ダメっ、あぶなっ……」

 俺の動きを制して、ナイフをどけるリオ。
 それを待ってから、中ば強引に抱きしめたリオの身体は震えていた。
 彼女の震えを止めたくて、俺は強く抱きしめる。
 体温が伝わって、心までが温かくなる。俺の体温で、リオの心も温かくなってほしいと願った。

「君のことが大切なんだ」
「嘘だ。あたしの言うことなんて、一つも聞いてくれなかった」

 俺の耳の真横で、リオは鼻水をすする。

「ごめん。ミーも、さやも、中原も、まゆも、俺は大事なんだ」
「…………」
「だから、奴を倒して、助けないと」

 するとリオは、俺から少しだけ身体を離し、間近で俺の顔を見つめながら、問うた。

「あの、」
「うん」
「お父さんのこと……殺すの?」

 純粋な、ただ家族を想う素直な瞳が俺に向けられる。

 そう……殺すわけにはいかない。
 リオを助けるということは、そういうことも意味しているのだ。絶対に、殺さずに行動不能にしなければならない。

 果たしてできるだろうか。

 リョウマと戦うミーを、ナキと戦うさやを、本田と対峙している中原を護りながら、ギガントアーマーとの融合を開始したまゆを一五分以内に助け出し、父の命令と俺たちとのはざまで揺れ動くリオをも護り抜く。
 それを、金剛力・本田を殺さずに、実現しなければならないのだ。
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