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最終話

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**アルロ

姫様の長い長い、美しい髪を持って、俺はアリドゥラムの国王、ウィレム陛下に謁見を申し出ていた。今から語らねばならない話を思うと、胸が締め付けられる。
俺は今、この瞬間だって何も納得しきれていないのに、姫様は反論を許してくださらなかった。まさかこの口が、姫様の罪を真実にするとは・・・。

姫様は最後まで、リュムレアムの姫様だったのだ。



「どうぞ、お入り下さい。」

ついに謁見室の扉が開かれた。
深呼吸をし前に進み出ると、握りしめた髪が風になびき、部屋には姫様の匂いが漂った。

ウィレム陛下は、意外そうな顔を向けてきていた。大丈夫だ、俺には出来る。立ち止まり息を吸い込み、膝をついた。

「申し上げます。私はリュムレアムより、国王クロヴィスの命に従い、使命を遂行しにまいりました。名はアルロと申します。先日に、その使命が完了しましたので、報告に上がりました。」

「使命だと?」

人の国で勝手をするな、という表情だ。だが、怯まずに続ける。

「はい。まず、ウィレム陛下には、我が国のアリア姫が、大変な無礼を働いたのにもかかわらず温情を掛けて下さり、公にせず内輪で解決しようとしてくださったことに、心からお詫びと感謝を申し上げます。」

「・・・ふん、何が言いたいのだ。」

ウィレム陛下にとっては、さぞかし嫌味に取れる内容だろう。

「ですが、証拠がなくては信じる事が出来ません。そこで我が国の国王は私に、調査を命じたのでございます。」

「・・・・。それで、成果はあったのか?」

不機嫌そうな顔が、僅かに固くなった。
俺は覚悟を決めた。くっ、と顎を上げ、陛下を見据える。

「はい。確かにこの目で確認いたしました。そして私はこの件に対し、アリア姫御本人の命を代償といたしました。」

髪を前に付き出した。これ以上は、喉が詰まって言えそうにない。ウィレム陛下の目線は、俺の手に向けられた。

「任務が完了したと言ったな、つまり、その手に持ってい物は、そういう事か?」

「・・・っ、はい。」

「ふん、髪だけで済ませようとはな。」

発せられた言葉に、歯を食い縛った。悔しくて、やるせない。
髪だけだろうと何だろうと、これで姫様は、事実上亡くなられたのだ。

長い、沈黙が流れる・・・。やがて、ウィレム陛下は肘掛けをトントンと、指で叩き始めた。

「・・・回りくどい。」

「はい?」

思わず聞き返した。

「回りくどいと言っておる。はっきりと申せ。どうせ茶番だと気付いたのであろう、それなのに、続ける理由は何だ?」

「・・・私は、これが茶番だとは思っておりません。」

「まだ言うか。アリアに会ったのなら、もう分かっている筈だ。何が望みなのだ。」

「望み・・・?」

ハッとした。
姫様が言っていた。「陛下は私が邪魔だから、きっと安堵なさる筈、」と。上手く騙せなくとも、これでいいのだ。

「何も望みません。ただ、リュムレアムの謝罪と、この代償を公式に受け入れてくださればいいのです。」

・・・・・・・しばらく考え込んだ後、ウィレム陛下が呟くように言った。

「・・・自由か?してそれは、アリアが望んだのか?」

俺は聞かれているのか?だがあえて、目を伏せた。気付けば床は、滴った冷や汗で濡れている。

・・・・・・・・・・・
再び沈黙が流れ、陛下がポン、と膝を叩いた。

「いいだろう。アリアは不貞を働いたが、命を持って償った。よって、今後その事でリュムレアムが不利になることはない。」

ウィレム陛下の言葉を聞いて、ああ、そういう事かと、初めて気が付いた。
姫様は母国と自分とを天秤にかけ、その両方を取ったのだ。安堵と未練が入り交じる。俺はもう2度と姫様に会うことは出来ない。

「・・・・ありがとう存じます。」






**アリー

「アリア様、私はてっきりアリア様はアルロさんについていくものだと思っていました。それなのに・・、本当によろしかったのですか?」

「ふふ。私はアルロよりもミアの方がいいわ。」

軽くなった髪が、気持ちまで軽くさせた。生まれ変わったみたいに、心が弾む。

「ですが、不名誉ではありませんか?アリア様がその・・、駆け落ちして殺されたなんて。」

「そう、もう死んだの。だから、今度こそ私は自由なのよ。」

ミアがいつまでもグズグズ言っているのが、私にはとても信じられない。それに、アルロに付いていくなんて・・・。
アルロは、お兄様を見捨てたのだ。それが例え、お父様の指示だったとしても、いえ、お父様の指示だったなら、なおさら許せない。だってつまり、お兄様は、一番信用する者に裏切られていたことになる。どんな気持ちで最後を迎えたのか、アルロの顔を見るたびに苦しくてならなかった。

「確かに自由ですが・・。あぁ、やっぱりせめて、リュムレアムの国王陛下には真実をお伝えした方がよろしいのではないですか?」

「ぷっ、ミアったら。アルロもいないのだし、連絡なんて不可能よ。」

もし連絡が可能でも、伝えるつもりはないのだけれど。ミアはきっと、理想の父親像を想像して心配しているのだと思う。
確かにアルロは私に、お父様の本当のお気持ちを教えてくれた。それは、私が1番苦しい時に聞いていたのなら少し違ったのかもしれない。けれど、今の私の胸には、ちっとも響かなかった。
今さらだったのだ。あの方は父ではなく、国王だった。


「ねぇミア、私、自分で稼ぐ事が出来るのよ。」

荷物の中から、作った袋とハンカチを取り出して見せた。

「アリア様が器用なのは、知っています。ですが」

ミアは袋に目もくれず、まだ何か言いたそうにしていた。

「もうじき私の事が発表されたら、隠れなくて良くなるわ。そうしたら私、刺繍を沢山売ろうと思うの。いつかお店を持てたら素敵じゃなくて?」

「アリア様・・・」

まったくもう。はぁっ、とため息をついて、ミアの、正面に立った。

「ミア、あなたは、私に付いてきてくれるって、言っていなかったかしら。あれは嘘だったの?」

「っとんでもありませんっっ!私は一生をアリア様に捧げております。」

急に声が大きくなるものだから、驚いた。だけど次第に、笑いが込み上げてくる。

「ふふっ。ミア、これからもよろしくね。」

ミアは少し困った顔をして、頷いた。







***

「アリア様、ノアさん、まだいますけど。」

宿の部屋から、窓の外を見て、ミアが言った。

「ノアにはちゃんと説明したもの。」

「でも、もう少し話を聞いてはどうですか?女2人は心細いですし、ノアさんみたいな用心棒がいれば、きっと安心ですよ。」

「嫌よ、連れては行けないわ。私、どうしても理解出来なかったのよ。今回のこと、どうしてノアは陛下と手を組んだのかしらって。何度聞いても、ただそうしたかったって言うの。何かまだ隠しているんだわ。」

ノアが善意だけで私を連れ出してくれたなんて、とても考えられない。
信じたいのにどこか信じきれず、信じてしまいそうになるたび苦しくなる。そんな思いはもうこりごりだった。

「アリア様、本当に分かっていないのですか?」

「え?」

ミアが、呆れた顔で私を見詰める。

「ノアさんが欲しかった見返りは、アリア様ですよ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っえ!?」



顔が、火を吹いた。
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