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春眠、再会を覚えず
幕間 春
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最初は入学式の時に立ち眩みを起こしただけだった。その入学式の会場で私は、貧血を起こしたかな、と思っていたところ、急に意識も薄れていった。自分で上手く立つことができないほどに。そのまま前にいた人に倒れ掛かってしまった。ごめんなさい、という言葉もはっきりと言えたかすらわからない状態で、体がずっと重たいままで。倒れ掛かってしまう中、何となく周りから心配する声を掛けられていた気もする。
ほとんど気絶寸前の意識と申し訳なさでいっぱいになる中、急に体が軽くなった。そのまま揺らされて動いているようだったので、誰かが私を抱えて移動していたみたいだ。私は入学する大学の療養室に運ばれ、その後は一日ずっと安静にした。少ししてからお父さんが療養室に大慌てで入ってきた様子につい笑っちゃった。何があったのか簡単に説明したところ、お父さんからは強く病院に行くことを勧められた。私はせっかく大学生になったのに通院生活するのが億劫だったから、お父さんには申し訳ないけどわがままを言った。
この時、私を療養室まで運んでくれた人のことを療養室の職員に聞いたけど、その人は名前をいわなかったらしい。その人も新入生のようで、どう対応すればいいかわからずに動揺していたんだって。それはそうだ、入学式で後ろに並んでいた新入生が倒れこむなんてどうすればいいか私だってわからないもの。ただ私には心当たりがあった。私の前に並んでいた人、私が倒れ掛かってしまった人。突然のことでありながら、私が勢い余って床にぶつからないようゆっくり支えながら床に座らせてくれていたような。男性だったことは覚えている。それに入学式では学部ごとで五十音順に並んでいたから、あとで同じ学部の入学者名簿を見ればわかるかも。
多分その人だという推測で、もし合っていたら感謝したい。お父さんもこの学部の教授だから、話しておけばお父さんの方が見つけてくれるかもしれない。そのことを伝えるとお父さんも賛同してくれたので、少し変わった出逢いだけども大学生活早々から友達ができるような気がして、病床にありながらちょっとワクワクしていた。その後お父さんと一緒に入学者名簿をみたら、私の前の男子生徒は「佐倉 慎太郎」という名前の人だった。多分この人が私を療養室に運んでくれたんだろうな。
ところが私と佐倉くんとの邂逅はお世辞にもいいものではなかった。私が彼に感謝を伝えようと話しかけたところ、彼は全く、本当に全く何も覚えていなかった。それどころか私を見て不機嫌そうにして。
『…誰だあんた。』
などと言ってきた。確かに私の人違いかもしれない。彼も覚えていなかったのかもしれない。でもそんなに機嫌を損ねるようなことではなかったはずだ。覚えられていないこともそうだけど純粋に彼の態度はかなりショックだった。人違いでもしたのかと、何なら恥ずかしいくらいだった。それから私は彼と極力関わらないようにした。
そして私が倒れた日から数か月たったころ、私は四十度を超える高熱に襲われた。それと得も言われぬ悪寒、繰り返す嘔吐。後になってお医者さんから告げられたが、私もどうやらお母さんと同じ病気にかかっていたらしい。入院したときにどういう病名だったかは専門的過ぎて覚えていないけど、お父さんが大層慌てていたこと、それを見て私も母と同じように死んでしまうのではないかと思ったことをはっきり覚えている。
…正直、ただ入院するだけではこんなに気持ちが沈むことはなかったと思う。幼いころからお母さんがいなかったこともあって、お父さんに余計な心配をかけないよう常に気持ちを強く持つように心掛けていた。なのに、なんとなくこう、いつもと違って気分が、なんというか、持ち上がってこない。彼に、佐倉くんに覚えてもらえていなかったことが私にとってかなり大きい傷になっていたのかもしれない。…いやだ、そんな程度のことで、認めたくない。これはきっとお母さんのことを思い出してしまったからだ。だから症状も中々軽快しないんだ。こんなに苦しい思いをするのも、私がお母さんみたいに死んでしまうかもしれないことが怖いからだ。
入院中の私の胸中は複雑だった。お母さんみたいに早くに死んでしまう。お父さんに余計な心配をかけてしまう。まだ大学にまともに通っていないのに。友達だってできていないのに。せめてもっといい出逢い方であれば。何であの人は覚えてくれていなかったの。せめて、せめて、ほんの少しでも私のことをわかってくれていたら。…苦しい。
入院生活中、お父さんが交渉してくれたおかげで病室からリモートで講義を受けることはできた。入学式に倒れてから二年を経て、主治医からは「もう普通に過ごしても問題ない。通院だけ欠かさないように。」と、これからもずっと生きていけるように背中を押してもらえた。お父さんには心配をかけて申し訳ないけど、大学にまた通うって話になってから一言目に「友達いるのか?」はちょっとデリカシーないんじゃない?いるわけないのに。まぁいいんだけど。お父さんが信頼している生徒を紹介してくれるって。
登校再開の当日、お父さんと一緒に研究室で件の生徒を待つ。この大学に来て初めての出逢いはもうほんとに最悪だったから、今度は最初から馬が合うような仲良くできる人だったらいいな。二年前とは少し違ったワクワクを感じながら、扉が開くのを待つ。お父さんと少し話していると、扉を三回たたく音が聞こえた。やっと来た。お父さんのどうぞ、の声を聞いて入ってくる。
「…失礼します。」
…入って、きた、その人は。どうして。お父さんも忘れちゃったの?
最高の気分だった登校再開は、最悪な出逢いの再会から始まってしまった。
ほとんど気絶寸前の意識と申し訳なさでいっぱいになる中、急に体が軽くなった。そのまま揺らされて動いているようだったので、誰かが私を抱えて移動していたみたいだ。私は入学する大学の療養室に運ばれ、その後は一日ずっと安静にした。少ししてからお父さんが療養室に大慌てで入ってきた様子につい笑っちゃった。何があったのか簡単に説明したところ、お父さんからは強く病院に行くことを勧められた。私はせっかく大学生になったのに通院生活するのが億劫だったから、お父さんには申し訳ないけどわがままを言った。
この時、私を療養室まで運んでくれた人のことを療養室の職員に聞いたけど、その人は名前をいわなかったらしい。その人も新入生のようで、どう対応すればいいかわからずに動揺していたんだって。それはそうだ、入学式で後ろに並んでいた新入生が倒れこむなんてどうすればいいか私だってわからないもの。ただ私には心当たりがあった。私の前に並んでいた人、私が倒れ掛かってしまった人。突然のことでありながら、私が勢い余って床にぶつからないようゆっくり支えながら床に座らせてくれていたような。男性だったことは覚えている。それに入学式では学部ごとで五十音順に並んでいたから、あとで同じ学部の入学者名簿を見ればわかるかも。
多分その人だという推測で、もし合っていたら感謝したい。お父さんもこの学部の教授だから、話しておけばお父さんの方が見つけてくれるかもしれない。そのことを伝えるとお父さんも賛同してくれたので、少し変わった出逢いだけども大学生活早々から友達ができるような気がして、病床にありながらちょっとワクワクしていた。その後お父さんと一緒に入学者名簿をみたら、私の前の男子生徒は「佐倉 慎太郎」という名前の人だった。多分この人が私を療養室に運んでくれたんだろうな。
ところが私と佐倉くんとの邂逅はお世辞にもいいものではなかった。私が彼に感謝を伝えようと話しかけたところ、彼は全く、本当に全く何も覚えていなかった。それどころか私を見て不機嫌そうにして。
『…誰だあんた。』
などと言ってきた。確かに私の人違いかもしれない。彼も覚えていなかったのかもしれない。でもそんなに機嫌を損ねるようなことではなかったはずだ。覚えられていないこともそうだけど純粋に彼の態度はかなりショックだった。人違いでもしたのかと、何なら恥ずかしいくらいだった。それから私は彼と極力関わらないようにした。
そして私が倒れた日から数か月たったころ、私は四十度を超える高熱に襲われた。それと得も言われぬ悪寒、繰り返す嘔吐。後になってお医者さんから告げられたが、私もどうやらお母さんと同じ病気にかかっていたらしい。入院したときにどういう病名だったかは専門的過ぎて覚えていないけど、お父さんが大層慌てていたこと、それを見て私も母と同じように死んでしまうのではないかと思ったことをはっきり覚えている。
…正直、ただ入院するだけではこんなに気持ちが沈むことはなかったと思う。幼いころからお母さんがいなかったこともあって、お父さんに余計な心配をかけないよう常に気持ちを強く持つように心掛けていた。なのに、なんとなくこう、いつもと違って気分が、なんというか、持ち上がってこない。彼に、佐倉くんに覚えてもらえていなかったことが私にとってかなり大きい傷になっていたのかもしれない。…いやだ、そんな程度のことで、認めたくない。これはきっとお母さんのことを思い出してしまったからだ。だから症状も中々軽快しないんだ。こんなに苦しい思いをするのも、私がお母さんみたいに死んでしまうかもしれないことが怖いからだ。
入院中の私の胸中は複雑だった。お母さんみたいに早くに死んでしまう。お父さんに余計な心配をかけてしまう。まだ大学にまともに通っていないのに。友達だってできていないのに。せめてもっといい出逢い方であれば。何であの人は覚えてくれていなかったの。せめて、せめて、ほんの少しでも私のことをわかってくれていたら。…苦しい。
入院生活中、お父さんが交渉してくれたおかげで病室からリモートで講義を受けることはできた。入学式に倒れてから二年を経て、主治医からは「もう普通に過ごしても問題ない。通院だけ欠かさないように。」と、これからもずっと生きていけるように背中を押してもらえた。お父さんには心配をかけて申し訳ないけど、大学にまた通うって話になってから一言目に「友達いるのか?」はちょっとデリカシーないんじゃない?いるわけないのに。まぁいいんだけど。お父さんが信頼している生徒を紹介してくれるって。
登校再開の当日、お父さんと一緒に研究室で件の生徒を待つ。この大学に来て初めての出逢いはもうほんとに最悪だったから、今度は最初から馬が合うような仲良くできる人だったらいいな。二年前とは少し違ったワクワクを感じながら、扉が開くのを待つ。お父さんと少し話していると、扉を三回たたく音が聞こえた。やっと来た。お父さんのどうぞ、の声を聞いて入ってくる。
「…失礼します。」
…入って、きた、その人は。どうして。お父さんも忘れちゃったの?
最高の気分だった登校再開は、最悪な出逢いの再会から始まってしまった。
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