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65.封ぜられし迷宮の牙(後編)
しおりを挟むーー迷宮・第五層、最奥。
一行の前に立ちはだかったのは、巨大な水晶の鱗に覆われた魔物——クリスタルドラゴンだった。
だが、その名とは裏腹に竜種ではない。感情の無い物質系魔獣。頑丈な硬度を持ち、並の武器では到底傷つかない。
「なんだこれ……硬すぎだろ!」
ネロが短剣を振り下ろす。だが鋼の刃は甲殻に弾かれ、甲高い金属音が響くだけ。
「……くっそ、まるで金属だな」
ワノツキも大槌を振るが、同じく歯が立たない。
「マヌル達が援護するですよ!」
「こっちからいくです!」
メルルとマヌルが左右から跳び掛かり、爪と蹴りで急所を狙う。だが脚を引っ掛けた瞬間、硬質な鱗が火花を散らす。
「効かない……!?」
「表面……固すぎます!」
地に降りた双子が悔しそうに身構える。
「なるほど……これは手強いですネ」
タカチホが針を構えつつ、冷静に状況を観察していた。
ズメウがゆっくりと歩み出る。
「……表面を削る暇はない、か。ならば——」
ハルバードを構え、軽く刃を振るう。だが甲殻は微動だにせず、音を響かせるのみ。
「……ほう」
ズメウが口の端を吊り上げ、楽しげににやりと笑う。
「なるほど……手加減しても弾かれるか。ならばこれは耐えられるか?」
次の瞬間。
ズメウの尾が風を裂いた。しなり、唸り、鋼のような重さと速度を帯びて魔物へと叩きつけられる——!
ゴゥンッ!!
大気が震える。衝撃波が巻き起こり、クリスタルドラゴンの巨体が僅かに後退した。表面の鱗に細かい亀裂が走り、粉塵が舞う。
「うわ……!あんな重そうな魔物を……押し返しよったんか!?」
シズムが驚愕の声を漏らす。
「ちょ、ちょっと……あの人、一体何者や!?」
「えーと、たしか……」
タカチホが視線をそらし、咳払い。
「鰐族、だとか、そんな風におっしゃられていたようナ……?」
「なるほど~!だからあのパワー!
やん、惚れちゃいそう!」
ライオットが指先を唇に当て、瞳を輝かせる。
(……誤魔化せましたか……)
タカチホは胸を撫で下ろした。
ズメウがハルバードを肩に担ぎ、口元を楽しげに歪める。
「まだ立つか。ならば——止めてやろう」
再び駆け出し、一直線に魔物へ。
振り抜かれたハルバードの刃が、裂け目の生じた鱗の隙間を正確に撃ち抜く。
ズガァンッ——!
鈍い音と共に、クリスタルドラゴンが崩れ落ちた。煌めく破片を散らし、完全に沈黙する。
「……倒した、のか……?」
ネロが短剣を構えたまま問う。
すると——
ガタン、と鈍い音を立て、奥の扉がゆっくりと開き始めた。
「やったー!倒せたです!」
「ズメウさん、すごいです!」
「やるじゃねぇか、ズメウ」
「……ふ」
笑顔と歓声が広がる。
開かれた扉の向こうは薄暗く、それでいてどこか温かみのある光に満ちていた。
「……お宝、あるんちゃう?これは」
シズムが嬉しそうに笑いながら、ふらりと歩を進め——
ーーズブッ。
音と共に、何かが彼の腹を貫いた。
「っ……あ?」
シズムの身体が硬直し、口から鮮血が噴き出す。
「シズム!?」
ライオットが駆け寄る。
彼の腹を、木の根のような禍々しい何かが突き破っていた。動き、蠢いている。
「油断、したわぁ……」
シズムは呻きながら、片膝をつく。
「タカチホ!!」
ネロの叫びに、タカチホがすぐさま駆け寄り傷を診る。
シズムの腹にはぽっかりと穴が開き、内臓や背骨すら抉っていた。
「自分の事は……ええ。あかん傷やって事ぐらい、……わかるわ……」
シズムが苦く笑う。
「何言ってんのよ!!あんたらしくない!!まだ終わってないでしょ!!」
ライオットがシズムの手を強く握る。目には涙。
「……はは。けど……ええ夢、見れたわ……ライオット……あんたは……ちゃんと、叶えてや……」
そのまま、シズムの手が力を失い――静かに、瞳を閉じた。
「シズム……?」
ライオットの声が震える。
「さっきのは、ただの門番だったって事かよ!」
ワノツキが怒声を上げ、大槌を構える。
メリィが身震いしながら口を開く。
「……なんか、この魔獣……悪夢の匂いがする……」
「……大方、ここで散ったやつらの……悪夢化した夢でも取り込んだって事か……」
ネロが肩越しに睨む。
扉の奥から現れたのは、魔物——だが、その背中には赤い結晶が突き出し、まるで悪夢となった人の苦悶の表情が刻まれているようにも見える。
「タカチホ!そっちは任せた!」
ネロが叫ぶと同時に走り出す。
「「行きます!!」」
双子も跳ぶ。メリィ、ワノツキ、ズメウも続く。
狂気のような叫び声を上げる魔獣。赤い結晶が不気味に光る。
ネロとワノツキが同時に斬りかかり、双子がその上から爪で引き裂く。しかし攻撃は怪物から生えた硬質な蔦状のものに弾かれる。
「くっそ……!硬ぇやつばっかだな!!」
ワノツキが叫ぶ。
「ならば――」
ズメウの尾がうなる。怪物の横腹へ衝撃の一撃が走る。バランスを崩す魔獣。
ライオットが武器を手に取り立ち上がる。
空を裂く勢いでの跳躍。背中の結晶めがけて渾身の力で、振り下ろす。
「シズムの仇だああああっ!!」
凄絶な閃光と共に、怪物の背が砕け散る。咆哮を最後に、魔獣は崩れ、塵と化した。
「……終わりました……ですが…」
マヌルが呟いた。
そこに確かに宝はあった。金貨、宝石、魔法具――価値あるものばかり。
だが――
「シズムはもう……帰ってこないわね……」
ライオットが、静かに呟く。
「アタシ達、夢があったのよ。ダンジョンの宝を手に入れたら……それを資金にして、小さな酒場を開こうって……」
「なら、叶えてやれ」
ズメウがそっと肩を叩いた。
ライオットはシズムの亡骸を抱きしめ――声を殺して泣いた。
―ー夜。宿屋。
戦いの疲れは消えず、重い空気が漂う。
ネロとメリィはベッドに並んで座っていた。
「……シズムと、一回ぐらい……手合わせしたかったな」
ネロがぽつりと呟く。
「戦い方……似てたもんね」
メリィが頷く。
「ああ……」
「……私、もしみんなが死んでしまうようなことがあったら……ライオットさんみたいに……強く受け止められるかな……」
そう言って、メリィは小さく拳を握る。
「だから……そうならないように……もっと強くなる。油断もしない。絶対に……頑張る!!」
その小さな決意に、ネロはふっと笑った。
「ほう。油断しないんだな?」
ぐい、とメリィの肩を押し、彼女をベッドへと組み敷く。驚くメリィの顔が真っ赤になる。
「い、今は違……バカー!!」
枕がネロの顔面に飛んだ。
「いてっ……」
二人の間に、少しだけ、暖かな空気が戻った。
ーー夜はまだ、長い。
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