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脱走①(フェリクス視点)
「ソフィアが……いなくなった?」
その衝撃的な言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのはゼウスの言葉だった。
『たとえ今、お前にソフィアを奪われたとしても、僕は絶対に取り返してみせる』
まさか、ゼウスが──?
その最悪な事態を想像したが、騎士の話を聞くとそうではなかった。
「ソフィアが自ら出て行った?」
「はい。ソフィア様のお部屋に第三者が侵入した痕跡はありませんでした。窓のそばの柱にロープがくくりつけてあり、それが一階まで届いていました。おそらくそのロープを伝い、下までおりたのかと」
ソフィアの部屋は三階だ。
彼女は一体何を考えているのか。
「そしてソフィア様のお部屋に、国王陛下へのお手紙が残されていました」
騎士はそう言うと懐から白い封筒を取り出した。
「こちらです」
騎士が手渡してきた封筒の筆跡は、確かにソフィアのものだった。
『親愛なるフェリクス陛下へ
貴方の命令を守らず、勝手に宮殿を出る事をどうかお許し下さい。
今の貴方にとって、私の存在は邪魔になる。
私がフェリクス陛下のおそばにいる限り、貴方は過去の苦しみに囚われたままになります。
私は貴方を苦しめたくはないのです。
優しい貴方は私に情けをかけて、宮殿内にとどめて下さった事を本当に感謝しています。
書くべきなのか迷ったのですが、最後なので本心を記す事をどうかお許し下さい。
七歳の頃、大切なぬいぐるみを義母に壊され、物置小屋で一人泣いていた私を貴方は助けてくれました。
あの時、私は貴方に恋をしました。
それ以降私はずっと貴方だけをお慕いしております。
義兄に対する恋心など、ある筈がありません。
これほどまでに愛せるのは貴方だけ。
私は貴方の幸せをいつも願っています。
追伸
ミィは一緒に連れて行く事が出来ないので、どうかお世話をお願いします』
私は震える手で便箋を封筒に戻すと懐にしまった。
様々な感情が激しく渦巻いて、上手く処理が出来ない。
私を──愛していた?
ならば十年前、何故あんな事を……
分からない。
彼女が分からなかった。
私は動揺する心を無理やり静め、ソフィアを見つけ出す事だけに集中した。
「……ソフィアがいなくなったのに気づいたのは何時頃だ?」
ソフィアがいなくなった今、時間との戦いだった。
発見が遅くなれば遅くなる程、彼女の危険は高まっていく。
「……に……二時間前……です……」
「二時間も前なのか?!どうしてすぐに知らせなかった!!」
あまりに時間が経っていたので、私はカッとなり騎士の襟元を掴んだ。
「もっ、申し訳ありませんっ!……国王陛下は即位パレードの最中でしたので、我々でどうにか探し出そうと……」
「探し出せていないじゃないか!彼女の身に何かあったら、お前は責任が取れるのか?!」
激しい感情の高まりを抑えきれなかった。
激上した私に騎士は震えて怯えきっていた。
「フェリクス!止めろ!今はそんな事を言っても仕方ないだろ」
ライアンが駆けつけて仲裁に入ると、騎士の襟元を掴んでいた私の手を外して解放した。
「お前はどうしてソフィアが絡むと我を忘れて熱くなるんだ?部下に当たっても、どうしようもないだろ」
ライアンは騎士を持ち場に戻すと、私に諭すように言った。
「……その通りだ。ライアン。でも、ソフィアがいなくなって時間が経ち過ぎている。早く見つけないと彼女の身が危ない」
私が国王に即位した事で、裏切り者の婚約者であるソフィアへの反感が再度高まっていた。
そんな時に彼女が一人で外をふらふらしていたら、何が起こるか分からない。
その上、王都周辺の治安はクロノスの時に地に落ちて、修復を試みているものの未だ完全には回復出来ていない。
盗賊などが潜んでいる可能性がある。
そんな治安の悪い王都周辺を、うら若い女性が一人で彷徨い歩くなどあり得ない。
心配で頭がおかしくなりそうだった。
「──ソフィアと視覚を共有する」
その言葉にライアンは驚いて目を見開いた。
私には未来を見る力の他に、他人と視覚を共有出来る能力があった。
一度でも視線を合わせた事がある相手であれば、私は視覚を共有して、相手がいま実際に見ているものを、自分の脳内で映像化して見ることが出来るのだ。
「視覚を共有するって、お前の瞳にめちゃくちゃ負荷がかかるやつだろう?」
「ああ。しばらくは視力が極端に落ちて、ぼんやりとしか見えなくなる。未来を見る力も使えない」
視覚に特化した私の能力が使えなくなり、戦闘になった際にはかなり不利だった。
だから視覚の共有は、今までほとんど使って来なかった。
しかし、今は非常時だ。
一分一秒を争う。
「それなら、フェリクスはソフィアと視覚を共有して彼女の居場所を特定しろ。俺が彼女を助けに行くから」
私の視力が落ちるのを配慮してライアンは言った。
「それは出来ない。馬で向かうよりも自分の足で行った方が断然速い。視力は落ちても強化した身体能力は変わらない。何とかなる」
私は早口で言いながら、やたらに重い儀礼用のマントや、ジャケットについたジャラジャラした装飾類を邪魔なので全て取り外した。
「何とかなるって……お前はこの国の王なんだぞ?もしもお前が敵に襲われて死んだら、この国はどうなる」
至極最もだった。
しかし自分の考えを変えるつもりは毛頭ない。
「私はそんなに柔じゃない。……それに、ソフィアが死んだら、私は生きていられない……」
私の言葉に、ライアンは深いため息を漏らした。
「……分かったよ。もう好きにしろ。俺も出来る限り早く着くように頑張るから」
諦めたように言うと、やれやれと肩を竦めていた。
「ありがとう。ライアン。無理言ってすまない」
私はライアンに謝ると、精神を研ぎ澄ませソフィアと視覚を共有させる準備に入った。
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