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11話
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夜になってリビングで瑞貴が茜と格闘ゲームで対戦していると、瑞貴の携帯に、耕太からのメールの着信を告げる音が鳴り響く。
「何?」
横から覗きこんでくる茜から画面を遠ざけようとすると、腕を掴まれてしまう。
「どうして隠すの」
抵抗するだけ無駄だと悟った瑞貴は、大人しく茜に携帯の画面を見せる。
「耕太からだよ。男同士の話があるから家に来いってさ」
「私も行く」
「ダメだよ……」
ついてくる気満々の茜を、瑞貴は押しとどめる。
何の話かは知らないが、わざわざ「男同士」って書いてくるということは茜を連れてくるなという意味の暗号なのは間違いない。
「ミズキ、分かってるの? 耕太の家に今何がいるのか」
琴葉のことだろう、と瑞貴はすぐに連想する。
まだ警戒しているのだろうか。
「でも、見境なく手を出す人じゃなさそうだよ」
「顔、腫れてた」
思わず、瑞貴は腫れの引いた頬をさする。
思い出すと、まだ痛い気がしてくる。
「ミズキに痛い事するなんて、許せない。絶対そんな奴のとこ、行っちゃダメ」
そういえば。綾香や琴葉は結構躊躇なく拳で語るのに茜は、そういうことをしてこないな、と瑞貴は気付く。
人間やこっくりさんより暴力的じゃない赤マントというのも、なんだか矛盾を感じる気が瑞貴にはする。
本来は、逆であるべきなのではないだろうか。
勿論、茜に叩いて欲しいと瑞貴が考えているわけでは断じてない。
「それともミズキは、叩かれるのが好きなの?」
「え」
「私はミズキに痛いことしたくないけど。でも、ミズキがその方がいいって言うなら」
「言わないから。平和的な茜のままでいてください。お願いですから」
瑞貴には、そんな趣味は無い。
というか、瑞貴は別に琴葉に叩かれたくて行くわけではないし、会いに行くのは耕太なのだ。
「あー、まあ、うん。じゃあ行ってくるね、茜」
「ミズキ」
茜は、瑞貴を思い切り睨みつける。
今の話題変わったドサクサで行けるかと思ったりもしたのだが、そんなに茜は甘くないらしい。
「こっくりさん相手に油断しちゃダメ。あいつらの武器は言葉なんだから」
口が上手い……って意味じゃないんだろうな、と瑞貴は考える。
「うん、分かった。気をつけるよ」
「それじゃ足りない。常に気を張って」
こう言うという事は、1人で行くのは許してくれているのだろうか、と瑞貴は安堵の溜息をつく。
「分かったよ、茜。じゃあ、行ってくる」
「私も行くってば」
「あれ、今行くの許してくれる空気じゃなかった?」
「言ってる意味わかんない」
茜と問答すること、5分弱。
むくれた茜をそのままに、瑞貴はリビングを出る。
「何かあったら、すぐ電話するんだよ。すぐに行くから」
そんな茜の声が、瑞貴の背に投げかけられる。
少々心配性気味な気はするが、瑞貴の口元は自然と緩んでしまっている。
茜が純粋に心配してくれている事実が、瑞貴にはたまらなく嬉しかった。
「分かってるよ、茜」
そんな気持ちがバレないように適当に返事をしながら、瑞貴は耕太に連絡しようと携帯を取り出して……ふと思いついてアドレス帳を開いてみる。
「あ、やっぱり」
瑞貴の携帯からは、また綾香のアドレスが消えていた。いつの間に消されたのだろう。また消えたと言ったら、茜は容赦なく瑞貴に蹴りをいれてくるだろう。
「うーん、向こうに行ったら耕太に綾香のアドレス教えて貰わないとなあ」
さて、何と説明したものか。
悪友に言い訳を考えながら、瑞貴は夜道を歩く。
ちなみに、耕太の家は歩いて3分もかからない。
屋根の上の影法師に会釈すると、瑞貴は玄関の呼び鈴を推す。
「よぉ、瑞貴」
「いつもなら来るくせに、珍しいね」
瑞貴の軽口に、耕太は頬をカリカリと掻く。
「まあ、な。いいから入れよ」
久しぶりの耕太の家は、昔とちっとも変わらない。
強いていえば、各地のペナントコレクションが増えているくらいだろうか?
昔は、それぞれの家にローテーションで遊びに行ったものだった。
「いらっしゃい、遠竹君」
居間に入ると、座椅子に座ったジャージ姿の琴葉が旅番組を見ていた。
適度にだらけた姿は、全く違和感がない。
瑞貴ですら、昔からそうであったような感覚を味わっていた。
世界が、琴葉を組み込んだ事による違和感の喪失。
琴葉が居る事を前提に組み替えられた世界。
そういえば、前からこうだったなあ、という在る筈の無い感覚。
流石に茜に続けて二度目ともなれば瑞貴にも驚きは無いが……それすらも、あるいは世界に修正された感覚なのだろうか。
「あ、こんばんは琴葉さん」
「じゃあ姉貴。俺2階行ってるからよ」
「ありがとうございます、耕太」
そそくさと居間を出て行こうとする耕太の肩を、瑞貴が慌てて掴む。
「ちょっと、何処行くんだよ」
「あー……悪いな瑞貴。姉貴からの電話じゃ茜が行かせないだろうって言うからよ」
そういう事か、と瑞貴は納得する。
今まで耕太は一人っ子だから分からなかったが、どうやら姉という存在には頭が上がらない男だったようだ。
琴葉がこちらに来なければ分からなかった事実。
不思議な感覚だ、と瑞貴は思う。
そのまま居間を出た耕太が階段を上がっていく音を確認すると、琴葉は自分の隣の座布団を瑞貴に勧めてくる。
促されるまま座ると、琴葉はテレビの画面を消して向き直る。
その姿が妙に馴染んでいて、瑞貴は肩の力が抜けていくのを感じる。
「ごめんなさいね、遠竹君。驚いたでしょう」
「あ、いえ、驚きはしましたけど」
そんな瑞貴の様子を見ながら、琴葉はクスリと笑う。
「そんなに警戒しなくてもいいんですよ? ちょっとお話したかっただけなんです」
そう言われても、さっき茜に言われたばかりの瑞貴としては、警戒するなというのは無理がある。
瑞貴の様子をしばらく見ていた琴葉はふぅ、と溜息をひとつ。
「まあ、いいでしょう。本題に入りますね」
「本題……ですか?」
2人の間の共通で、耕太に聞かせられない話……というと、一つしかない。
「茜……のことですよね?」
「イエス、話が早くて助かります」
どうぞ、と瑞貴に煎餅を勧めてくる琴葉。
瑞貴がやんわりと断ると、琴葉は少し残念そうな顔をする。
「あの赤マント……茜さんのことですが。彼女は、ボクの知る赤マントとは随分違います」
それは、ダストワールドで琴葉が言っていたことだ。
だが瑞貴はそれは、茜が人殺しをするような赤マントとは違う……という意味だと思っていた。
「違いすぎる……というのが正直な感想です。匂いは確かに赤マントです。実際会って、それは確信しました」
「はい、僕も茜が赤マントを着てるのは見たことありますし……自分で赤マントって言ってました」
それを聞いて琴葉は、あの教室でした時のように腕を組み、天井を見上げる。
「……遠竹君。赤マントがどういうものか、知っていますか? 茜さん以外で、です」
「いえ。危ないモノだってことと……茜が知っている限りではもう一人居るってことを、茜から聞いたくらいです」
隠す事でもないので、瑞貴は正直に答える。
茜は、自分を特殊な赤マントだと言っていた。
つまり、瑞貴は本来の赤マントがどういうものかを知らないのだ。
「何?」
横から覗きこんでくる茜から画面を遠ざけようとすると、腕を掴まれてしまう。
「どうして隠すの」
抵抗するだけ無駄だと悟った瑞貴は、大人しく茜に携帯の画面を見せる。
「耕太からだよ。男同士の話があるから家に来いってさ」
「私も行く」
「ダメだよ……」
ついてくる気満々の茜を、瑞貴は押しとどめる。
何の話かは知らないが、わざわざ「男同士」って書いてくるということは茜を連れてくるなという意味の暗号なのは間違いない。
「ミズキ、分かってるの? 耕太の家に今何がいるのか」
琴葉のことだろう、と瑞貴はすぐに連想する。
まだ警戒しているのだろうか。
「でも、見境なく手を出す人じゃなさそうだよ」
「顔、腫れてた」
思わず、瑞貴は腫れの引いた頬をさする。
思い出すと、まだ痛い気がしてくる。
「ミズキに痛い事するなんて、許せない。絶対そんな奴のとこ、行っちゃダメ」
そういえば。綾香や琴葉は結構躊躇なく拳で語るのに茜は、そういうことをしてこないな、と瑞貴は気付く。
人間やこっくりさんより暴力的じゃない赤マントというのも、なんだか矛盾を感じる気が瑞貴にはする。
本来は、逆であるべきなのではないだろうか。
勿論、茜に叩いて欲しいと瑞貴が考えているわけでは断じてない。
「それともミズキは、叩かれるのが好きなの?」
「え」
「私はミズキに痛いことしたくないけど。でも、ミズキがその方がいいって言うなら」
「言わないから。平和的な茜のままでいてください。お願いですから」
瑞貴には、そんな趣味は無い。
というか、瑞貴は別に琴葉に叩かれたくて行くわけではないし、会いに行くのは耕太なのだ。
「あー、まあ、うん。じゃあ行ってくるね、茜」
「ミズキ」
茜は、瑞貴を思い切り睨みつける。
今の話題変わったドサクサで行けるかと思ったりもしたのだが、そんなに茜は甘くないらしい。
「こっくりさん相手に油断しちゃダメ。あいつらの武器は言葉なんだから」
口が上手い……って意味じゃないんだろうな、と瑞貴は考える。
「うん、分かった。気をつけるよ」
「それじゃ足りない。常に気を張って」
こう言うという事は、1人で行くのは許してくれているのだろうか、と瑞貴は安堵の溜息をつく。
「分かったよ、茜。じゃあ、行ってくる」
「私も行くってば」
「あれ、今行くの許してくれる空気じゃなかった?」
「言ってる意味わかんない」
茜と問答すること、5分弱。
むくれた茜をそのままに、瑞貴はリビングを出る。
「何かあったら、すぐ電話するんだよ。すぐに行くから」
そんな茜の声が、瑞貴の背に投げかけられる。
少々心配性気味な気はするが、瑞貴の口元は自然と緩んでしまっている。
茜が純粋に心配してくれている事実が、瑞貴にはたまらなく嬉しかった。
「分かってるよ、茜」
そんな気持ちがバレないように適当に返事をしながら、瑞貴は耕太に連絡しようと携帯を取り出して……ふと思いついてアドレス帳を開いてみる。
「あ、やっぱり」
瑞貴の携帯からは、また綾香のアドレスが消えていた。いつの間に消されたのだろう。また消えたと言ったら、茜は容赦なく瑞貴に蹴りをいれてくるだろう。
「うーん、向こうに行ったら耕太に綾香のアドレス教えて貰わないとなあ」
さて、何と説明したものか。
悪友に言い訳を考えながら、瑞貴は夜道を歩く。
ちなみに、耕太の家は歩いて3分もかからない。
屋根の上の影法師に会釈すると、瑞貴は玄関の呼び鈴を推す。
「よぉ、瑞貴」
「いつもなら来るくせに、珍しいね」
瑞貴の軽口に、耕太は頬をカリカリと掻く。
「まあ、な。いいから入れよ」
久しぶりの耕太の家は、昔とちっとも変わらない。
強いていえば、各地のペナントコレクションが増えているくらいだろうか?
昔は、それぞれの家にローテーションで遊びに行ったものだった。
「いらっしゃい、遠竹君」
居間に入ると、座椅子に座ったジャージ姿の琴葉が旅番組を見ていた。
適度にだらけた姿は、全く違和感がない。
瑞貴ですら、昔からそうであったような感覚を味わっていた。
世界が、琴葉を組み込んだ事による違和感の喪失。
琴葉が居る事を前提に組み替えられた世界。
そういえば、前からこうだったなあ、という在る筈の無い感覚。
流石に茜に続けて二度目ともなれば瑞貴にも驚きは無いが……それすらも、あるいは世界に修正された感覚なのだろうか。
「あ、こんばんは琴葉さん」
「じゃあ姉貴。俺2階行ってるからよ」
「ありがとうございます、耕太」
そそくさと居間を出て行こうとする耕太の肩を、瑞貴が慌てて掴む。
「ちょっと、何処行くんだよ」
「あー……悪いな瑞貴。姉貴からの電話じゃ茜が行かせないだろうって言うからよ」
そういう事か、と瑞貴は納得する。
今まで耕太は一人っ子だから分からなかったが、どうやら姉という存在には頭が上がらない男だったようだ。
琴葉がこちらに来なければ分からなかった事実。
不思議な感覚だ、と瑞貴は思う。
そのまま居間を出た耕太が階段を上がっていく音を確認すると、琴葉は自分の隣の座布団を瑞貴に勧めてくる。
促されるまま座ると、琴葉はテレビの画面を消して向き直る。
その姿が妙に馴染んでいて、瑞貴は肩の力が抜けていくのを感じる。
「ごめんなさいね、遠竹君。驚いたでしょう」
「あ、いえ、驚きはしましたけど」
そんな瑞貴の様子を見ながら、琴葉はクスリと笑う。
「そんなに警戒しなくてもいいんですよ? ちょっとお話したかっただけなんです」
そう言われても、さっき茜に言われたばかりの瑞貴としては、警戒するなというのは無理がある。
瑞貴の様子をしばらく見ていた琴葉はふぅ、と溜息をひとつ。
「まあ、いいでしょう。本題に入りますね」
「本題……ですか?」
2人の間の共通で、耕太に聞かせられない話……というと、一つしかない。
「茜……のことですよね?」
「イエス、話が早くて助かります」
どうぞ、と瑞貴に煎餅を勧めてくる琴葉。
瑞貴がやんわりと断ると、琴葉は少し残念そうな顔をする。
「あの赤マント……茜さんのことですが。彼女は、ボクの知る赤マントとは随分違います」
それは、ダストワールドで琴葉が言っていたことだ。
だが瑞貴はそれは、茜が人殺しをするような赤マントとは違う……という意味だと思っていた。
「違いすぎる……というのが正直な感想です。匂いは確かに赤マントです。実際会って、それは確信しました」
「はい、僕も茜が赤マントを着てるのは見たことありますし……自分で赤マントって言ってました」
それを聞いて琴葉は、あの教室でした時のように腕を組み、天井を見上げる。
「……遠竹君。赤マントがどういうものか、知っていますか? 茜さん以外で、です」
「いえ。危ないモノだってことと……茜が知っている限りではもう一人居るってことを、茜から聞いたくらいです」
隠す事でもないので、瑞貴は正直に答える。
茜は、自分を特殊な赤マントだと言っていた。
つまり、瑞貴は本来の赤マントがどういうものかを知らないのだ。
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