夢守りのメリィ

どら。

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17.蛇族の街ツヅリ④

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朝のツヅリの街は相変わらず、ねっとりとした湿気と、もわっとした熱気に包まれている。

宿を出たところで、タカチホが「やあやあ」と手を振りながら姿を見せた。

「さてさて、本日いよいよ例の夢見の館へ向かわれるとお聞きましたが、小生諸用によりこちらで失礼させていただきますネ~」

「え?一緒にいかないの?」
メリィが乗り気でない彼に疑問を持つ。

タカチホは肩をすくめ、身震いするように両腕を抱えてみせた。

「…小生、アノ人に見つめられると、こう、鱗を逆撫でされるというか、肋骨の間を毛虫が這うような感じで……ゾワゾワゾワ~~っとするんですヨ。苦手なんですよネ、あの手の頭脳派」

「お前にも苦手なやつがいたんだな」
とネロが皮肉を込めて言うと、タカチホはにこにこと笑って受け流した。

「ですので小生、今日はお店の臨時休業の準備でもしておきます。旅の支度もしたいですしネ~」

「……店?」

ネロが眉をひそめると、タカチホは指を立てて、にっこりと隣の建物を指し示す。

「お店、ございますから。こちらに」

宿のすぐ隣の小さな木造の建物を指差す。

ネロが視線を向けると、そこには見覚えがあるような薬瓶がならび、薬、香、なんでもござれと書かれた看板がかかる古びた店があった。
「まさか、そんな近くに……」

「小生としては微塵も気づいてなかった事に驚きですヨ!……まぁ、本当に小生の薬が必要な方にしか気付けない様にはしていますが…
ではでは、行ってらっしゃいませ~!」

タカチホが店屋の前からぶんぶんと手を振り見送る中、四人は改めて夢見の館へと足を向けた。


夢見の館が建つのは、街の東端。
北区の宿からはそれなりに距離があるが、建物が他の建造物とは違い目立つため迷うことはない。

巨大なドーム状の構造に、塔のような煙突。
ステンドグラスの窓には、蛇を模した文様と星の意匠が描かれている。

中に入ると、3人は案内係に通され、広々とした応接室へと通された。

そこで待っていたのは、柿渋色のスーツに白衣を羽織った、蛇族の男だった。

「ようこそ。お待ちしていましたよ」

ボア教授
夢の研究において、この街で右に出る者はいないとされる人物だ。
彼は静かに目を細めながら立ち上がり、軽く頭を下げる。

フィズが一歩前に出て、まっすぐに彼を見つめた。

「僕の姉について……診ていただきたいんです。以前、鳥族の街で、怪物化しかけて……けど、彼が……ネロが悪夢を剥がしてくれたおかげで命は助かった。でも――意識が戻らないんです。ずっと、眠ったように…ッ」
フィズの声は静かだったが、言葉の端々に必死さと悔しさが滲んでいた。

「この状態が治る見込みは……ありますか?」

ボア教授は少しだけ目を伏せ、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。

「即座に回復、とはいきません。しかし、夢の構造と精神の接続について研究が進めば、可能性はある。君の姉君の魂が“夢の檻”に囚われているのであれば、それを解く方法も理論上はあるでしょう」

フィズは小さく息を呑み、決意をしたように拳を握りしめた。

「なら、僕に……僕にできることがあるなら、手伝わせてください。ここに残っても構いません。姉のためにも、誰かの助けになるなら、それが僕の役目です」

ボア教授はわずかに口角を上げ、静かに頷いた。

「歓迎しますよ、フィズ君。私も、君のような真摯な協力者を探していたところです」

フィズは胸に手を当て、深く一礼した。


続いて、メリィとネロにもボア教授の目が向けられた。

「さて。お二人に一つ、お願いが。研究のために、あなた方の血液サンプルをいただけませんか?
夢の影響を受けた個体からのデータは、非常に貴重なのです」

「問題ない」とネロは即答した。

一方で――

「えっ、ちょ、ちょっと待って、それって……注射!?」

メリィが目を見開いて震え始めた。

「ふぇ……注射だけは……あああ~~無理!……ワノツキ~!!……」

右隣にいたワノツキに視線で助けを求め、左隣にいるネロの服の裾をぎゅうっと涙目で掴む。
ネロは見たら負けだとメリィとは目線を合わせない様にしている。

「……大げさだな。大して痛くもない」

「大してでも、ちょっとでも注射は生理的に無理なのぉぉ……!!」

「普段戦ってる時の方がよっぽど怪我したりして痛かったりするだろ」

「我慢しろ」

「そんな細っちょろい腕でどうやってあの大鉈ぶん回してんだ?」

3人が暴れるメリィに話しかけ気を紛らわし、ようやく採血が終わった。

「やぁぁぁ~~~……ぅぅぅ……」

服の裾がしわくちゃになるほど握る涙目のメリィの姿に、ネロは口を押さえ笑いを堪えていた。

ボア教授は、注射器を巧みに扱いながら、

「先程の御様子から、この反応の予想はしていましたが…申し訳ございませんが、ふふ。面白い方ですね」

と、微笑を浮かべていた。


メリィは部屋の隅でいじける様に膝をかかえて丸まっていた。世界の終わりではないかというほどじっとりとした目をしている。
その様子を見たワノツキやフィズはおろおろとし、メリィの機嫌を直そうとしていた。


ふと、ネロが静かに口を開く。

「ボア教授。……“魔人”について、知っている事を教えてほしい」

「あぁ、昨晩の話の続きですね。少しお待ちください」

教授は立ち上がり、壁の書棚から一冊の古びた本を取り出す。丁寧にページをめくりながら、語り始めた。

「これは数百年も前の伝承です。このあたり一帯で奇病が流行り、多くの命が失われかけた時のこと」

「人々が絶望に沈む中、一人の怪しい風貌をし、奇妙な言葉遣いをする旅の薬師が現れた。曰く、万病をも癒やす薬を配って歩いたそうです」

ネロは、やけに心当たりのある人だとタカチホを思い浮べたがまさかな、と黙って聞いていた。

「彼の薬は実際に効いたらしく、病に倒れた者たちは次々と回復していった。ただ……その男は常に“独特な匂い"を纏っていたそうです。甘くも焦げたような、表現しづらい香りだったとか」

教授は本から視線を上げる。

「そして人々がその男に作り方を尋ねると、彼はこう答えた。“自分が魔人だからこそ作れるのだ”と」

「魔人?」

メリィが興味をもったように顔を上げる。

「その定義は曖昧ですが……記録によれば、悪夢や病などの“負の力”を受容し、なお自我を保って特殊な力を使える存在だったようです。怪物でもなく、完全な人でもない、という位置づけですかね」

ネロは黙って聞いていた。

「やがて病が去り、人々が彼を探そうとした時、もうその姿はどこにもなかった。唯一の手がかりは、あの独特な匂いだけだったといいます。……ですが、誰も彼を見つけることはできなかった」

教授は本を閉じ、少し微笑む。

「人々は彼が残した“万能薬”を再現しようと研究を始めました。……それがこの『夢見の館』の原点であり、このツヅリの街の始まりでもあるのです」

「その男……本当に“魔人”だったのか?」

ネロの問いに、教授は首を横に振る。

「それは分かりません。……ただ、非常に興味深いのは確かです。
実のところ、私も“とある人物”がその伝承の薬師と関係しているのではと睨んでいるのですが……」

「“とある人物”?」

「……名前はタカチホといいます。街の北区で薬屋を営んでいると聞いていますが、残念ながら、私はまだ彼と会う事が出来ていないのです。ただ、彼の噂は何度も耳にしています。奇妙な言動、薬の知識、そして……匂い」

ネロは苦笑を浮かべた。

「……なるほどな」

タカチホの正体は正直よくわからない。
だが彼がメリィの障害となる人物でないのなら、どんな過去があろうと関係無いなと思うネロだった。



帰り際、フィズが三人を見送りに来ていた。

「……元気で。僕も頑張るからさ、次会えた時、この先の旅の話、聞かせてほしい」

メリィは手を握り返し、明るく微笑んだ。

「もちろん!フィズも、体に気をつけて、わたし応援してるから!」

フィズはネロの方へと目を向ける。
どこか言いづらそうに視線をそらしながらも、意を決して言葉を絞り出した。

「……あの時は、悪かったよ。姉さんのことで……あんたにひどいことを言った」

「でも、本当は……すごく感謝してる。あんたが、ネロが姉さんを助けてくれたこと。……ありがとう」

ネロは黙って一歩近づき、彼の頭に手を伸ばして、ぽん、と軽く頭を撫でた。

「……わかってる」

その一言に、フィズの顔が一瞬くしゃっと崩れそうになったが、すぐに笑みに変わった。

「また、会いに来てね」

「ああ、きっとな」

夢見の館を出たネロとメリィは、宿屋のある北区へと足を向けた。

彼らの後には、静かに微笑むボア教授の姿と、
決意をもつ強い瞳をしたフィズが手を振っていた。
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