僕の患者に迫られています 年下バスケ選手のファストブレイク(速攻)

羽多奈緒

文字の大きさ
3 / 24

3. 凸凹コンビの出発(前編)

しおりを挟む
 今日は翔琉かけるの術後初受診だ。樹生いつきは、初めて会った時の彼を思い出していた。
「手術前後にできるメニュー、教えてもらえませんか? 練習できなくて暇ですし、少しでも衰えを食い止めたいんで」
 一度は険悪な雰囲気になった相手に自ら教えを乞うとは。驚いて彼を見ると、真っ直ぐな強い眼差しで見つめ返された。その瞳は、純粋に怪我を治したい必死さだけを滲ませていた。膝を痛めている人向けの筋トレメニューを説明するパンフを渡して、やり方を説明したが、彼はどのくらいやっているだろうか。

 Tシャツに半ズボン、キャップ姿の長身の彼がクリニックに姿を見せるや否や、女性たちは、うっとり彼を眺めている。
(どんな服装でも見栄えするんだから、イケメンは得だよな)
 苦笑を素早く営業スマイルに着替え、樹生は愛想よく話し掛ける。
「岡田さん、こんにちは。手術はうまく行ったと伺ってますが、痛みや腫れはないですか?」
「直後は少し。でも、過去やったことがある他の怪我と比べて極端に痛いとかは」
 翔琉は殆ど表情も変えず言葉少なに答える。
「じゃあ、膝を見せてもらえますか?」
 樹生の指示に無言で頷き、翔琉は注意深く左膝のサポーターを外した。
「触りますね」
 明るい声をあげながらも樹生の目は真剣だ。私情は全て脳裏から吹き飛んだ。注意深く、まず左膝のお皿に触れる。よく揉みほぐされていて、柔らかい。このケアを怠ると、患部が固くなることがあるのだ。良好な経過に頷きながら、次は回復を測るバロメーターとなる筋肉量のチェックだ。最も減りやすい左太腿の前側の筋肉に触れ、怪我していない右脚とも比べる。思わず声が出た。
「すごい。膝前十字靭帯断裂で、こんなに大腿だいたい四頭筋しとうきんキープできてる患者さん、初めて見た。術前にお渡しした筋トレメニュー、どれくらいやってました?」
 樹生の誉め言葉にもニコリともせず、翔琉は無言で持参したノートを差し出した。日々のトレーニング内容や体調、体重や体脂肪率の推移が事細かに記録されている。樹生は感嘆の溜め息をもらした。
「こんな真剣にやってたんですね。しかも記録もしっかり付けてる。すごいなぁ」
「まぁ、いつもやってることなんで。俺、ちゃんとリハビリできてますかね?」
 二度目の誉め言葉には一瞬照れ臭そうな表情を浮かべたが、一番に自分のやったことが正しいか確かめたがる。目的志向が強いのだろう。
「ええ。こんなに筋肉量が減ってない患者さんは珍しいです。頑張りましたね」
「……良かった。ちゃんとできてるか不安だったんで、褒めてもらえて嬉しいス」
 はにかんだように笑みを見せた翔琉の左頬には、小さなえくぼができた。
「新しいメニューもやってみましょうか」
 樹生の太鼓判に表情を和らげた翔琉は、素直に指示に従い横たわった。しかし、長身の彼はリハビリ用のベッドから大幅にはみ出てしまう。肩幅も広いので、いかにも窮屈そうだ。小人の国に来たガリバー状態に、周りの女性患者たちがクスクス笑う。
「……岡田さんの身長って、確か百九十センチでしたっけ」
「いや、そこまでないっす。百八十九ですかね」
「一般人にとっては一センチ程度は誤差だから、『その身長だったら百九十で良いじゃん』って言うところですけど。バスケ選手にとって一センチは大きな違いですよね」
 翔琉は、その通りだと言わんばかりに深く頷いている。
「このベッド、岡田さんには小さすぎますね。あっちに移動しましょう」
 樹生は、リハビリルームの床に直に敷かれたクッション性の高い水色のマットを指差す。
(ここに寝てもらうしかないけど、彼の上に僕が乗っかるのかぁ……。大柄な患者さんは久しぶりだから、忘れてた。僕、汗とか大丈夫かなぁ? さっき拭いてきたつもりだけど)
 ベッドなら、脇に立った状態で患者に触るのだが、床に直に敷かれたマットでは、患者を跨いで上に乗ることも多い。樹生は俄かに湧いてきた手汗をズボンのお尻で拭いた。
 翔琉は現役バリバリのトップアスリートだ。試合中はコートを全速力で数十分以上走り回り、飛び上がり、身体を張ってボールを奪い合う。そのために鍛え上げられた筋骨逞しい身体を前に、スポーツマンが好きなゲイの樹生に『何も感じるな』というほうが無茶というものだ。
「じゃあ、まずストレッチから。膝の前に、腰と股関節を少し動かしましょう。健側けんそくの右から。まず、右膝を九十度に曲げて、胸に引き寄せるように持ち上げて。……良いですね。そのまま、脚を左に倒してください。……少し押しますね」

 理学療法士は、怪我や病気、加齢による運動障害に対し、器具や運動を用いたリハビリテーションを支援する専門職だ。機械を使った施術もあるが、身体の触れ合いは、機能的な効果のみならず、患者さんとの信頼関係を築くうえで大きな役割を果たす。キャリア六年目の樹生は、それを熟知していた。苦痛に悩む患者を心技体で助けるこの仕事に、彼は誇りを持っている。
 声を掛け、彼の脚を跨いで膝立ちになり、肩と膝に掌を置き、ねじりを促す。翔琉の肩には、程良く弾力のある筋肉が盛り上がっている。引き締まった筋肉の感触に、樹生の脳内はお花畑になりかける。
(うわっ。やっぱ良い身体してるなぁ……)
「……次は、脚を右側に倒して、股関節をストレッチしましょう」
 翔琉の逞しい腿に挟まり、軽く覆い被さるように、再び肩と膝を押す。直接触れているのは彼の肩と自分の掌、膝と膝だけだ。しかし、吐息もかかるし、身体の温もりも遠赤外線のようにじわじわ伝わってくる。
(……あぁ、岡田さん、一重かと思ってたけど、奥二重なのか。これくらいが男らしくて凛々しくて良いよねぇ……。いやいや! 患者さんの顔で態度変えるなんてダメだろ!)
 ルックスの良い男性を前に、樹生の脳内は非常に騒がしかったが、自分の仕事に集中することで、どうにか欲望をコントロールした。普段より淡々としていたほどだ。的確な指示を簡潔に出し続ける樹生の態度は、むしろプロらしく信頼できると翔琉は感じたらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

期待の名探偵の頭脳は、俺に全振りされている。

さんから
BL
高校生探偵後輩×漫画描き先輩 部活の後輩・後生掛 清志郎は、数々の難事件を解決してきた期待の名探偵だ。……だけど高校に入学してから探偵の活動を控えているらしく、本人いわくその理由は俺・指宿 春都にあると言う。 「俺はイブ先輩だけに頼られたいし、そのために可能な限りあなたの傍にいたいんですっ」 いつもそう言って、しょうもないことばかりに推理力を使う後生掛。頭も見た目も良いコイツがどうして俺に執着してるのかが分からなくて──。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

藤吉めぐみ
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布
BL
ウブで堅物な極道若頭×明るいわんこ系看護師

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

処理中です...