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第三章

冥王、初めての依頼を受ける その1

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 その日俺はゲイル率いる『ベガ』が、あるクエストをクリアしたという事を祝して、祝勝会を行うと言ってきたので、参加させてもらっていた。ついでに言うと、ゲイルの武芸者ランクも今回の件でAAA(トリプル)に昇格した。
 「おめでとう、ゲイル」
 「ああ、これで俺も『Aランカー』の仲間入りだ。お前にもすぐに追い付いてみせるぞ」
 どうやらこいつは酒が入ると気分が大きくなるタイプらしい。あと、顔が赤くなってきているのでそんなに酒には強くないのだろう。
 「お前が一人でゴブリンを50体倒せたら、(A)シングルになれるだろうよ」
 「おう、やってやるぞ」
 楽しそうに言って、仲間達のもとへとフラフラしながら向かって行った。大丈夫かな、あいつ。
 「あ、紫焔。来てくれたんだね」
 「よう、フィル」
 グラスを傾けると、フィルもグラスを傾けた。
 「あいつ、大丈夫か? かなりフラフラだけど?」
 「あぁ、アイツ昔からああなのよ。でも、今夜はちょっと違うかもね」
 「ん?」
 「念願の(A)ランカーだもんね。武芸者になったら皆(A)ランクを目指すから」
 「なるほどね」
 だから強くもない酒を楽しそうに飲んでるわけか。
 きっと明日の朝は頭が死ぬほど痛いだろうな。もしくはトイレと仲良しになっているかもしれない。
 「二日酔いの薬を準備しておいてやれよ」
 「もう準備してるわよ」
 さすがは、『ベガ』の参謀。準備に余念はない。
 それから少し経って、俺は祝勝会を切り上げて帰る事にした。
 この時ゲイルは飲み過ぎてすでに潰れていたので、フィアとギルドのメンバーにだけ挨拶をした。
 外に出ると、いつからそこに居たのか焔が待っていた。
 「あ、紫焔様」
 言って俺に近付いてきた焔の手には、どこから手に入れたのか料理が盛られた皿がある。これはどう見ても料理が盛ってある皿が一人で宙に浮いているようにしか見えないはずだ。
 「遅かったですね」
 「・・・・・・おい、焔」
 「何ですか?」
 口をモグモグさせながら俺の顔を見る。
 「その皿も隠せ。今のこの状況を知らない人が見たら、どう見ても皿が一人でに浮いて俺に近付いてきているようにしか見えん」
 するとキョトンとした顔をして、
 「一応、隠しているんですが?」
 「ならいい。あと、空になった皿はちゃんと返しておけよ」
 「かしこまりました」
 言いながら食べ続けている。
 「先に帰ってるから、勝手に家に上がって寝ろよ」
 「はい」
 従属になった者に言っているというより、子供に言っている父親のような気がしてきた。子供いないけどね。
 俺は煙管を銜えて家路へと向かった。
 夜遅い時間とは言え、まだまだ街中は明るい。
 どんな世界でも、夜になると元気になる人間はいるみたいだ。
 と、そんな事を思いながら歩いていると、後ろから誰かが近付いてくる気配を感じた。
 一瞬、焔かと思ったが、足音が聞こえてきたのでこの考えは即却下。
 次に浮かんできたのが、スリとかいう奴かな、という考え。
 盗れるもんなら盗ってみろ、というくらいの気構えでいたが、どうやらこの考えもハズレだった。
 何故なら一定の距離を取って着いてくるからだ。あと、殺気も感じられないので、俺に危害を加えようという気もないみたいだ。
 振り返って、とっ捕まえてやろうかとも思ったが、騒がれても困る。特に女性だったら、変質者扱いされかねん。それで牢屋行きにでもなった日には、笑い話にもならん。もしそうなってしまったら、神々の世界で笑い者になってしまう。考えただけでもそら恐ろしい。その上、あの弟に何を言われるか分かったもんじゃない。
 などと色々考えてると、目の前に十字路が現れた。
 こんなタイミングで都合良く出現するなんて、まさに神業。
 思わず、
 「ナイッスゥ」
 と呟いて、その十字路を曲がり回れ右。
 そして足音が十字路を曲がり俺と鉢合わせになった瞬間、笑顔で、
 「こんばんわ」
 「・・・・・・!!」
 足音の正体は中年男性だった。
 男は俺の顔を見るなり、表情を青くしたり白くしたりしながら、口を鯉みたいにパクパクさせて、勢い良く回れ右して、俺に背を向けた。
 「おっと、逃がしゃしねぇぞ」
 俺は男の襟首を後ろから掴んで、軽く引っ張った。そう、軽く引っ張ったつもりだったのだが、中年男性の身体は少し宙に浮いて、そのまま尻から地面に落ちてしまった。
 「あっ・・・・・・!!」
 男性はそれだけ口にして、地面に突っ伏してしまった。どうやらかなりの激痛のようだ。それでも男性は、その激痛に耐えながらその場から離れようと、這いつくばりながら曲がり角へと向かって行く。
 「だから、逃がしゃしねっての」
 俺は煙管の先っぽを男の眼前に突き出した。
 「ひっ・・・・・・!!」
 「何も取って食おうってわけじゃねぇんだ。それに、そもそも俺を尾行して来たのはお前さんだろう?」
 俺はその場にしゃがみ込んで、男の顔を見た。
 ちなみにだが、今のこの状況を冷静に考えれば、どう見ても俺がこの男性を脅かしているようにしか見えないだろう。
 半泣きの中年男性をいじめている、着流しを着た武芸者。この図はどんなに贔屓目に見ても、俺が悪者だろう。
 いかん。俺の評判が落ちるかもしれん。まぁ、評判なんて気にした事ないけど。
 「とりあえず立ちな」
 中年男性の脇を抱え、ヒョイと立たせた。
 「で、おっさん誰だよ? 何で俺を尾行してきた?」
 「あ、あの、えっと・・・・・・」
 「シャキッと喋れ!! シャキッと!!」
 「は、はいぃぃぃぃぃ!!」
 男性は背筋をビシッと伸ばした。
 「名前と職業。そして俺を尾行してきた理由を手短に説明せよ」
 あ、口調が冥界に居る頃みたいになってしまった。
 でも、昔の俺はこうだったんだよな。
 「冥界の長たるもの、威厳が大事です」
 とか、臣下達に口酸っぱく言われたもんだ。
 おかげで俺への人間達が持つイメージは、どんどん悪い方へ悪い方へと行ってしまった。
 ついでに、冥界のイメージも暗くジメジメしたような世界だと受け取られるようになってしまったのだ。
 どんな世界でも大事な事だと思うが、やはりイメージ戦略というものは必要なのだと、俺は思う。もう少し、冥界のイメージを明るいものにしていれば、人間達の考え方も変ったのかもしれない。でもまぁ、あの頃の俺は、寡黙がカッコいいとか思っていたのが間違いなのかもしれないが・・・・・・。
 などと、昔の事を思い出していた時、男性が口を開いた。
 「わ、私の名前はセインと申します。この街で商いをしている者でございます」
 「で、俺は尾行してきた訳は?」
 「貴方様に、娘の護衛をお願いしたいと思い、失礼とは思いましたが尾行させて頂きました」
 そう言って、頭を下げてきた。
 「なら、さっさと声をかければ良かったろうに」
 「私もそう思っていたのですが、そ、その、なかなか声をかけづらい雰囲気でしたもので・・・・・・」
 「・・・・・・へ?」
 「紫焔様の放つ気配は、そこら辺にいる武芸者とは比べ物にならない程の気迫で、私の様な庶民からすると、簡単には・・・・・・」
 「声をかけづらい、と?」
 首を上下に動かして、俺の言葉を肯定した。
 俺は顎に指を当て少し考えた。
 これは、あまり良くないのではなかろうか?
 声をかけづらいという事は、武芸者としての依頼が来ないという事に繋がるのではないか?
 確かに良く考えてみれば俺に話しかけてくるのは、ゲイルとか協会長とか、そう言った連中ばかりだ。一般人で声をかけてくるのは、仕立て屋の親父くらいだ。
 いかん!! 
 これはいかんぞ。
 早急になんとかせなばならん事案だ。
 「武芸者たる者、誰からも尊敬される存在でないといけません」
 とかなんとか、秘書殿も言っていた。
 も、もう少し柔らかい雰囲気でいるように心掛けよう。そこからだな、うん。
 多分、冥界の頃の雰囲気をそのまま持ってきているのがいけないんだ、多分・・・・・・。
 「そ、そうか。それはすまなかった」
 俺は色々な事を考えながらも、とりあえず謝った。
 「とりあえず、今夜は遅いから、明日、ギルド協会でどうだ?」
 「わ、分かりました。では明日お伺いさせていただきます」
 セインは頭を下げてその場から去って行った。
 俺はその後ろ姿が見えなくなったのを確認して、
 「マジかぁ・・・・・・。俺、話しかけづらいんだぁ・・・・・・」
 夜空を見上げて、呟いた。
 
 
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