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81. 薄闇に揺らぐ④
しおりを挟む朝焼けよりも陽は上り、街に賑わいが出てくる時間。
ネロは宿の一室で、そっと目を閉じていた。
腕の中には、か細く温かな重み。
メリィだ。
寝息を立てるその身体を、確かに感じる。
柔らかい髪、あたたかい頬、心臓の音——どれも愛おしい。
「……ふぅ……」
胸の奥に巣くっていた重いものが、ようやく溶けてゆく。
さっきのこと……黒い霧、赤く染まった目。
もう二度と、あんなふうに彼女を失いたくない。
離さない。離すものか。
ネロはそっと腕に力を込め、その温もりを胸に閉じ込めた。
「……メリィ……」
耳元で囁くと、小さな寝息が返ってくる。
それを聞くだけで、また胸が熱くなる。
このまま、彼女が目が覚めるまで——そう思いながら、ネロはメリィを抱いたまま、深い眠りに落ちていった。
* * *
次に目を覚ましたとき——。
「……っ!」
腕の中が、空だった。
「……メリィ!?」
瞬間、全身の血が冷えた。
跳ね起きる。視線が部屋を走る。
荒い呼吸のまま、ベッドから飛び降りた。
扉は閉まったまま……けれど。
視線の先、窓際。
「おはよう。ネロ。」
メリィが、椅子に腰掛け、夕方の街並みを見ていた。
いつもの穏やかな声。微笑んで、こちらを見ている。
「……メリィ……!」
気が緩んだ途端、膝が震えた。
慌てて駆け寄り、その肩を強く、強く抱きしめる。
「良かった……本当に良かった……!
また……またどこかに行ってしまったのかと思った……!!」
彼女の体温が、腕の中に戻ってくる。
二度と手放さない。そう誓うように、ネロはその細い肩を包み込んだ。
「……ネロ……苦しいよ。中身出ちゃう……」
「ははっ……なんだよ、中身って……」
メリィの小さな抗議に、張り詰めていた気持ちが少しほどけた。
「ごめんね、ネロ。わたし、びっくりしちゃって……。昨日、お庭でタカチホと話してたの。でも……そのまま寝ちゃって……」
「……え?」
ネロは思わず声を上げた。
「お庭……?……寝た……?」
「うん……。あれ……でも……」
メリィは小さく首を傾げる。
「……どうして、宿で寝てたんだろう……わたし達、いつ戻ったんだっけ……」
「……!」
ネロは息を呑んだ。
——メリィは、シュヴァルといたことを覚えていない。
あの黒い霧の中、自分たちが必死で呼びかけたことも……ズメウの咆哮も、シュヴァルの銃も……。
その間、彼女の意識は……なかった……?
「…………」
考えても仕方ない。
詳しいことは、皆と合流してから話そう。
今は、彼女がここにいる。それだけでいい。
メリィが、またどこかへ消えてしまわないように——。
「……もう、離さないからな。」
ネロはもう一度、彼女を抱きしめた。
愛しい人の声、温もり、柔らかさ。
それを逃さぬように、ネロはその身体を包み込んだ。
——この人を、絶対に捕まえておかなくては。
心の奥に、そんな想いが静かに根を張るのを、ネロは感じていた。
ーーー
ジスールの夜は、静かに更けていく。
皆が宿屋へと戻って来た後、部屋に集め、今日起きたすべてを話していた。
「……それで、メリィはズメウが見つけたとき、もう黒い霧を纏ってた。目も赤黒く光ってたんだ。だけど――メリィ本人には、その時の記憶がまるで無いらしい」
ネロの言葉に、メリィは驚いた顔で首を振った。
「え、うそ……わたしが?そんな……全然覚えてない……」
「姉さま、ほんとうに……覚えてないのですか!?」
「ズメウさまやネロさまもずっと話しかけていましたのに……!」
双子のマヌルとメルルも、困惑した様子でメリィを見つめる。
「うーん……そうですネェ……」
タカチホが腕を組んで首をひねる。
「夢遊病……みたいなモノですかネ。心が抜けたまま身体だけが動いてた、という感じでしょうかねェ」
「だ・か・ら、ちゃんと捕まえておかないといけませんヨ、ネロサン」
タカチホが口の端を上げて茶化す。
「……そうだな。今度は絶対、離さない」
ネロが真剣な目でメリィを見ると、彼女は困ったように微笑んだ。
「心配させて……ごめんなさい」
その言葉に、待ってましたとばかりに双子が顔を輝かせる。
「姉さま!安心してください!」
「ネロさまに飽きたら、今度はメルルたちが一緒に寝ますから!」
「そうですそうです、メルルたちがいますから!!」
「……我もいる」
ズメウが静かに言葉を差し込んだ。
「「ズメウさまはダメです!!」」
双子の声がピタリと揃う。
「なぜだ……」
ズメウが呟き、しょんぼりと肩を落とす。
その様子に皆がクスリと笑った。
「ダメだ。メリィと寝るのはオレだ」
ネロが宣言するように言うと、マヌルが目を輝かせて指を差した。
「姉さまに今朝言ってたこともう一度言ってからにしてください、ヘタレさま!!」
「へ、ヘタレさま!?」
ネロの声が裏返る。双子は満足げに頷き合う。
「ほんと賑やかだな……」
ワノツキが肩をすくめ、メリィの頭をぽんと撫でた。
「メリィ。おまえの周りには、こうして慕ってる奴らがいっぱいいる。だから――もし何か悩んだり、困ったりした時は、ちゃんと頼れよ」
「……うん。ありがとう、ワノツキ」
メリィが静かに、けれど柔らかく微笑む。
こうして、波乱に満ちたジスールの一日は、ようやく幕を下ろした。
けれど旅はまだ続く。
彼らを待つ運命も、まだその先にあるのだ。
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