屁理屈娘と三十路母

小川 梓

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ただいま

ただいま 02

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「ごめんね、急に。よろしく」
 革靴男は豊川さん、と改名し、私の前に現れた。悪い人ではなさそう、だと思った。これまで母と付き合ってきた人たちに比べればしっかりしてそう、だった。
「結婚するの? それとも、したの?」
 私がやっとの思いで聞くと、母は「まだまだ」と言って笑っている。その顔を見て私の情緒は騒ぐのを止めた。幸せそうなら、いいや、と諦めたということになる。
 この日から母と母の彼氏と私の共同生活が始まった。何をどう過ごしたのかは話したくもないし、話すこともないぐらいそういう生活だった。
そして、その意味のつけられないぎこちないまま、1週間が過ぎ去ろうとしている。結果的に、私は日に日に帰りが遅くなり、豊川さんとの会話は開かれたものになることは無く、よそよそしくなる一方だった。
「ゆみちゃん、おはよう」
豊川さんは相変わらす常日頃から気さくに話しかけてくれる。気を遣ってくれているのがよく分かった。私に歩みよろうとしている。やっぱり、悪い人ではないのだろう。
「おはようございます」
 私たちは今、椅子に座り、向かい合っている。思い出すには容易な、ほんの数日前まで二人で座っていたテーブルに3人で腰掛けている。母が予定してか否かは不明だが、もともと椅子が4つあるテーブルを使っていたため、座る場所に関して困ることはなかった。
相変わらず母は日本食であり、私はメロンパン。豊川さんはコンビニで買っておいたのだろう、数字のロゴが印刷された袋にくるまれるウインナーパンを食べていた。
「今日は学校だよね。授業ばっかり?」
「いえ、2時間目が体育です」
「そっか。最近暑いから、登校するだけで疲れるでしょ」
「まぁ、そうですね」
「お茶、おかわりする?」
「あ、いえ、大丈夫です」
 この毎朝の食事の時間を気まずいと思っているのは私だけではないはずだ。豊川さんも空気を掴めずにいることは私にも伝わってくる。分かっているのなら自分から明るい方へ持っていけばよいものの、私ができることは質問に誠実に答えていくことでしかなかった。つまり、この状況での心地良い空間か否かの多数決は母が劣勢であるはずなのに、母が一番イキイキとしている。
気まずい空気をできるだけ吸わないように息を沈めながら、私はいつもと変わらないようで確実に早めた速度で支度をし、適当な理由をつけて早くに家を出る毎日になっていた。
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