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冥王、成敗する

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 俺がエデンヴァルの宿屋で過ごしてから3日目の昼頃、
 「紫焔様」
 頭の中に声が聞こえて来た。
 「土地神か?」
 「はい。微弱なのですが、山の中腹から邪気を感じられます」
 やっと動き出したか。
 俺が居なくなって直ぐに仕掛けてくるかと思ってたんだが、中々に慎重な性格と見える。
 「分かった。もし、村の連中が取り乱しだしたら、お前が連中に姿を見せて落ち着かせろ。村には俺が防護壁を張っておいた。子鬼共の攻撃位じゃビクともしないから、心配するな。防護壁はお前が張った事にするんだぞ? あと、リンカが村から姿を消さないように、常にお前の近くにいるようにお前の言葉で伝えろ」
 「えっと、何て言えば?」
 「我が傍へとかなんとか言えばいいだろ?」
 「畏まりました」
 声が頭から消えたと同時に俺は宿屋を出た。
 「どこへ行かれるんですか?」
 そこに居たのは協会長だった。
 まるで俺の行動を見透かしているかのようにそこにいた。
 「何か?」
 かなり訝し気な雰囲気を、思い切り醸し出してやった。
 「そんな顔しないで下さいよ」
 タイミングが良すぎるからそんな顔と雰囲気を出しているのだ。
 協会長は困った様な顔しながら、
 「秘書から色々と伺ってます。それで私なりに調べさせたのですが・・・・・・」
 「・・・・・・長くかかる?」
 「では手短に」
 わざとらしく咳払いをして、
 「あの寺院の司祭、元はガルフィンで大司教を務めていた程の人物です。ただ、闇の密教に手を出したらしく、大司教の座を追われ、あの寺院に着任したみたいです」
 「寺院に着任した時、誰も疑わなかったのか?」
 「生憎、我々も寺院関連の事には疎いものでして。それにガルフィンを治めている人物は教皇と呼ばれ、神の教えを説いている者なのです。その土地から来た人物だから・・・・・・」
 完全にノーマークだったって事か。
 にしても闇の密教って何だ?って事を、今考えても仕方ないから後回しにしよう。
 「どうします? 調査させましょうか?」
 「いや、今は良いでしょう」
 司祭が何の目的で密教に手を出したかなんて、はっきり言えばどうでもよい。もしガルフィンの教皇が裏で糸を引いているって言うんなら、それはそれであとから処理すればいい。だがそれを処理するのは俺の仕事じゃない。
 「分かりました。では気を付けて」
 言って協会長はその場をあとにした。
 その姿が見えなくなってから、俺は村へ向かって足を進めた。
 歩きだと村までは半日あれば着くだろう。
 こんな風にのんびりと目的地に向かって歩いていると、今から悪を退治にいく時代劇の主人公みたいだ。ニヤニヤしてしまうな。
 冥界にいた頃だと、こういう件は忠臣達がサッサと片付けてきていたから、俺は報告を聞くだけだったしなぁ。
 太陽が傾きだした頃、ようやく村が見えて来た。
 ここに来るまで、土地神から特に連絡も無かったから、まだ襲撃は受けていないのだろう。そして、村の入り口に着いた頃には日は落ちた。そこで気分が悪くなるような臭いが鼻を吐く。何が起きたのかを確認しようかと思い、暗がりに目を凝らして良く見ていると、子鬼共が転がっている。
 「あ、紫焔様!!」
 頭の中に大きな声で土地神の声が響いた。
 しかも俺を見つけて物凄いスピードでやってくる。そして俺に抱き付くか付かないかの距離で、
 「何しとんじゃ、オノレは!?」
 俺は焔鷲丸の鞘で土地神の頭を勢い良く叩いた。
 「ぎゃっ!?」
 実態を持たない土地神にも俺の武器はダメージを与える事が出来る。
 俺は鞘で土地神の顔をグリグリしながら、
 「俺は何かあったら報告せぇって言うたよなぁ? コレはどういう事じゃ?」
 「す、すいません。許してください・・・・・・」
 鞘を顔から離し、帯に差す。
 「で、コレはどういう事だ?」
 「い、いや。ゴブリン達が襲撃して来たのが、ほんの少し前だったんです。気配を感じて私は慌てて村人達に警告しました。そしたら、リンカは当たり前だとして、他の村人達にも声が聞こえたみたいで、皆地下室に隠れたんです。そして、ゴブリンが村に侵入しようとした時に・・・・・・」
 「防護壁に跳ね返されたんだろ?」
 「は、はい。火矢とかも跳んで来たのにそれも跳ね返ってゴブリンに突き刺さってました・・・・・・」
 うむ。どうやら上手く機能したみたいだな。
 まぁ、俺の力が普通に使えてるから問題はないと思ってけどな。
 村の中から数人がこちらを見ている。
 何もない場所に鞘を叩きつけたりグリグリしたりしてるから、変な人物に見えたのだろう。ヒソヒソ話しているのが目の端に映る。
 とりあえず、村の周辺を確認しながら散策していると、山の中へ向かっている足跡が幾つか見つけた。何匹かは寺院へと逃げ戻ったか。
 「さて、と。それじゃ本丸を落としに行きますか」
 俺は土地神を見て、
 「お前はここに残れ。そしてこの子鬼共をキッチリと灰に還してお前が管理しろ。その内お前の眷属として復活させるといいだろうよ」
 「へ? こ、こんな奴らを私の、ですか!?」
 「何だ? 自信ないのか?」
 「こ、こんな亜種を眷属にしても・・・・・・」
 「大丈夫だ。一度灰に戻して、時間をかけて復活させれば問題はない。それに子鬼は使い方では物凄く役に立つぞ?」
 「そ、そうなんですか?」
 「そうです。俺は嘘は言いません」
 とか、土地神とやり取りしてると、リンカがこっちへ来る。
 「あ、武芸者様!!」 
 「おぉ、リンカ。無事だったか?」
 「はい。はい。それより、さっき村中に神様の声がしたんです!! それから少ししてゴブリン達が・・・・・・」
 「その神様がこの土地に居る限り、お前らを護ってくれるはずだ。なぜならお前がいつも祈っているからだ」
 言って、リンカの頭を叩いてやる。
 こうすると人間は落ち着くって、昔、漫画か何かを見た時に書いてあった気がする。
 俺は土地神に視線を向けた。
 「あとは任せたぞ?」
 「は、はい・・・・・・」
 このやり取りは、頭の中である。
 俺は山の中腹にある寺院を一瞥し、足を進めた。

 寺院の近くまで来た時に中から誰かが出て来る気配がした。
 俺はその誰かの進路を妨げるようにして立ち塞がってやった。
 向こうも俺に気付き立ち止まる。
 「だ、誰だ!? 邪魔をするな!!」
 凄く怒鳴り付けてくる。だが、その声には震えが含まれている。
 「ビビりながら怒鳴っても怖くねぇぞ、司祭様」
 「なっ・・・・・・!?」
 ゆっくりとした足取りで俺は司祭へと近づく。
 逆に司祭は後ずさる。
 「なぜ、貴様がここにいる・・・・・・!? き、貴様はエデンヴァルに・・・・・・」
 「戻って来たんだよ、ついさっきな」
 歩みを止め、俺は司祭を見た。
 「アンタの事、ちょっとばかり調べさせてもらったよ」
 俺じゃなく、協会長と秘書殿がね
 「アンタ、元はガルフィンの大司教だったらしいな。そんなアンタがなんでこんな田舎の山の中の寺院にいるのか?」
 「な、何が言いたい・・・・・・?」
 「密教若しくは外法に手をだしたな、お前?」
 「っ・・・・・・!!」
 司祭の顔から脂汗がダラダラと流れ出している。密教か外法かは分からんが、どうやら図星みたいだな。
 「そのどちらかに亜種の召喚する方法を記載した石板を見つけたアンタは、それを試そうとした。大司教と言えども、人間だ。未知の領域には興味があるわな。しかも、召喚が上手く出来ればそれらを利用して世界を牛耳る事も可能だわな。だが、その事が上の者にばれて、この土地まで追放されたってところだろう」
 俺は立ってるのに疲れたから、近くを見渡し、手頃な切株を見つけてそれに座った。
 「だがアンタは諦められなかった。しかも大司教まで務めたアンタだ。司教まで格下げされた上に地方への追放。プライドが傷付いただろう。だが、俺からすれば外法に手を出したアンタを処断しなかった教皇は、凄く優しい人物だったんだろうな。だがアンタはその気持ちに気付かず、恨んだのだろう。亜種を召喚し、自分の軍隊を作る事を考えた。ここで1つの問題が発生した。大司教までなったアンタだが、所詮はただの人間だ。軍隊を作るまでの亜種を召喚出来る力はない。そんな時に現れたのが、リンカだ。あの娘は土地神に力を与える事が出来る位不思議な力を持った人間だ。あの娘の力があれば、アンタのの目的を達成出来るかもしれない。そう考えたアンタは、村の襲撃を画策。だが、なんやかんやでそれらは失敗に終わった」
 一気に喋ったから、喉が渇いたな。
 聞いてただけで、中身の半分も聞いてなかったけどね。
 しかしまぁ、今まで長い時間生きてきたが、こんなに喋ったのは初めてかもしれないな。
 全世界の人類が思う、冥王のイメージは寡黙だろう。確かに、そんなに喋る方ではないのだがな。
 「だ、だからと言って私だという証拠は一切無いではないか!!」
 お、言い返してきた。
 まだそれなりに気力は残ってたか。
 「あのな、お前は既に自分がやったって白状してるんだよ?」
 「な、何?」
 「一番最初にお前に会った時、お前言ったよな? ゴブリン50匹を倒したのが俺だと」
 「そ、それがどうしたというのだ!?」
 「あの時、何でゴブリンの数が50だと分かったんだ?」
 「何・・・・・・だと?」
 そう。あの時点で50匹居たという事を知っている人物は俺も含めて誰も知らなかった。切り伏せた俺ですら数えていなかったのだ。にも係わらず、この男は50匹だと言い切っていた。
 「お前が何故知っていたのか? それはお前が子鬼共を召喚したっていう、紛れもない証拠なんだよ」
 立ち上がって俺は言い切った。
 流石にぐぅの音も出ないだろうな。
 自分で言ったんだから。
 「お前も神に仕える仕事をしてるんなら、自分の身の振り方位分かってるだろ?」 
 俺は司祭に背を向けてその場を去るつもりだった。
 ここまで追い込んでやれば、自分で自分を処理すると思っていたからだ。
 だがその考えは甘かったらしい。
 さっき村から逃げ帰った子鬼共が、武器を構えて俺を睨んでいる。
 「い、生きて、ここから帰れるなどと・・・・・・!!」
 「黙れ・・・・・・」
 俺は子鬼達に向け刀を抜いた。
 「お前も頭の悪い男だな。これだけの数の子鬼で俺を殺れるとでも思ってるのか? 
 「う、うるさい!! そいつらは時間稼ぎになればいいのだ!!」
 「なに?」
 司祭は懐からクリスタル系の石板を出し、詠唱し始めたが何を言ってるか全然聞こえない。何故なら、奇声を上げながら子鬼共が攻撃してくるので、それを迎え撃つのがうざかったりした。
 だから司祭が何を召喚しようしているのかは分からなかった。
 俺は群がる子鬼共を薙ぎ払い、司祭の方へと向き直す。
 そこに居たのは、体調5メートル位の、武装したゴブリンが立っている。
 「普通のゴブリンでは相手にならなくても、コレは違うぞ!!」
 まぁ、これを普通の子鬼ですって言われても、あぁ、そうですかとは思わないわな。
 「いけ!! ゴブリン将軍!!」
 ほう、将軍ときたか。
 中々鋭い攻撃が降って来る。
 一般人ならばこの一撃で終わっているだろう。それくらいの攻撃だった。
 司祭もやったと思ったのだろう。笑い声が聞こえて来る。が、それはほんの数秒だった。
 「いい攻撃だ。だけど、俺には通用しない。俺が普通じゃないからな!!」
 将軍の一撃を跳ね返した。
 「な、なぜ!? なぜ将軍の攻撃が通じない!? 将軍だぞ!? 普通のゴブリンじゃないんだぞ!?」
 狼狽しまくりの司祭を横目に、俺は刀身を鞘へ納めた。
 「今回は相手が悪かったな。世界は広いから、お前の常識を超えた人物もいるって事だ」
 俺は鞘を帯から抜いて左手で握り、柄を右手でしっかり握る。
 「よぉく見とけよ。お前の召喚したゴブリン将軍がどんな物か」
 「な、何を・・・・・・?」
 地面を蹴り、一瞬で将軍の顔の前まで跳ぶ。
 
 冥王紫焔流 葬華焔雷(そうかえんらい)

 鞘から刀を一気に引き抜き、将軍の首を斬り飛ばした。
 辺りに将軍の血の雨が降り、膝から崩れ落ちた。
 俺は刀身を紙で拭き取り、鞘へ納めた。そして、司祭の方に向き直した。
 「これが現実だ。お前がどんなに化け物を召喚しても、俺の敵じゃない」
 「ひっ・・・・・・!!」
 それだけ言って白目むいて泡拭いて気絶した。
 参ったな。俺、コレを担いで村に帰らないと行けないのか?
 ため息を吐いて、司祭を肩に担いだ。
 
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