救う毒

むみあじ

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8月 樒

第99話

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掴んだ彼の手を、ゆっくりと自分の元へ誘導する。水に包まれている掌をそっと自分の腹へと押しつければ、彼の熱がじんわりと体に広がった。は、と息を漏らしながら、彼の指先をしっかりとそこに押し付ける。波の音でうるさいはずなのに、彼の喉の音がやけに鮮明に聞こえた気がした。



「ね、分かりますか?ここ」




じっと俺を見つめている会長へ、目を細め笑みを浮かべながらそう尋ねる。彼はただただ食い入る様に俺を見るだけで、なんの反応もない。



「ここ、です。ほら、ちゃんと覚えて?」




軽く首を傾げながら、俺のものよりも太い彼の指をそっと腹の上で滑らせる。細胞ひとつひとつを覚えておける様にじっくりと触れさせていれば、彼は漸く自分から手を動かし始めた。

俺の腹にある傷跡は、縫った部分が少々引き攣ってしまい、触ると感触が違うのだ。そこの部分だけ若干盛り上がっているし皮膚の色も違う。
本当なら傷を見て、触らせて、視覚と触覚で覚えてもらおうと思っていたのだが、見えていなくてむしろ良かったのかもしれない。
彼は酷く熱心に腹の傷を撫でている。何度も、何度も、強弱を変えて指を往復させて。



「っ、ん…」



傷跡は他の部分よりも少し敏感になっていて、触られる度にくすぐったいし変な感じだ。思わず声を漏らせば、彼はハッと目を見開いて俺の腹から手を退かした。



「…輝、貴様…」
「ちゃんと覚えました?さっきのところ、傷跡なんですよ」
「まさか、これがヒントか?」



驚きの中俺へと疑問を投げかけた会長に俺は肯定する様ににこにこと笑って見せる。
先程まで腹を撫でていた手を徐に持ち上げ、彼は前髪をかき上げぐしゃりと握った。苦虫を数匹噛み潰したような顔で大きな溜息をつく。



「会長様、抱っこしてください。浮き輪に乗りたいです」




その様子を横目に水中へと潜り、浮き輪の中から出て彼の腕にしがみつく。一昨日ニィさんにやってもらったみたいに、浮き輪に乗ってすっぽりハマるのをやってほしいのだ。あれはちゃめちゃ楽しいので

会長なら出来るはず!なんて思い、腕を引っ張ったり押したり、子供が駄々をこねるときの仕草を真似してみれば、ものすごく面倒くさそうにした会長が俺の膝裏に腕を伸ばす。そのまま一気に抱き上げられて浮き輪にすっぽりハマってしまった。俺のテンションは爆上がり。まさにばぶちゃんが手を叩いてキャッキャッ!ってするみたいに喜んでしまう。



「おい馬鹿っ!バタつくな!水がかかるだろうが!」
「あっはははっ!会長様凄いですね!あはっ、ふふふふっ!」



水についたつま先を目一杯バタつかせ会長の顔に飛沫を飛ばす。やめろと言われるとやりたくなるのが俺の性なのだ!えいえい!怒ったぁ~~~~!?!?


「っこの!」
「わぁっ!?」


怒ったようです。
彼は俺の乗っている浮き輪に手をかけたと思いきや力一杯ひっくり返した。俺は当然水中へドボン。混乱した俺は、滲む視界の中どうにか見えた会長の体にしがみついて、水面へと勢いよく顔を上げた

「んぇ…しょっぱ…」

無意識に顔を顰めながら、口をモゴモゴと動かす。
張り付く髪の毛が邪魔でどうしても振り払いたいが、今この手を離したら足がつかなくなってしまう。いや、つま先立ちでなんとか頑張れるのだが、頑張りたくない。足が攣る未来しか見えない。こんな状態では浮き輪も取れない。例え片手だろうと外すのがちょっと怖いのだ。

と、言うことで会長様にどうにかしてもらうためにご機嫌取りしま~~~~~す!浮き輪をこっちに寄せてくれ~~~~~!!


「会長様、ふざけてごめんなさい。会長様と遊べるのが楽しくて…」


彼を上目で見ながら意識的に眉を下げ、胸元に頬を寄せる。今さら気が付いたが、俺の体は随分冷えているようで、会長の体の熱がとても心地良い。無意識に頬を擦り寄せると、肩に温もりが伝わる。それが会長の掌だと気が付いて彼を見上げれば、眉を顰めてこちらを見ていた。

「お前…輝。さっきよりも体が冷えている。寒くないか?どうして早く言わない?……いや、違うな。すまない、俺が無理矢理ここまで連れてきたんだな…腕を首に回せ」

やけに真剣な声音で俺に謝る会長の姿は、どこか狼狽していて、一人称や口調までもが変わっている。その様子に驚きながらも、彼の言葉に黙って従い腕を首に回す。動くぞ、という声と共に体が浮き、膝裏に回った腕が俺の体を浮かせ、子供のように縦に抱っこされる形になる。浮き輪をとってもらえると思っていたのに、まさかの行動にギョッと目を見開いた。
思いもよらぬ行動はそれだけでは終わらず、都度俺を気にかけ、重心が傾いてしまい咄嗟に彼の首元に顔を寄せてしまった事に対しても、文句を言う所か「大丈夫か?そのままでいろ」なんて心配する始末。

勿論優しい人なのは知っているが、まさかここまで心配してくれるとは思わなかった。彼は、西園寺晃という人間は、俺が思うよりもずっとずっと優しいのかもしれない。

首元に擦り寄りながらそんなことを考える。
これは、お礼が少し足りないな



「会長!輝さん!大丈夫ですか?体調が悪いのですか!?」
「て、る…だいじょ、ぶ…?」
「テルくん、どうしたの…?」
「会長、何があったの?」
「とりあえず~、体拭いた方良くね~?体調悪いんでしょぉ~?」



いつのまにか浜辺に戻っていた俺は、浜に降ろされると一瞬にして生徒会役員に囲まれた。慌てふためく役員達の中、冷静なのは会長と、そして鈴原だ。鈴原は軽薄な見た目と口調によって誤解されやすいが、周りをよく観察し自身の身の振り方をいつも気をつけている。何気なく周りをサポートしたり、生徒会内での衝突を防いだりするのは彼の役目なのだろう。クラス内でもその兆候は見えているのだから。

そんなことを考えているうちに、会長は俺を大判のビーチタオルで包み、甲斐甲斐しく水気を拭っていく。その様子に周りは目を丸くしているから、きっと彼は普段、こんなことはしないのだろう。それ程までに責任を感じているようだ。


「あの…すみませんが、今日はもう部屋に戻ります。体調が悪化しては皆さんに迷惑もかけてしまいますし」
「迷惑なんて思わないよ!」
「うん、全然迷惑じゃないもん!」
「ソラ、リク。輝さんの体調が第一ですから、我儘はいけませんよ」


流石に体が冷えすぎている。今日は暑いとはいえ、俺の貧弱な体は少々の冷えですぐに根を上げるので、今回は退散する事にした。風邪を引いたら折角のバカンスが台無しだし。
ただ、双子が予想外にも詰め寄ってくる。まだ遊び足りないと言った視線で訴えかけられるが、それに気が付いた副会長が2人を軽く嗜めた。

悪い気はしない。なんならちょっと嬉しいくらいだ。生徒会とこの姿で改めて接触できたのだから、この好機を逃すわけにはいかない。


「…あと4日はここに泊まっていますから、時間が合えば遊びたいです。今日はありがとうございました。あ、恭吾さん、連絡先の方交換しましょう」
「えぇ、勿論です。明日の事ですが、体調が優れないようでしたら気にせず断っていただいて構いませんので、どうか体にお気をつけて」
「ふふ、ありがとうございます。………よし、出来ました。それじゃあ…」


無事に副会長と連絡の交換を終え、帰ろうと立ち上がる。すると突然、隣で静観していた会長が俺の手を取る。それは、先程やられた手首を引っ張るような荒々しいものではなく、エスコートをするような形だ。

どうしたのかと視線を上げれば、ほんの少し目を細めた後、いつものように口を開く。


「輝、貴様シャワールームの場所は分かるか?」
「え?えぇ~…と…」
「俺様が責任を持ってそこまで案内しよう。さ、行くぞ」


彼は俺のバッグを持つと、軽く手を握り、俺に歩調を合わせるよう歩き始める。シャワールームの場所は確認しているのだが、ここは有り難くお言葉に甘えよう。




人気のないシャワールームへ辿り着く。ここのシャワーは一つ一つが人が2人入れるかどうかくらいの、小さな個室のようになっている。勿論シャワーカーテンではなく鍵付きの扉で、外から伺う事もできない。所謂シャワーユニットと呼ばれるもののちょい広いバージョンである。
ちょっとした棚のようなものも壁に備え付けてあるので、着替えも済ませる事が出来そうだ。
その個室が4つずつ向き合う形になっていて、混み合う事もないだろう。

しかし今は誰もいないようで、しん、と静まり返っている。とりあえず俺は、迷わず1番奥にあるシャワールームへと入った。なんか奥から埋めていきたくなるよね。シャワーの蛇口を見て、しっかりお湯が出る事を確認したので一安心。冷水しか出なかったら泣いちゃう。温水シャワーであったまって、とっとと着替えて部屋に戻ろう。

そう結論付けてから、俺は後ろへと振り返る。
ここまで同行してくれた会長へその事を告げ、感謝を述べる為だ。

しかし、その言葉が紡がれる事はなかった。



がちゃり、と軽い金属音が鳴る。いつの間にか扉は閉められていて、その音が鍵をかけた音なのだと理解した。

気付かぬうちに相当近づかれていた事に驚いて、思わず後ずさる。しかしながら、後ろにはシャワーが備え付けられた壁だけで、空間はない。

逃げ場はない。

ごくり、と生唾を飲んでしまう。無言を貫いている目の前の彼は、捕食者のように目を細めながら緩く口角をあげる。





じっと俺を見つめる黒い瞳が、鈍く煌めき赤を纏った。


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