それは突然に

うめ吉

文字の大きさ
上 下
6 / 10

5.伝えられない想い

しおりを挟む
天気予報を見てくればよかったと、俺は今になって後悔していた。
あたり一面水溜りだらけだ。土砂降りの雨とはまさにこの事だろう。すっかり全身濡れてしまった服をタオルで拭きながら、どうでもいい思考を巡らせていた。
今日は俺の奢りで早瀬と飲みに行くため、いつもの行きつけのバーで待ち合わせになっていた。この前、仕事を手伝ってくれたお礼にということだったが、まさか、店に行く途中でこんなに雨が降り出すとは思っていなかった。

ーーガラガラッ

「いらっしゃいませ。あら、秋人くん。ずぶ濡れじゃない」

お店のママが驚いた表情でこっちを見たかと思うと、急いでタオルを取り出しカウンターから手渡してくれた。

ここは俺の行きつけのスナックバーで、いつもカウンター越しから変わらない笑顔でお店のママ、京子さんが迎えてくれる。落ち着いた内装で、包み込まれるような安心感を与えてくれるここのお店の雰囲気は、京子さんの人柄を表しているように思う。その為、お客さんも多種多様で、いろんな悩みを持った人達が男女問わず京子さんのところへ足を運ぶ。俺もそんな一人になっている。他にはない俺の居場所だ。

「ありがとう。京子さん」
「今日は思いっきり天気予報雨だったぞ」
すかさず早瀬の余計な一言が聞こえたので、笑顔で返事をした。

「ちょっと黙ってくれるかな。早瀬」
「おーこわー。顔が笑ってないし」
そういいながらも早瀬の表情は実ににこやかだ。カウンターに座っている早瀬の隣に腰を降ろす。

「なんか早瀬って、なんも悩み無さそうだよな」
「なになに?急に。なんかあったの?」
「別にどうって訳でもないよ」
「いや。その感じは絶対なんかあったな」
「...」

バレてる。早瀬は勘が鋭い。前そんなことを話したら「お前がわかりやすいんだよ」って言われたのをふと思い出した。そんなはずはないと俺は断固として否定したが。
この前の出来事と蓮とのやりとりを早瀬に話した。

「へー。偏見とかないならチャンスありそうじゃん」
「そんな簡単なことじゃないだろ」
「そうか?人生何が起きるかわからんよ」
「明らかにダメになる可能性のが高いだろ。そんなリスク背負って粉砕したくないっつーの」
「まず、ゲイだって打ち明けてみたら?理解はしてくれるっしょ。そこからあわよくばー、みたいな?」
「無理」

そんな軽々告白できたらどんなにいいことか。きっと、一度打ち明けてしまったら、この想いを隠し通す自信はない。

「ずっと一人でいるつもりなの?」
話しを聞いていた京子さんが、ふと質問をする。

「そう...なるのかな」
俺はぽつりと呟いていた。
しおりを挟む

処理中です...