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つまらない日々が一変した「特別な一日」

◇◇◇


「....今日も残業か」

昼前に起きた僕。

テーブルに置かれた、父の、今日は遅くなるからこれでなにか取りなさい。

の紙切れと幾つかのフードデリバリーのチラシ、お金。

中1になった春。

母が亡くなった。

体が弱い母で、入退院が耐えなかったけれど、僕の入学式には元気になるからね、と一時退院した母は僕の肩を抱き、微笑んでくれた。

その日が母との最後の一日だった。

最後に食べた母の手料理は今も忘れはしない。

僕が好きなハンバーグとドリア、野菜は要らない、て言うのに、ちゃんと栄養のバランスを考えて、サラダもついた。

あまり好きではなかった野菜も、今は恋しい。

その日、僕はMサイズのピザをとり、一人で食べた。

父が帰宅するまでに湯船にお湯を張り、浸かった。

遅くに帰宅した父と顔を合わせることもないまま、僕は自室に引っ込んだ。

父と二人でのごはんもまた、コンビニ弁当や会社帰りに買って来てくれた弁当やお惣菜。
たまにお寿司を買って来てもくれる。

けど、なんでかな、あんまり美味しくない。

「徹平、学校から連絡があったよ、無理にとは言わないが...」

難しい顔で父が切り出し、僕は、

「ご馳走様」

と自室に戻る。

今日の僕は久しぶりに仏間に飾られた母の遺影を眺めた。

美人で優しい笑顔の母。

「...お母さん...僕、寂しいよ」

ポロポロと勝手に涙が頬を転がってゆく...。

その晩のことだった。

『...い、...徹平』

何処からか僕を呼ぶ声がする。

聞き覚えのある優しく穏やかな声。

「....母さん?」

僕はリビングにあるダイニングに座っていた。

向かいには母が笑顔で座っている。

不意に下を向くと、様々な料理が並んでいる。
見慣れたものばかり。

『お腹は?すいてない?』

「うん、僕、今日ピザ食べたから...でも残しちゃった...ごめんね」

母は生前、食べ物を残すと怒りはしなかったけど、残しちゃダメだよ、と唆していたからか、自然とそう謝っていた。

『謝らないで、徹平。徹平の好きなごはん、作ってあげられなくってごめんね、徹平』

僕は涙目になり、ゆっくり首を横に振った。

『徹平、明日は特別な一日になるよ?頑張って学校に行ってごらん』

優しく細められた母の瞳に僕は瞼を手の甲で擦り、

「...特別な一日?」

と尋ねると、母は穏やかな微笑で頷いた。
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