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結婚式の案内が盛大に撒かれ、いろいろなところから祝意が届いた。
ベルタはその一つ一つを手に取り、じっと見つめてから抱きしめる。
「……お疲れになりました?」
「いいえ、……いいえ、大丈夫」
多額のお祝いは丁重にお返しし、当日遊びに来てくれるように返信を書く、ということを続けていた。お祝いを受け取ってしまえば、それを包めない人が足を運びにくくなるかもしれない、というポーリーンの考えに賛成してのことだった。
「結婚式は一大興行だから儲けてなんぼ、という考え方もありますけれど」
そう言ってポーリーンは笑った。
「生活に困ってはいないでしょう?」
ベルタのこれまでのことを振り返れば、本当に目立たない人生だった。敢えてそうしてきたのももちろんあるけれど、華やかな家系、華やかな家族に囲まれて、どうしても自分を出せないままで来た。
たくさんの方が来る。
みんなが、自分を、自分たちの結婚式を見に来てくれる。
考えると緊張と興奮で身体が震えるようだった。マティアスが、ベルタの目の前に小さな飴を置き、穏やかに笑う。
「これ、花嫁さんに」
「?」
コロンとした飾り気のない白い飴。勧められるままに口に入れると、素朴なミルクの味が優しかった。
「おいしいです」
「今日、街に出たときに小さな子供にもらった。『花嫁さんにあげてください』って」
「え、……」
「街中の人が、私たちの結婚式を知っていたよ。いたるところに式の案内が貼ってあった」
まるで、いや、お祭りそのものだ。とマティアスは微笑んだ。
「領地の方も、みんな祝ってくださるんですね」
「もちろん。近隣の街からも来るって言っていたしね、もうこの辺りの宿は満室だそうだよ」
粗相がないようにしないと、とゴクリと喉を鳴らして拳を握り締めると、その上からマティアスの大きな手が被さってきた。
「幸せな笑顔を見せてくれるのが、一番」
「――はい」
髪に降ってくる唇をおとなしく受けて、ベルタは窓の外を見た。
あいにくの雨。二日後の式当日にはやむだろうか。
雨に濡れた薔薇も美しいでしょうね、と白く煙る中庭を眺めていた。
忙しく準備に追われながら、時折不安が胸によぎる。ポーリーンは、そのたび少し手を止めて考える。
マティアスとベルタの、一生に一度の良き日。その日を台無しにするわけにはいかない。ここまで頑張ってきた、自分のためにも。もちろん、若い二人のためにも。
(――クロードは、来るかしら)
来ないわけがない。マティアスとは付き合いが長いのだし、ここは愛人を住まわせていた家でもある。
夫が来たとき、自分は冷静でいられるのだろうか。
夫は何か無体なことをしないだろうか。
ベルタに、マティアスに迷惑をかけるようなことはないだろうか。
たくさんの人が来るだろう。そんな大勢の人を前に、公爵ともあろうものが恥知らずな真似はしないだろう、という計算もあって案内を大量に撒いた。
人ごみに紛れれば、ポーリーンを見つけにくいだろう。
(見つけようとしているかもわからないけれど)
結婚式に出席するのに、妻を帯同してこないというのはちょっとしたスキャンダルになるかもしれない。
まさか愛人を伴ってくるようなことはないだろうけれど。
(結局、わたくしはクロードのことばかり考えてしまう)
きちんと話をしていないから、自分の中で何も解決していないのだ。
愛しているからクロードのところに戻りたいのか、他の女に取られるのが嫌なだけなのか、いや、どちらも違う気がした。
(クロードの気持ちが知りたい)
知った後、自分の気持ちがどうなるのかはまたその時に任せたい。
結婚式が無事に成功したら、一度家に帰ろう。
帰っても、歓迎されるかどうかはわからないけれど。
……すでにあの女が居座っていたりしたら、目も当てられないけれど。
ベルタはその一つ一つを手に取り、じっと見つめてから抱きしめる。
「……お疲れになりました?」
「いいえ、……いいえ、大丈夫」
多額のお祝いは丁重にお返しし、当日遊びに来てくれるように返信を書く、ということを続けていた。お祝いを受け取ってしまえば、それを包めない人が足を運びにくくなるかもしれない、というポーリーンの考えに賛成してのことだった。
「結婚式は一大興行だから儲けてなんぼ、という考え方もありますけれど」
そう言ってポーリーンは笑った。
「生活に困ってはいないでしょう?」
ベルタのこれまでのことを振り返れば、本当に目立たない人生だった。敢えてそうしてきたのももちろんあるけれど、華やかな家系、華やかな家族に囲まれて、どうしても自分を出せないままで来た。
たくさんの方が来る。
みんなが、自分を、自分たちの結婚式を見に来てくれる。
考えると緊張と興奮で身体が震えるようだった。マティアスが、ベルタの目の前に小さな飴を置き、穏やかに笑う。
「これ、花嫁さんに」
「?」
コロンとした飾り気のない白い飴。勧められるままに口に入れると、素朴なミルクの味が優しかった。
「おいしいです」
「今日、街に出たときに小さな子供にもらった。『花嫁さんにあげてください』って」
「え、……」
「街中の人が、私たちの結婚式を知っていたよ。いたるところに式の案内が貼ってあった」
まるで、いや、お祭りそのものだ。とマティアスは微笑んだ。
「領地の方も、みんな祝ってくださるんですね」
「もちろん。近隣の街からも来るって言っていたしね、もうこの辺りの宿は満室だそうだよ」
粗相がないようにしないと、とゴクリと喉を鳴らして拳を握り締めると、その上からマティアスの大きな手が被さってきた。
「幸せな笑顔を見せてくれるのが、一番」
「――はい」
髪に降ってくる唇をおとなしく受けて、ベルタは窓の外を見た。
あいにくの雨。二日後の式当日にはやむだろうか。
雨に濡れた薔薇も美しいでしょうね、と白く煙る中庭を眺めていた。
忙しく準備に追われながら、時折不安が胸によぎる。ポーリーンは、そのたび少し手を止めて考える。
マティアスとベルタの、一生に一度の良き日。その日を台無しにするわけにはいかない。ここまで頑張ってきた、自分のためにも。もちろん、若い二人のためにも。
(――クロードは、来るかしら)
来ないわけがない。マティアスとは付き合いが長いのだし、ここは愛人を住まわせていた家でもある。
夫が来たとき、自分は冷静でいられるのだろうか。
夫は何か無体なことをしないだろうか。
ベルタに、マティアスに迷惑をかけるようなことはないだろうか。
たくさんの人が来るだろう。そんな大勢の人を前に、公爵ともあろうものが恥知らずな真似はしないだろう、という計算もあって案内を大量に撒いた。
人ごみに紛れれば、ポーリーンを見つけにくいだろう。
(見つけようとしているかもわからないけれど)
結婚式に出席するのに、妻を帯同してこないというのはちょっとしたスキャンダルになるかもしれない。
まさか愛人を伴ってくるようなことはないだろうけれど。
(結局、わたくしはクロードのことばかり考えてしまう)
きちんと話をしていないから、自分の中で何も解決していないのだ。
愛しているからクロードのところに戻りたいのか、他の女に取られるのが嫌なだけなのか、いや、どちらも違う気がした。
(クロードの気持ちが知りたい)
知った後、自分の気持ちがどうなるのかはまたその時に任せたい。
結婚式が無事に成功したら、一度家に帰ろう。
帰っても、歓迎されるかどうかはわからないけれど。
……すでにあの女が居座っていたりしたら、目も当てられないけれど。
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