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第五十三話
しおりを挟む森に隠された巨岩の壁に、幾つもの穴が人為的に開けられている。三十はあろうかという穴にはそれぞれ扉が付いており、そこが人の住む場所である事を示していた。
この岩窟住居こそが、魔天会の本部である。
ヴァージルはそれを少し離れた高台から、オズワルドと共に見下ろした。
「久しぶりの本部だねぇ」
「ああ。……最後になるがな」
悪夢が今なお生み出され続けている場所。目に見えない怨嗟が周囲を取り巻いているようで、不快さにヴァージルは鼻を鳴らす。
痛めつけられた記憶が足を止めようとしてくるが、囚われているカナの顔を思い浮かべればそんなものは直ぐに小さくなって霞んだ。
同じ思いをさせる訳にはいかないのだ。命が無造作に消されるこの場所に、あの優しい人をこれ以上一秒も置いてはいけない。
強く手を握りしめて本部を見つめるヴァージルの隣では、オズワルドもまた漸く訪れた復讐の機会に目をぎらつかせて興奮していた。
ずっと、同じ苦しみを返してやろうという一念で生き抜いて来たのである。
「今度は、お前の番だ。シーグフリード」
小さく呟き、口角を上げてオズワルドは笑った。
本部は人がそれぞれの入り口から頻繁に出入りしている。普段よりも人数が多いのは、ヴァージル達が本部を襲撃する事など予想しているからなのだろう。
空を見上げる。雲一つない良い天気だった。肩を軽く回してみて問題がないのを確認する。
オズワルドは魔力が回復した。自分も火傷は治ったし、体調は万全である。
確実に救出する為に焦る気持ちを抑えて回復に専念したのだ。これ以上少しも遅らせるつもりはなかった。
攫われた直ぐ後に、カナの感情の酷い揺らぎが伝わってきた事があった。その時は居ても立っても居られず直ぐに救出に向かおうとしたのだが、オズワルドに妨害されている内に収まっていった。
今、カナの感情は、不思議な程に伝わってこない。しかし繋がりが切断された風でもないので、寝かされているのかもしれない。とにかく今は辛い感情を抱いていない事に少し安堵する。
失敗は許されない。
一度深呼吸をしてから、ヴァージルは静かに言った。
「行くぞ」
ヴァージルの足元から黒い影が伸びていき、黒煙を噴出して中にいる恐るべき存在を呼び覚ます。
影の湖から最初に見えたのは翼。それから隆々とした背中が現れ、首、手足、尾とその全貌を表していく。
そして久々の世界を喜ぶかのように、ドラゴンは力強く咆哮した。
「グオオオオオオォォォォン!!!」
大気が震える。小さな山ほどあるドラゴンは、傍にいるだけで死を連想せずにはいられない。
それが今や、ヴァージルの手足となって共に魔天会を滅ぼそうとしていた。
オズワルドは心強さに口笛を吹いて言った。
「はは、ヴァージル。君って最高だ」
ヴァージルは素っ気無く鼻を鳴らし、ドラゴンを本部に向かって飛び立たせた。
ドラゴンは巨大な体であっという間に本部の正面まで辿り着く。
襲撃を悟って慌てた魔天会の兵達がわらわらと穴の中より飛び出して来るが、ドラゴンを見て顔を青ざめさせた。
魔術や矢が兵達によって浴びせられ始めるが、ドラゴンブレスの一撃で全てが焼き払われていく。
そしてドラゴンが正面に陣取って穴にブレスを吐けば、中にいる兵達は外に出る事が叶わなくなってしまった。
しかし岩窟住居は蟻の巣のように奥に続いているので、中の兵達は出てこられないだけで蒸し焼きにはなっていないだろう。
けれどこんな状況で定期的に浴びせられる灼熱のブレスを掻い潜って出て来る者がいるとしたら、それはヴァージル達と同等の実力を持つ者に違いない。
だからヴァージルは影からザカライアを呼び出し、ただ静かに七刃の姿が現れるのを待った。
恐るべき精度と威力で何処からともなく矢が飛来する。遠雷イスマエルの矢だ。
イスマエルは弓術の達人である。まるで遠雷の如く音を聞いた時には既に事が終わっているのが二つ名の由来だった。
矢はオズワルドを明らかに狙っていた。彼なりの指名に笑顔を浮かべ、オズワルドは空を飛ぶことでそれを避ける。
「遠距離対決か。良いね。負ける気がしないよ」
不敵にそう笑い、オズワルドはヴァージルから離れて行った。イスマエルの居所を探しに行ったのだ。
彼は身を隠す事に長けている。彼の矢に射られるのが先か、彼を見つけるのが先か。
イスマエルを相手にするならば、必ずその戦いを強いられる。
「それじゃあ、私の相手はどっちかしら?」
いつの間にかヴァージルの背後にはプルデンシオともう一人、筋骨隆々とした壮年の男が立っていた。全身の筋肉が異常に発達しており、実用的ではないようにさえ見える。
その男こそが七刃の一人、金剛のアードルフだった。
「お前の相手はザカライアだ。俺はアードルフとやる」
「分かったわ。ザカライアちゃん、よろしくね?」
答えなど返って来ないのを知りつつ、プルデンシオはザカライアに言った。
そして二人は共に地面を蹴って移動した。ヴァージル達の戦いに巻き込まれないようにする為だ。
アードルフは好戦的な笑みを浮かべて、自らの拳を突き合わせた。彼は一本の剣も帯刀していない。全身を武器にして戦う、格闘家だからである。
「暴食か。相手にとって不足なし。全力でお相手いたす」
「ああ。俺も、お前が何処まで丈夫なのか気になってたんだ」
ヴァージルもアードルフに向かって、不敵に笑った。
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