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双子と家庭教師

2章 双子の秘密

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(やばいです!言い逃れの出来ない場所に逃げ込んでしまいました!)
すのこ状にシマシマの光を漏らすお洒落で、無防備なクローゼットの扉に

腹を立てつつ自分の浅はかさに頭が痛くなりました。

(どうか、気付かれませんように!)
息を殺して外の様子を伺っていると、目元を拭いながら部屋に入って来た鈴音ちゃんを、蓮音くんが慰めているようです。

「ねぇ、どうしたの?」
「…レオン、ぼくはいつまで女の子のフリすれば良いんだろう」
「?!リオン!」
蓮音くんが慌てて辺りの様子を伺い扉を閉めてました。鈴音ちゃんが目を赤くしながらスカートをギュッと両手で握りしめています。

「さっきお母さんが『お嫁に行ったら』って言ってたけど、大人になる迄かな」
「…リオン。女の子のフリをするのは、もう嫌なんだろ?」
握りしめた手を掴み、蓮音君が顔を覗き込みます。

「うん」と、小さく頷いた鈴音ちゃんは不意にしゃがみこむと
顔を膝の間に埋めて声を絞り出す様に言いました。

「でも…きっとお母さんは、ぼくが男の子に戻るの許してくれないよ」
「……そうだね」
「男の子のぼくは、きっともう要らないんだ……」
「そんな事ないよ!!」
蓮音君に肩を掴まれた鈴音ちゃんは、顔を上げると震える声で小さく叫びました。

「じゃあどうしてっ!ぼくに女の子のフリをさせるんだよ!」
緑がかった宝石の様な瞳から、大粒の涙がポロリポロリと零れ落ちました。
蓮音くんが覆いかぶさる様に鈴音ちゃんを抱きしめ、しばし二人でさめざめと
涙を流しました。

蓮音君がぽつりと呟きました。。
「ねぇ…リオンが居なくなった時、お母さんがどうするのか試してみようか」
「……え?」
「お母さんの気持ちを試してみようよ。本当にリオンが要らない子なら
その時はぼくと一緒に家を出よう」

はっ!として顔を上げた鈴音ちゃんはしばし蓮音君見つめると
ぎこちない笑顔を見せました。
「ありがとう……レオン」
「じゃあ…夕食の時にーーー」
コンコン!

こそこそ話をしていた途中に,、いきなりノック音がして二人が固まりました。

「だ、誰?」
「あ、ごめんね青井だけど」
「…大和兄ちゃんだ」

二人は一斉に目を拭い出すと、お互いに目を合わせてから蓮音君が扉を開けました。
「勉強の続き…始めるの?」
「それなんだけどね、いま奥様と話し合って台風が酷くなりそうだから
今日はもう終わりにしようって話になったんだ」

三人はしばし顔を見合わせた後、双子が同時に、えーーーっ!!と
叫び声を上げました。
「やだやだやだ!兄ちゃん帰るの?」
「今日はもっと遊べる日でしょ!まだ帰らないでよ!」

ぴょんぴょん跳ねる双子達を見ながら、困った顔をした青井さんが

「とにかく皆で奥様の所に行こうか」と騒ぐ双子を階下に連れて行きました。

(は!今こそ脱出の時です!!)
足音が遠くなったのを確認し、クローゼットから這い出した私は無事に双子の部屋を抜け出すことに成功しました。

(まさか鈴音ちゃんが男の子だったなんて!大変な秘密を聞いてしまいました)

やっとの思いで探し当てた弥乃伊ちゃの部屋に戻り、安堵すると共に自責の念が
私に重くのしかかりました。


17:00


薄い本を読んでいて私が戻って来ない事をすっかり忘れていた弥乃伊ちゃんは
未だに黙々と本を読みふけっては時折不穏な笑みを浮かべています。

(双子達は、夕食の時にって言ってましたね…何かあるのでしょうか)
朝より一層酷くなった雨が窓硝子を小刻みに叩き時々キシキシと音を立てています。ぼーっと先ほどの事を考えていると、扉をノックする音がして
弥乃伊ちゃんが慌てて本を紙袋の中に隠しました。

「弥乃伊さん?ちょっと良いかしら」
美枝さんの何やら慌てた様な声が扉の外から聞こえます。
ベッドの下に紙袋を押しやった弥乃伊ちゃんが扉を開けました。

「美枝さん?どうしました?」
「いま連絡があって、弥太郎さんもお義父様もこの台風で家に帰れないんですって」
「え?!お父さんとお爺様が?台風そんなに酷いんだ」
「えぇ、雨風が酷くて雷まで鳴っていて…」
美枝さんが言い終わる前に大きな雷鳴が響き渡り
「ひゃっ!」と思わず肩を竦めます。

「……それで電車にも落雷したみたいで本日中の復旧が難しいそうよ」
弥乃伊ちゃんが不意に携帯を取り出し「あ、お父さんからメール来てた」と呟きました。

「青井先生と民子さんと運転手さんも帰れないから、本日はお泊り頂こうかと思うんだけど大丈夫かしら?」
一応弥太郎さんには連絡したんだけど…と美枝さんが続けました。

「わかった!お爺様には私が連絡しておくね」
ほっとした表情をする美枝さんに弥乃伊ちゃんが力強く言いました。
「真婦留さんはお泊まりの予定ですものね」
「あ、はい。不幸中の幸いと言いますか」
えへへと笑いながら答えましたが、直後の雷の音にまた肩を竦めました。

(あ、でも青井先生も泊まるんだ…鈴音ちゃんも蓮君も喜んで元気になると良いな)
恐ろしい雷の音から癒されたくて、双子達が青井さんとじゃれあっている様を想像してニヤリと笑いました。

それではまたご夕飯の時に…と美枝さんが去って行ったのを確認して
弥乃伊ちゃんに話しかけました。

「ねえねえ、さっき蓮音君が青井さん結婚したいって言ってたけど
姉としてどう思いますか?」
「え?そうねぇ…微笑ましいと思ったかな」
「鈴音ちゃんも言ってましたね」
「うーん。鈴音ちゃんは美女に育つだろうし、大人になってから本気で迫ったら
結婚できちゃうかもね」

「蓮音君も美男になりますよね。絶対に」
「美男美女に取り合われる、純朴青年…美味しいわ」

ニヤリと笑いあってから、いやいや!身内で妄想するのは駄目よ!と頭を振っています。

(弥乃伊ちゃんは、鈴音ちゃんの事を女の子だと思ってるみたいですね。家族も知らない秘密を知ってしまうなんて……この事実は絶対に他言しないようにします)


*****


18:00


美枝さんにそろそろ夕飯ですと告げられ、私達は階下のダイニングルームに向かいました。双子と青井さん達がほぼ同時刻に入って来てそれぞれ席に着くと、民子さんと美枝さんが次々にご飯を運んで来てくれました。

「青井先生、本日お泊りなるんですね」
「はい、お世話になります。ご夕飯まで頂く事になって……ご迷惑をおかけします。」

申し訳なさそうに弥乃伊ちゃんに会釈をする青井さん。

「いえいえ、父も祖父も居ないので心強いです!ところで二人とも今日はやけに静かね」

はしゃぎ回っていると思った双子が、やけに静かに席に座っているのを見て
弥乃伊ちゃんが驚きの声を上げました。

「本当に大人しいわね。どうかしたの?雷怖かった?」
席に着いた美枝さんが二人の様子を伺います。

「…別に…お腹すいただけ」
「うん…早く食べようよ」
「そう?じゃあいただきましょうか」

(ついに夕飯の時になってしましたね…先程の蓮音くんの言葉が気がかりですが)
俯きがちな鈴音ちゃんと、座った足をぶらぶらさせる蓮音君は、静かと言うより何処か落ちつかない様子です。

「今日はどんな事習ったの?」
「……算数のわり算と、漢字」
「二人とも覚えるのが、とっても早いんですよ。将来が楽しみですね」
青井さんが双子を見ながらにっこりと微笑むと、二人とも先ほどの緊張が解れたのか口元を少し緩めました。

「将来といえば、青井先生は学生さんでしたよね?就職はどちらに?」
「教えるのが好きなので教師を目指しているのですが…なかなか難しくて」
「あら!青井先生なら生徒に好かれる先生になりそうですね!」

美枝さんと弥乃伊ちゃんが楽し気に話しているので、先ほどより幾分か雰囲気が柔らかくなっています。

「将来と言えばさっきハンナと、鈴音ちゃんと蓮音君は絶対に美男美女になるよね!って話をしていたの」

(!!?)

「そうねぇ…大人になる迄に鈴音はもう少し女の子らしくしないとね。
今は小学生だから良いけど……」
「…」
黙りこくる鈴音ちゃんとそれを心配そうに見守る蓮音君。場は先ほどより緊張感が生まれた様に感じるのは、私があの秘密を知ってしまったからでしょうか。

(というか、美枝さん。さすがに女の子アピールし過ぎではないですか?)

慌てて私も口を開きました。
「あの…お二人とも人を惹きつける魅力的な子ですし、え~…焦らずとも
時が経つに連れ年相応に洗練されて行きますよ。ところでこのスープ美味しいですね」
(なんとか性別の話から話題がそれればよいのですが……)

「まあ!ありがとう。鈴音も真婦留さんみたいな人に気を使える素敵な女性に…」

バン!
鈴音ちゃんがテーブルを両手で叩きつけました。
振動でフォークが跳ねて床に転がり無機質な金属音が響いています。
「お母さんなんかっ…大っ嫌いだ!」

蹴飛ばす様に椅子から降りた鈴音ちゃんは、
泣きながらダイニングルームから飛び出して行きました。

「リンネ!…ぼくが、連れ戻してくるよ」
続いて蓮音君が立ち上がったと思うと、あっと言う間に出て行ってしまいました。
突風が吹き抜けて行った様な状態に、残された私達はしばし全員放心状態です。

「奥様!坊ちゃんが外に飛び出して行きました!!」

キッチンから駆け込んで来た民子さんの言葉で皆、一斉に我に返ると
いち早く美枝さんが双子の名前を呼びながら一目散に玄関へ走って行きました。

「私達も探しに行きましょう!台風の中で遠くへ行ったら大変です」
美枝さんに続いて、私たちも雨風雷の吹きすさぶ夕闇の山の中へ、鈴音ちゃんを捜しに飛び出しました。


19:00


外は予想以上に荒れていて、雷鳴が時折り鳴り響いています。
木々が恐ろしい程に蠢いていて、こんな中外に飛び出して行った鈴音ちゃんは
今頃、風に飛ばされて行ってしまったのではと疑う程でした。

「鈴音~~!!!!蓮音~~~!!!!どこにいるの!!!」
髪を振り乱し、半狂乱になっている美枝さんを見ながら
気の毒と思う反面、少しばかりの不満が湧いてきました。

(鈴音ちゃんがあんなに怒ったのは、美枝さんの度重なる女の子扱いのせいですよ
10歳の少年にストレスをかけ過ぎです!) 

その間にも日はどんどん傾いていき、墨汁を流したかの様なまっ暗闇が辺りを包みこんでいきます。一層酷くなる冷たい雨が、頭や肩にしきりに打ち付けてきて目を開けていられない程です。

「鈴音ちゃんも蓮音君もいないよ…どうしよう?」
弥乃伊ちゃんが半泣きの声で私に駆け寄ってきたその時、青井さんに向かって小さな影が茂みから飛び出てきたかと思うと、そこにはぐずぐずに泣いた蓮音君がその場に立っていました。

「蓮音君!!」

「蓮音、大丈夫!?怪我しなかった?」
すかさず美枝さんが青井さんを押しのけ蓮音君に駆け寄りました。

「鈴音は?鈴音は見つけたの??」
矢継ぎ早に質問を投げかけ、肩を掴んで揺さぶっています。その剣幕に怯んだのか蓮音君が一歩後ずさりました。

「リンネ…黒い大きな車に乗せられて行っちゃった」

全員がその言葉にビクッと体を強張らせ、耳を傾けました。

「く、車?どう言う事?蓮音が見たの?」
「うん……見た、けど追いつけなかった」
「そ、そんなぁ」
口元を手で覆いながら足の力が抜けた美枝さんが地面にへたり込みました。

「とにかく、一旦戻って警察に…」と言いかけた所で、お屋敷の方向から硝子が割れたような大きな破裂音が聞こえ、私達は一斉に振り返りました。

「ひゃっ!なんでしょう??」
「さぁ、風で窓硝子が割れたのかな…」
「ハンナぁ~!怖いよ」
いつの間にか本当に泣きはじめた弥乃伊ちゃんを慰め、青井さんは美枝さんに肩を貸しつつ全員でお屋敷に戻る事にしました。



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