屁理屈娘と三十路母

小川 梓

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ただいま

ただいま 05

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「深田先生、今、お話いいですか」
「えぇ、いいわよ。そうね、こっちでで話そうか」
 そういって、普段なら入ることさえできない職員室の奥に取り付けられた応接室に通された。
 二人でふかふかのソファーに腰掛け、深田先生の入れてくれた麦茶を眺めながら、私はどう話せばいいのか考えていた。
「母とその彼氏と先週くらいから一緒に住むことになったんです」
「あら、そう」
 脈絡のない話初めになってしまったにもかかわらず、深田先生の反応は全てを知っているようなものだった。
「母は男の人がいないと生きていけない人だから彼氏がいつもいるんですけど、一緒に暮らすのは初めてで、悪い人ではなさそうだから、母を幸せにしてくれるならいいとは思うんですけど、どうしても受け入れきれなくて、そしたら、母が嫌いなの? 優しくしてくれてるじゃないって。優しくって言ってて。それで冷静でいられなくなって、母に冷たく当たって、そのまま……」
 言葉に詰まってしまったその間を埋めたのは柔らかい声だった。
「優しさ、ね」
 深田先生は私の言いたいことが少し分かっているようだった。その表情からは優しさに対する考えが見て取れた気がした。
「私聞いてしまったんです。豊川さんが母に、あんなに優しくしてるのに、どうしてなついてくれないんだろうって。俺は優しくしてるよな。って。それを聞いて悲しくなったんです。優しさを押し付けられてるって」
「うん」
「豊川さんは優しい方だと思います。でも私は優しくないから、その優しさを受け止められないんです。優しい人って人のことを好きになれるし、嫌いにもなれます。だって優しいからこそ、相手の気持ちを思って考えて、それで好きとか嫌いっていう感情に変わっていきますよね。私なんか相手に期待も関心もそれほどないから嫌いにならないんです。普通、というただそれだけなんです」
 どんどん話の方向性がずれていることを自覚しながらも浮かび上がるまま言葉にしていた。
「ゆみさんは優しいよ。本当にちゃんと優しい」
優しい。私はその言葉が苦手だ。私の中にある優しさなんて存在していないと思っている。私の優しさなんて偽善に過ぎない。
「優しくないです」
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