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後編
犯しつくされて朦朧としたエミリアが魔王に、「同じ統治者なら、きっちり国を治めている人が好ましい」といったことをポロリと零すと、がぜんやる気を出した魔王が仕事をし始めた。
これまでのように何を言われてもただ力任せに押さえつけるのではなく、問題や課題を把握し、それらを解決するための方法を考えて指示し、元々あった魔王国の法律を見直して改めて周知し、魔物を屠るための駆逐軍を整備し、人の国との取引をまとめるために人に恐れられにくい見た目の種族を中心にメンバーを集めて派遣し、必要なところへと人員を配置して給与体制も整えた。
当然、魔王国内はもちろん人の国方面への攻撃もやめた。
魔王が毎日のように働いて、1ヶ月ほどでここまで仕上げるのだから、魔王もだが部下に取り立てた人員も優秀なのだろう。ついでに、定期的に休みを取るように言ったら、魔王が部下から感謝されたと教えてくれた。
その間、エミリアは魔王城から少し離れた魔王の屋敷(というより個人の城)でのんびりしていた。
出られないとも言う。
魔王の屋敷の周りには、魔王が許可した者以外が出入りできない、強力な結界が張られていた。
誰がどう見ても監禁である。
とはいえ、エミリアは外に出るつもりは一切なかった。
勇者に認定されてから、一日の休みもなくひたすら過酷な修行と旅の連続だったのだ。味より栄養を優先した食事、身綺麗にはできたが着心地より防御力を優先した服、話の通じない部分があるパーティーメンバー。正直、ストレスしかなかった。
それに比べて、メイドなどの使用人は見えないが、いつの間にか美味しいご飯が出てきて、大きな図書室があるので好きなように本を読めて、好きなだけ昼寝でき、綺麗な景色を眺められて、魔王という見た目が非常に好みの男性に世話をされる日々。
申し訳ないと思うほどに、自堕落な生活を送っている。
毎晩のように激しく抱き潰されるものの、邪険には扱われていない。
欲しい本を伝えればすぐに揃えてくれるし、エミリアの好みを覚えて食べ物も用意してくれている。
結界だって、逆に考えれば絶対に不審者が入って来ないという意味で世界一安全な場所ということだ。
庭の東屋で昼寝をしてもかまわないのである。
「……すごい、綺麗」
エミリアは、毎日のように城の中や敷地内を散歩しては和んでいたが、ふと思い立って、前に広がる庭ではなく屋敷の裏側へと足を向け、結界のギリギリのところまで出てみた。
すると、その屋敷は崖の上に建っていて、下は海だった。
ちょうど夕方だったので、水平線に日が落ちていく情景を何にも遮られることなく眺めることができた。
きっと夜なら、月が海に映って美しいことだろう。
その風景が気に入ったので、エミリアは座り心地のいいベンチをえっちらおっちら運んで木陰に置き、それからはほとんど毎日のようにそこで本を読んで過ごした。
そうしてのびのびと半引きこもり生活を満喫していたので、突然魔王に問いつめられて意味が分からなかった。
「そんなに外に出たいのか?」
帰ってきて、すぐのことだ。いつもなら会話をして食事になるのに、すぐに寝室へ連れ込まれた。
「え?何のことですか?」
「私が知らないとでも思ったのか?毎日屋敷の裏側の結界沿いで外を見ているだろう」
「えぇ、それは確かに」
エミリアがそう言うと、魔力をぶつけられるようにベッドに押し倒された。
「今日は結界に触れたな?」
「ん、気に、なって」
それは本当に興味本位だった。結界から、魔王の魔力を感じたからというただそれだけのこと。
魔王の魔力が重くて、指一本動かせない。それ以上話すことも難しいほどだ。
「私から逃げるつもりか?お前が自ら私の傍に居ると言うから、心までは縛らずにおいてやったんだ!離れると言うなら、いっそ」
ぐい、とエミリアを覗き込む黒い瞳は、澱んで濁っていた。
そしてエミリアの首に手がかかったため、恐怖に腰が震える。
怖い。
「殺して、すぐに時を止めてしまえば、私が死ぬまでエミは私のものだな?」
呼吸が浅くなる。
少しずつ力が入る手と魔力の圧力に、魔王の本気を感じて震えが止まらない。
死にたくない。
それは本能的な恐れだ。
なんとかしなければと考えたエミリアは、身体の中から魔力をひねり出して身体強化し、息を吸い込んで口を開いた。
「嫌よっ!死んだら、あたしがあんたの目と髪を見られないでしょ!!」
それを聞いて、魔王は眉をひそめて手の力を抜いた。
「この、黒い目を?黒い髪を?お前たち人の言う、魔の色を?」
魔王は、顔を歪めるようにして笑った。
魔物や魔王国に所属する魔族は黒や紺、濃茶など黒っぽい色が多い。しかし、真っ黒というのは珍しい。ここまで旅した中では、魔王しか見たことがない。
そして人の国では、黒は『魔の色』として忌避されていた。
しかし、エミリアは前世が日本人である。
「え、安心する色だよ?オニキスみたいな黒い目も、絹みたいな黒い髪も。……まぁ、ちょっとカッコよすぎて見てたらドキドキするけど」
今世の人の国では酷い扱いになるのかもしれない。しかしエミリアにとって、魔王はただの絶世のイケメンである。
ただし、まごうことなきヤンデレであるが。
「っ?!エミは、私の色が、好きなのか?」
魔王の目の澱みが消えて、不思議そうに揺れた。
「そう、ね。色もだけど、どっちかというと整い過ぎてて隣にいるのは気が引けるかも。釣り合いが取れない気がして。でも、だから、ずっと見ていたいっていうか」
「嘘ではないようだが、何故だ?人は、本能的に黒を怖れるものだ」
魔王は、うっすら魔法を使ったようで、エミリアの言葉が嘘ではないことを確認したらしい。しかし、だからこそ疑問に思ったようだ。
エミリアの首には、まだ手がかかったままだ。
これは、エミリアにとっての大きな切り札だ。
「あたしには、前世の記憶があるの」
「前世、だと?」
魔王は、軽く眉を顰めた。
前世という考え方はあるが、エミリアも前世があるという人に会ったことはない。疑うのも無理はないだろう。
「そう。今のあたしとして生まれる前の、別人の記憶。魔法もないのに、今と同じかもっと発達した文化の世界で、生きて、死んだ記憶があるのよ。その国の人は、ほとんどが生まれつき黒髪で黒い目だったわ。外国には、金の髪に青い目っていう人もいたけど。だから、いまだにあたし自身の見た目に違和感があるくらいよ。青い髪に黄色い目って。魔王の色は、前世で知ってる色だから安心する。服だって、好きなように選んだら黒ばっかりになってるし」
実際、今もエミリアが着ているワンピースは黒だ。なんとなく、前世の価値観で無難なコーディネートといえば黒、という感覚で選んでしまっている。それに、自分の髪と目の色でも喧嘩しない色なのだ。
「……本当の、ようだな」
そう言って手を離した魔王の表情には、戸惑いと期待が見て取れた。
──勝った!
ヤンデレの死亡囲い込みフラグは回避できた。
しかし、魔王はそのままエミリアの上に乗り上げて、朝まで鳴かせ続けた。
やはり鬼畜である。
ヤンデレの気配を察知してなんとか回避しながらも、常識から外れ過ぎたその執着に慣れてきてしまったころ。魔王国に、人の国からの使者がやってきた。
魔王が渋々教えてくれたその要求をまとめると、
「別の好みの女性か、国宝をいくらでも差し出すので、勇者を返してほしい」
とのたまったそうだ。
もちろん魔王は突っぱねたのだが、存外粘っているらしく、交渉は平行線のままだという。
しかし、外に出られず伝言を届けることも魔王に禁じられたエミリアには、魔王の話を聞いてなだめることくらいしかできない。
若干疲れたように見える魔王が転移で登城するのを見送って、いつものように崖の上のベンチで本を読むことにした。
「エミリア殿!」
少し離れた所から声をかけられ、久々の呼ばれ方に反応が遅れたものの本から目線を上げると、魔女と騎士団長が結界のすぐ外側にいた。
「王子殿下が国でお待ちです。一緒に帰りましょう」
騎士団長も魔女も、まだ諦めていなかったらしい。エミリアは、あんなに否定していたのに。
「どうして?」
「え?エミリア殿は、王子殿下と結婚を──」
「しないわよ。何度も、しないって言ったわ。好みじゃないんだもの。それに、下手に帰ったら政治的に利用されそうだし嫌。命のギリギリまで働かされそうなのも予想できて嫌よ。ここなら、すっごく快適だし働かなくていいし好きなことができるし魔王は好みだし、言うことがないわね」
「しかし!」
「エミリア様、王子殿下はあなたを愛しておられます!」
「あたしの肩書きをね。もう、しつこいなぁ。仕方ないわね」
どこまでも自分たちの都合のいいことしか主張しない2人にイラついたエミリアは、結界に手を伸ばした。
一瞬嬉しそうに表情を緩めた2人は、すぐに恐怖に顔をひきつらせた。
「エミ」
魔王は、後ろからエミリアを抱きしめて魔女と騎士団長を睨みつけた。
「この人たち、あたしが無事に生きてるのを見たから国に帰るんですって。転移で帰してあげてくれる?」
「……」
黙ったまま、魔王が2人を見ると瞬時にそこから消えた。多分、エミリアの望み通り人の国へ転移させたのだろう。
そしてすぐに、エミリアたちも寝室へと転移していた。
「もう、歩けないように足を切っておくか」
ベッドに押し倒し、魔王がエミリアの足を撫で上げながら言った。
マズい傾向だ。
「こうやってしがみつけないのは、嫌よ」
エミリアは、両腕と両足で魔王に抱きついた。情事の途中でうっかりエミリアがよくやる、いわゆる『だいしゅきホールド』だ。
「!!……そうか。私もこの体勢は好む」
にやり、と笑った魔王は、魔法で抱きついたエミリアの手足を固定して、下着だけをずらして肌に触れた。
「ひゃっ!?んっ、ぁ!」
するりと敏感な芽をこすられたが、手足を動かせず、快感をうまく逃がせない。そのまま膣を性急にほぐし、魔王も着衣のまま前身ごろを開けただけで、エミリアの中に入り込んできた。
「エミっ!」
「ぁあ!んぁ、やっ、これ、きもち、いいのぉっ!」
その大きなモノを奥へと叩きつけられ、エミリアは魔王にしがみついた。それに応えるように、魔王はエミリアの肩口に口付け、背中を撫でる。
思わず腰を揺らしたエミリアに気づき、魔王は声を出さずに笑った。
揺らされながら口づけを受け、魔王の白濁を受け取りながら高みへ昇った。
その後、これまた以前零したエミリアの独り言によって魔王が魔法で建設した広い風呂へと連れてこられ、風呂でもつながった。
廊下でも、寝室でも、何かに追われるように魔王はエミリアを揺らし続けた。
ベッドで抱きしめられながら魔王の顔を覗くと、そこには今まで見たことのないような、不満とも不安とも見て取れる表情があった。
ふと、エミリアは気づいた。
「もしかして、足りない?」
「あぁ、足りない……。だが、情交は充分だ、多分」
多分とはなんだ。これで充分でなければ困る。
しかし、それなら足りないものはきっと。
「心まで、欲しくなった?」
「っ……」
エミリアの言葉を聞いて、魔王は驚いたように目を見開いた。
「あたしの心、あげようか」
「?!」
「いらない?」
「……欲し、い」
「わかった」
エミリアは、にっこりと笑顔になった。それを食い入るように見つめる魔王に満足して、ゆっくりと抱きついた。
次の日から、エミリアは魔王を甘やかすことにした。
好意を言葉で伝えることも心を渡す方法の一つだが、きっとそれだけではこのヤンデレには足りない。だから、エミリアは心づかいを徹底することにした。
朝起きたらエミリアがお茶を淹れて、2人で飲む。仕事に出る前にキスをして、行ってらっしゃい、と見送る。
何もなくても魔王に抱きついたり、腕を組んだり、手を繋いだりする。
まったりする時間には、魔王を膝枕して頭をなでる。
また、前世の記憶を駆使して耳かきを作り、耳掃除もしてみた。これがかなり気に入ったらしく、3日ごとくらいにリクエストされるようになった。
お風呂上りには、魔法ではなく手で魔王の長い黒髪に櫛を入れる。
頬やおでこ、唇にも積極的にキスをする。
仕事から帰ったら、笑顔で「おかえりなさい」と迎えるほかに、今日したことを聞いては「いつも頑張ってるね」「この問題もう解決したの?すごい!」「ちょっと疲れてるのも色っぽくて素敵」とほめる。
慣れないながら、口での奉仕も頑張ってみた。そのときに声を我慢する魔王が色っぽ過ぎてエミリアがドロドロになった。
そうやってエミリアが積極的に出ると、魔王はちょっと戸惑って照れるのだ。
そのギャップに、逆にエミリアの方が絡めとられていくようだった。
ある日の昼間。
魔王は仕事なので、屋敷にいない。
だから、そういうときエミリアは思う存分心の内を叫ぶことにしている。
「もー!カッコよすぎ!」
ぎゅう、と抱きしめたのはいつも魔王が使っている枕である。
「なんでグイグイ来るくせに、あたしが何かすると照れるの?可愛すぎかっ!!」
変態じみていると分かっているが、枕から魔王の香りがするので思わず抱きしめてしまう。
「えっちはガンガンくるくせに、手をつなぐのに躊躇するってどゆこと!?ピュアか!可愛い!!」
魔王本人に向かって言わないのは、一度言ったところ照れ隠しに抱き潰されたからだ。それからは、一人のときにこっそり叫ぶことにしたのだ。
ひとしきり叫んだら、ふぅ、と息をつく。
ここまではいつも通りだ。
分かってはいるが、一応誰もいない部屋の中を見回した。
そして、枕に顔を埋めた。
「エドヴァルド……エド、あいしてる」
魔王の名前は、随分前に聞いていた。でも、習慣でうっかり呼べずにきた。
告白も、本人に直接言いたいのだが、なかなかハードルが高い。だからまずは練習しようと言ってみたわけだが。
「エミ……」
「ふぇぇあっ?!!やっ?!えっ?!なん、っで!」
エミリアが座り込むベッドの前に、突然エドヴァルドが現れて佇んでいた。
見上げれば、オニキスのような瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「いま、のは……」
「き、聞い、た?」
エドヴァルドは声もなくこくり、と頷いた。
「どう、やって、どこ、から」
「そこで、気配を、遮断して。この部屋に、入った、ときから」
指をさした先は、寝室の扉の近く。
つまり、叫んで惚気ていたところから聞かれていたわけだ。
あまりの恥ずかしさに、エミリアは枕に顔を埋めようとしたが、ぽいっと取り上げられた。
アワアワしている間にエドヴァルドに抱きしめられた。
肩が濡れてきた。
「……エド」
「ん」
「あのね、大好きよ。愛してる」
「ん」
ぎゅう、と腕の力が強くなった。
「エドは?」
「……殺したいほど、愛してる」
「そこは殺さないでっ?!せめてどっちかの寿命がきたらせーので死ぬとかにしてくれる?!」
「それいいな」
「いいのっ?!」
想いが通じ合った魔王夫妻は、魔王国を適度に秩序のある国として統治した。
人の国とは、少しの交易を通じて緩く繋がりを持った。
たまに勘違い野郎たちがやってきたが、2人の間に可愛い子どもが産まれた頃にやっと諦めてくれた。
数百年魔王国を治めてから実力で這い上がってきた次代(2人の長女だ)に引き継いで引退し、老後を2人でゆったりと過ごした。
せーので死んだのかどうかは定かではないが、ほぼ同時期に息を引き取ったのは確かである。
これまでのように何を言われてもただ力任せに押さえつけるのではなく、問題や課題を把握し、それらを解決するための方法を考えて指示し、元々あった魔王国の法律を見直して改めて周知し、魔物を屠るための駆逐軍を整備し、人の国との取引をまとめるために人に恐れられにくい見た目の種族を中心にメンバーを集めて派遣し、必要なところへと人員を配置して給与体制も整えた。
当然、魔王国内はもちろん人の国方面への攻撃もやめた。
魔王が毎日のように働いて、1ヶ月ほどでここまで仕上げるのだから、魔王もだが部下に取り立てた人員も優秀なのだろう。ついでに、定期的に休みを取るように言ったら、魔王が部下から感謝されたと教えてくれた。
その間、エミリアは魔王城から少し離れた魔王の屋敷(というより個人の城)でのんびりしていた。
出られないとも言う。
魔王の屋敷の周りには、魔王が許可した者以外が出入りできない、強力な結界が張られていた。
誰がどう見ても監禁である。
とはいえ、エミリアは外に出るつもりは一切なかった。
勇者に認定されてから、一日の休みもなくひたすら過酷な修行と旅の連続だったのだ。味より栄養を優先した食事、身綺麗にはできたが着心地より防御力を優先した服、話の通じない部分があるパーティーメンバー。正直、ストレスしかなかった。
それに比べて、メイドなどの使用人は見えないが、いつの間にか美味しいご飯が出てきて、大きな図書室があるので好きなように本を読めて、好きなだけ昼寝でき、綺麗な景色を眺められて、魔王という見た目が非常に好みの男性に世話をされる日々。
申し訳ないと思うほどに、自堕落な生活を送っている。
毎晩のように激しく抱き潰されるものの、邪険には扱われていない。
欲しい本を伝えればすぐに揃えてくれるし、エミリアの好みを覚えて食べ物も用意してくれている。
結界だって、逆に考えれば絶対に不審者が入って来ないという意味で世界一安全な場所ということだ。
庭の東屋で昼寝をしてもかまわないのである。
「……すごい、綺麗」
エミリアは、毎日のように城の中や敷地内を散歩しては和んでいたが、ふと思い立って、前に広がる庭ではなく屋敷の裏側へと足を向け、結界のギリギリのところまで出てみた。
すると、その屋敷は崖の上に建っていて、下は海だった。
ちょうど夕方だったので、水平線に日が落ちていく情景を何にも遮られることなく眺めることができた。
きっと夜なら、月が海に映って美しいことだろう。
その風景が気に入ったので、エミリアは座り心地のいいベンチをえっちらおっちら運んで木陰に置き、それからはほとんど毎日のようにそこで本を読んで過ごした。
そうしてのびのびと半引きこもり生活を満喫していたので、突然魔王に問いつめられて意味が分からなかった。
「そんなに外に出たいのか?」
帰ってきて、すぐのことだ。いつもなら会話をして食事になるのに、すぐに寝室へ連れ込まれた。
「え?何のことですか?」
「私が知らないとでも思ったのか?毎日屋敷の裏側の結界沿いで外を見ているだろう」
「えぇ、それは確かに」
エミリアがそう言うと、魔力をぶつけられるようにベッドに押し倒された。
「今日は結界に触れたな?」
「ん、気に、なって」
それは本当に興味本位だった。結界から、魔王の魔力を感じたからというただそれだけのこと。
魔王の魔力が重くて、指一本動かせない。それ以上話すことも難しいほどだ。
「私から逃げるつもりか?お前が自ら私の傍に居ると言うから、心までは縛らずにおいてやったんだ!離れると言うなら、いっそ」
ぐい、とエミリアを覗き込む黒い瞳は、澱んで濁っていた。
そしてエミリアの首に手がかかったため、恐怖に腰が震える。
怖い。
「殺して、すぐに時を止めてしまえば、私が死ぬまでエミは私のものだな?」
呼吸が浅くなる。
少しずつ力が入る手と魔力の圧力に、魔王の本気を感じて震えが止まらない。
死にたくない。
それは本能的な恐れだ。
なんとかしなければと考えたエミリアは、身体の中から魔力をひねり出して身体強化し、息を吸い込んで口を開いた。
「嫌よっ!死んだら、あたしがあんたの目と髪を見られないでしょ!!」
それを聞いて、魔王は眉をひそめて手の力を抜いた。
「この、黒い目を?黒い髪を?お前たち人の言う、魔の色を?」
魔王は、顔を歪めるようにして笑った。
魔物や魔王国に所属する魔族は黒や紺、濃茶など黒っぽい色が多い。しかし、真っ黒というのは珍しい。ここまで旅した中では、魔王しか見たことがない。
そして人の国では、黒は『魔の色』として忌避されていた。
しかし、エミリアは前世が日本人である。
「え、安心する色だよ?オニキスみたいな黒い目も、絹みたいな黒い髪も。……まぁ、ちょっとカッコよすぎて見てたらドキドキするけど」
今世の人の国では酷い扱いになるのかもしれない。しかしエミリアにとって、魔王はただの絶世のイケメンである。
ただし、まごうことなきヤンデレであるが。
「っ?!エミは、私の色が、好きなのか?」
魔王の目の澱みが消えて、不思議そうに揺れた。
「そう、ね。色もだけど、どっちかというと整い過ぎてて隣にいるのは気が引けるかも。釣り合いが取れない気がして。でも、だから、ずっと見ていたいっていうか」
「嘘ではないようだが、何故だ?人は、本能的に黒を怖れるものだ」
魔王は、うっすら魔法を使ったようで、エミリアの言葉が嘘ではないことを確認したらしい。しかし、だからこそ疑問に思ったようだ。
エミリアの首には、まだ手がかかったままだ。
これは、エミリアにとっての大きな切り札だ。
「あたしには、前世の記憶があるの」
「前世、だと?」
魔王は、軽く眉を顰めた。
前世という考え方はあるが、エミリアも前世があるという人に会ったことはない。疑うのも無理はないだろう。
「そう。今のあたしとして生まれる前の、別人の記憶。魔法もないのに、今と同じかもっと発達した文化の世界で、生きて、死んだ記憶があるのよ。その国の人は、ほとんどが生まれつき黒髪で黒い目だったわ。外国には、金の髪に青い目っていう人もいたけど。だから、いまだにあたし自身の見た目に違和感があるくらいよ。青い髪に黄色い目って。魔王の色は、前世で知ってる色だから安心する。服だって、好きなように選んだら黒ばっかりになってるし」
実際、今もエミリアが着ているワンピースは黒だ。なんとなく、前世の価値観で無難なコーディネートといえば黒、という感覚で選んでしまっている。それに、自分の髪と目の色でも喧嘩しない色なのだ。
「……本当の、ようだな」
そう言って手を離した魔王の表情には、戸惑いと期待が見て取れた。
──勝った!
ヤンデレの死亡囲い込みフラグは回避できた。
しかし、魔王はそのままエミリアの上に乗り上げて、朝まで鳴かせ続けた。
やはり鬼畜である。
ヤンデレの気配を察知してなんとか回避しながらも、常識から外れ過ぎたその執着に慣れてきてしまったころ。魔王国に、人の国からの使者がやってきた。
魔王が渋々教えてくれたその要求をまとめると、
「別の好みの女性か、国宝をいくらでも差し出すので、勇者を返してほしい」
とのたまったそうだ。
もちろん魔王は突っぱねたのだが、存外粘っているらしく、交渉は平行線のままだという。
しかし、外に出られず伝言を届けることも魔王に禁じられたエミリアには、魔王の話を聞いてなだめることくらいしかできない。
若干疲れたように見える魔王が転移で登城するのを見送って、いつものように崖の上のベンチで本を読むことにした。
「エミリア殿!」
少し離れた所から声をかけられ、久々の呼ばれ方に反応が遅れたものの本から目線を上げると、魔女と騎士団長が結界のすぐ外側にいた。
「王子殿下が国でお待ちです。一緒に帰りましょう」
騎士団長も魔女も、まだ諦めていなかったらしい。エミリアは、あんなに否定していたのに。
「どうして?」
「え?エミリア殿は、王子殿下と結婚を──」
「しないわよ。何度も、しないって言ったわ。好みじゃないんだもの。それに、下手に帰ったら政治的に利用されそうだし嫌。命のギリギリまで働かされそうなのも予想できて嫌よ。ここなら、すっごく快適だし働かなくていいし好きなことができるし魔王は好みだし、言うことがないわね」
「しかし!」
「エミリア様、王子殿下はあなたを愛しておられます!」
「あたしの肩書きをね。もう、しつこいなぁ。仕方ないわね」
どこまでも自分たちの都合のいいことしか主張しない2人にイラついたエミリアは、結界に手を伸ばした。
一瞬嬉しそうに表情を緩めた2人は、すぐに恐怖に顔をひきつらせた。
「エミ」
魔王は、後ろからエミリアを抱きしめて魔女と騎士団長を睨みつけた。
「この人たち、あたしが無事に生きてるのを見たから国に帰るんですって。転移で帰してあげてくれる?」
「……」
黙ったまま、魔王が2人を見ると瞬時にそこから消えた。多分、エミリアの望み通り人の国へ転移させたのだろう。
そしてすぐに、エミリアたちも寝室へと転移していた。
「もう、歩けないように足を切っておくか」
ベッドに押し倒し、魔王がエミリアの足を撫で上げながら言った。
マズい傾向だ。
「こうやってしがみつけないのは、嫌よ」
エミリアは、両腕と両足で魔王に抱きついた。情事の途中でうっかりエミリアがよくやる、いわゆる『だいしゅきホールド』だ。
「!!……そうか。私もこの体勢は好む」
にやり、と笑った魔王は、魔法で抱きついたエミリアの手足を固定して、下着だけをずらして肌に触れた。
「ひゃっ!?んっ、ぁ!」
するりと敏感な芽をこすられたが、手足を動かせず、快感をうまく逃がせない。そのまま膣を性急にほぐし、魔王も着衣のまま前身ごろを開けただけで、エミリアの中に入り込んできた。
「エミっ!」
「ぁあ!んぁ、やっ、これ、きもち、いいのぉっ!」
その大きなモノを奥へと叩きつけられ、エミリアは魔王にしがみついた。それに応えるように、魔王はエミリアの肩口に口付け、背中を撫でる。
思わず腰を揺らしたエミリアに気づき、魔王は声を出さずに笑った。
揺らされながら口づけを受け、魔王の白濁を受け取りながら高みへ昇った。
その後、これまた以前零したエミリアの独り言によって魔王が魔法で建設した広い風呂へと連れてこられ、風呂でもつながった。
廊下でも、寝室でも、何かに追われるように魔王はエミリアを揺らし続けた。
ベッドで抱きしめられながら魔王の顔を覗くと、そこには今まで見たことのないような、不満とも不安とも見て取れる表情があった。
ふと、エミリアは気づいた。
「もしかして、足りない?」
「あぁ、足りない……。だが、情交は充分だ、多分」
多分とはなんだ。これで充分でなければ困る。
しかし、それなら足りないものはきっと。
「心まで、欲しくなった?」
「っ……」
エミリアの言葉を聞いて、魔王は驚いたように目を見開いた。
「あたしの心、あげようか」
「?!」
「いらない?」
「……欲し、い」
「わかった」
エミリアは、にっこりと笑顔になった。それを食い入るように見つめる魔王に満足して、ゆっくりと抱きついた。
次の日から、エミリアは魔王を甘やかすことにした。
好意を言葉で伝えることも心を渡す方法の一つだが、きっとそれだけではこのヤンデレには足りない。だから、エミリアは心づかいを徹底することにした。
朝起きたらエミリアがお茶を淹れて、2人で飲む。仕事に出る前にキスをして、行ってらっしゃい、と見送る。
何もなくても魔王に抱きついたり、腕を組んだり、手を繋いだりする。
まったりする時間には、魔王を膝枕して頭をなでる。
また、前世の記憶を駆使して耳かきを作り、耳掃除もしてみた。これがかなり気に入ったらしく、3日ごとくらいにリクエストされるようになった。
お風呂上りには、魔法ではなく手で魔王の長い黒髪に櫛を入れる。
頬やおでこ、唇にも積極的にキスをする。
仕事から帰ったら、笑顔で「おかえりなさい」と迎えるほかに、今日したことを聞いては「いつも頑張ってるね」「この問題もう解決したの?すごい!」「ちょっと疲れてるのも色っぽくて素敵」とほめる。
慣れないながら、口での奉仕も頑張ってみた。そのときに声を我慢する魔王が色っぽ過ぎてエミリアがドロドロになった。
そうやってエミリアが積極的に出ると、魔王はちょっと戸惑って照れるのだ。
そのギャップに、逆にエミリアの方が絡めとられていくようだった。
ある日の昼間。
魔王は仕事なので、屋敷にいない。
だから、そういうときエミリアは思う存分心の内を叫ぶことにしている。
「もー!カッコよすぎ!」
ぎゅう、と抱きしめたのはいつも魔王が使っている枕である。
「なんでグイグイ来るくせに、あたしが何かすると照れるの?可愛すぎかっ!!」
変態じみていると分かっているが、枕から魔王の香りがするので思わず抱きしめてしまう。
「えっちはガンガンくるくせに、手をつなぐのに躊躇するってどゆこと!?ピュアか!可愛い!!」
魔王本人に向かって言わないのは、一度言ったところ照れ隠しに抱き潰されたからだ。それからは、一人のときにこっそり叫ぶことにしたのだ。
ひとしきり叫んだら、ふぅ、と息をつく。
ここまではいつも通りだ。
分かってはいるが、一応誰もいない部屋の中を見回した。
そして、枕に顔を埋めた。
「エドヴァルド……エド、あいしてる」
魔王の名前は、随分前に聞いていた。でも、習慣でうっかり呼べずにきた。
告白も、本人に直接言いたいのだが、なかなかハードルが高い。だからまずは練習しようと言ってみたわけだが。
「エミ……」
「ふぇぇあっ?!!やっ?!えっ?!なん、っで!」
エミリアが座り込むベッドの前に、突然エドヴァルドが現れて佇んでいた。
見上げれば、オニキスのような瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「いま、のは……」
「き、聞い、た?」
エドヴァルドは声もなくこくり、と頷いた。
「どう、やって、どこ、から」
「そこで、気配を、遮断して。この部屋に、入った、ときから」
指をさした先は、寝室の扉の近く。
つまり、叫んで惚気ていたところから聞かれていたわけだ。
あまりの恥ずかしさに、エミリアは枕に顔を埋めようとしたが、ぽいっと取り上げられた。
アワアワしている間にエドヴァルドに抱きしめられた。
肩が濡れてきた。
「……エド」
「ん」
「あのね、大好きよ。愛してる」
「ん」
ぎゅう、と腕の力が強くなった。
「エドは?」
「……殺したいほど、愛してる」
「そこは殺さないでっ?!せめてどっちかの寿命がきたらせーので死ぬとかにしてくれる?!」
「それいいな」
「いいのっ?!」
想いが通じ合った魔王夫妻は、魔王国を適度に秩序のある国として統治した。
人の国とは、少しの交易を通じて緩く繋がりを持った。
たまに勘違い野郎たちがやってきたが、2人の間に可愛い子どもが産まれた頃にやっと諦めてくれた。
数百年魔王国を治めてから実力で這い上がってきた次代(2人の長女だ)に引き継いで引退し、老後を2人でゆったりと過ごした。
せーので死んだのかどうかは定かではないが、ほぼ同時期に息を引き取ったのは確かである。
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