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act.2
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不安、恐怖、そんなことよりも――自分が必要とされていない。
その現実が、リリゼの胸を締めつけていた。
ユリアスの言うことは正しい。
彼の判断は合理的で、反論の余地などない。
だけど――
ーー結局、私は……足手まといってこと……?
自分がここに残ることで、状況が悪化する。
だから、安全な場所へ逃げろ――それが彼の結論だった。
分かっている。頭では理解している。
それでも、胸の奥に広がるのは、無力感と疎外感だった。
戦えなかった自分。
ユリアスに助けられた自分。
そして、今また置いていかれようとしている自分――
私じゃ、何もできない……?
心の奥で、静かに何かが軋む音がした。
そのときだった。
くぅん……
足元で、小さな唸り声がした。
はっとして視線を落とすと、そこにはベニがいた。
彼の相棒であるベニが、不安そうにリリゼを見つめている。
小さな前足を彼女の膝に乗せ、じっとその瞳を覗き込んでくる。
まるで、「どうしたの?」と心配しているようだった。
リリゼは思わず息を呑む。
……そっか。ベニは、私のことを必要としてくれてる……だからこそ‼︎
その事実が、ほんの少しだけ彼女の心を支えた。
その支えが彼女にほんの少しの勇気を与え、決断をさせる。
「わ、私が皆さんを守って戦います‼︎ ユリアスさんも、ベニも、リーダーも!」
リリゼは拳をぎゅっと握りしめ、力強く宣言した。
――しかし、その言葉を聞いたユリアスの表情はというと。
「えぇ……」
絶望、不安、困惑、諦念。
そのすべてを一つの顔で表現したかのような、微妙すぎる反応。
まるで「これ、絶対ヤバいことになるやつじゃん……」とでも言いたげに、どこか遠くを見つめていた。
「ちょ、ちょっと! 何ですかその顔は‼︎ 私だって真剣なんですよ!」
「……はぁ……」
リリゼの抗議を受けながらも、ユリアスは深々とため息をついた。
――そして、その横で。
「くぅーん‼︎」
ベニもまた、リリゼと全く同じ表情でユリアスを見つめる。
ユリアスは、リリゼとベニを交互に見比べる。どっちも全く同じ顔。
いや、よく見ると、ベニはリリゼの仕草を完全に真似ているだけなのだが。
「……お前ら、シンクロ率高すぎだろ…」
ついツッコまずにはいられなかった。
「もう! ベニまでそんな顔しなくていいの!」
頬を膨らませながら、リリゼはベニを抱き上げる。
すると、抱えられたベニも頬をぷくっと膨らませる。
……なんだろう、この生き物、可愛いけど妙にムカつく。
「帰還した方が得策だと思いますけどね……」
「でも私、後悔したくないんです!」
「ここで死んだら、それこそ後悔すんじゃないですか?」
「そうかもしれません! でも、皆さんと一緒に戦わなかったことを後悔する日も必ずやって来ると思います‼︎」
「どっちみち後悔するんですか?」
一人で帰還しようが、一緒に戦って死のうが、どちらにせよ後悔する結果は変わらない。
ユリアスは「何言ってんだコイツ……」という顔でリリゼを見つめた。
「だから、私は一緒に戦って後悔しない方を選びます‼︎」
胸を張って言い切るリリゼ。
その横で、ベニも胸を張る。
「……いや、ベニは関係ないから。」
さすがに突っ込まずにはいられなかった。
「はあ……これは、何を言っても無駄そうですね」
ユリアスは深くため息をついた。
「どういう意味ですか⁉︎」
リリゼはむっとして詰め寄るが、ユリアスはもう何も言わず、さっさと負傷者の元へと向かっていく。
「とりあえず、彼を運びましょう。その後は……介抱してください。前線は俺が抑えます」
冷静な指示を出しながら、ユリアスは手早く負傷者を持ち上げようとする。
しかし、その腕をリリゼがぐっと掴んだ。
「私も戦えます!」
彼女の目は真剣だった。
ユリアスは一瞬だけ目を細めたが、次の瞬間には肩をすくめ、呆れたように笑った。
「……分かりました。じゃあ、せいぜい足を引っ張らないように」
「はいっ!」
リリゼは頷くと、傷ついた兵士の肩を支える。
「ベニ、周囲の警戒をお願い!」
「くぅん!」
ベニは小さく鳴くと、鋭い嗅覚と聴覚を頼りに草むらを駆け回り、周囲を警戒し始めた。
夕暮れが迫る草原の中、彼らは慎重に歩を進める。
アトレイオへの道のりはまだ遠い。
それでも足を止めることなく、一歩一歩確実に進む。
「無理に急いでも仕方がありません。安全に夜を越す場所を探しましょう」
ユリアスが冷静に言い、リリゼも頷く。
「はい……でも、そんな場所があればいいんですけど」
「運が良ければ、ね」
ユリアスが視線を巡らせたそのとき――
「……あれを」
リリゼが指さした先、丘の斜面に小さな洞窟が口を開けていた。
「悪くないですね。とりあえず、あそこで休みましょう」
「でも……大丈夫でしょうか?」
「今よりマシですよ。草原のど真ん中で夜を迎えるよりは」
ユリアスの言葉に、リリゼは黙って従うことにした。
しかし――
わおーーん……!
遠くから響く、獣の遠吠え。
そして、それに呼応するように、闇の中から低いうなり声が聞こえ始めた。
草原の支配者たちが、目を覚ます時間だった。
獣の遠吠えが、夜の空気を震わせる。
洞窟の奥にいたリリゼは、反射的に息を呑んだ。
「……ショートウルフか」
洞窟の入り口から様子をうかがっていたユリアスが、低く呟く。
木々の間から現れたのは、灰色の毛並みを持つ中型の獣だった。
通常の狼よりも一回り小さいが、その動きは素早く、目は赤く光っている。
しかし、ユリアスはすぐに異変に気づいた。
ショートウルフたちは、まっすぐ洞窟へ向かっている。
「……負傷者の体内に残っている《テデナリアの毒素》を嗅ぎつけたな」
ユリアスの言葉に、リリゼの背筋が凍る。
「えっ……⁉︎ でも、治療はしたはず――」
「微量でも体内に残っていれば、嗅覚の鋭いショートウルフには十分な誘因になる」
負傷者が狙われる――
リリゼは青ざめた顔で、奥に横たわる兵士を見た。
彼の呼吸は浅く、苦しげだ。
とてもじゃないが、自力で逃げられる状態ではない。
「……まずい」
ユリアスは素早く腰の短剣を抜き、肩にベニを乗せると、一気に洞窟の入り口へと駆け出した。
「リリゼ! 負傷者を守れ! 俺はこいつらを食い止める!」
「えっ⁉︎ で、でも――」
「行け!!」
鋭い声に、リリゼはハッとする。
迷っている暇はない。
「……っ、分かりました!」
リリゼは急いで負傷者の側に駆け寄り、身を屈める。
「ベニ! 警戒をお願い!」
「キーッ!」
ベニは短く鳴くと、素早く洞窟の天井近くの岩場へ飛び移った。その小さな体からは、敵を見極めようとする緊張感が滲み出ていた。
ゴウッ――!
次の瞬間、ショートウルフの群れが、一斉に洞窟の入り口へと飛びかかってきた。
「チッ……!」
ユリアスは短剣を振るい、先頭の一匹の喉元を的確に裂く。だが、倒れたショートウルフの背後から、さらに二匹が素早く飛び込んでくる。一方には、左腕に装着していたグラップルアンカーを射出し、鋭いアンカーを突き刺し息の根を止め、もう一方には、伸び切ったワイヤーで腹元を引っ掛けるように回り込み、バランスを崩させたところに短剣をひとつき。しかし、殺しても殺してもキリがなく、三匹…四匹…と湧いて出てくる。
「くそっ……!」
ユリアスはワイヤーを断ち切り、後退しながらも、的確に刃を繰り出し、襲いくる獣を捌いていく。
しかし――
「ダメだ……数が多すぎる」
洞窟の入り口に、次々とショートウルフの影が現れる。まるで、待ち伏せていたかのように、群れ全体が集結していたのだ。
「くそ、どうする……?」
ユリアスが僅かに歯を食いしばった、そのとき――
「――これを使ってください!」
リリゼが腰のポーチから、赤黒い粉の詰まった袋を取り出し、ユリアスへ投げ渡した。
「これは……《烈粉》か?」
《烈粉》――爆発的な刺激臭を持ち、嗅覚の鋭い獣にとっては強烈な忌避剤となる。
特にショートウルフのような狩猟型の獣には、一瞬だが確実に隙を作ることができる。
ユリアスは即座に袋を握り、短刀で口を裂くと、中の粉を前方へとばら撒いた。
バサァッ!!
直後、ショートウルフの群れが一斉に動きを止めた。
「ギャ゛ッ⁉︎」「ガルル……ッ!」
鼻を鳴らし、目を細め、苦しそうに顔を振る。前方の数匹は完全に足を止め、後方の個体も警戒して距離を取った。
「今です、ユリアスさん!!」
リリゼが叫ぶと同時に――ユリアスは短刀を投げ捨て、腰のホルスターから二振りの刃を抜き放つ。
右手に《烈火昼神》、左手に《氷真小刀》――
一方は燃え盛る炎を宿し、もう一方は氷の刃のように冷気を纏う。対極の性質を持つ双剣が、彼の手の中で輝いた。
「いくぞ……!」
ユリアスは前傾姿勢を取り、一瞬の溜めの後――
――爆発的に踏み込んだ!
「グルゥッ⁉︎」
烈粉の影響で怯んでいたショートウルフたちに、ユリアスの影が一気に迫る。
シュッ!
右手の《烈火昼神》が唸りを上げ、ショートウルフの首元を斬り裂く。
ズバァッ!!
刃が肉を裂いた瞬間――炎が弾けた!
「ギャウッ⁉︎」
ショートウルフが悲鳴を上げ、のたうち回る。だが、ユリアスは止まらない。
「ハッ……!」
左手の《氷真小刀》を振るい、別の個体の腹を斬り裂く。
シュパァンッ!
切断面が瞬時に凍結し、ショートウルフが痙攣する。
「――次!」
ユリアスはそのまま体を回転させ、二刀を同時に薙いだ!
ゴォッ!
炎と氷の軌跡が交差し、目の前の獣たちがまとめて吹き飛ぶ。
「お、おお……!」
リリゼが息を呑む。
双剣の炎と氷が、まるで獲物を弄ぶかのように交錯し、敵を翻弄している。
「まだいるか……?」
ユ リアスが冷静に辺りを見回す。
怯えたショートウルフたちは徐々に後退し、戦意を喪失し始めていた。
――しかし、そのとき。
ドス……ドス……
地を踏みしめる重い音が響く。
「……来るぞ」
ユリアスは双剣を構え直し、リリゼとベニも緊張する。
燃え盛る炎の向こうに、巨大な影が姿を現した。
ボス個体――《ショートウルフ・アルファ》!
通常のショートウルフよりも二回り大きく、体には戦いの傷跡が刻まれている。
その鋭い眼光が、真っ直ぐにユリアスを捉えた。
「……面白ぇ」
ユリアスは双剣を構え、静かに笑みを浮かべる。
「――お前が群れの主か」
次の瞬間、獣と狩人が――激突した!
その現実が、リリゼの胸を締めつけていた。
ユリアスの言うことは正しい。
彼の判断は合理的で、反論の余地などない。
だけど――
ーー結局、私は……足手まといってこと……?
自分がここに残ることで、状況が悪化する。
だから、安全な場所へ逃げろ――それが彼の結論だった。
分かっている。頭では理解している。
それでも、胸の奥に広がるのは、無力感と疎外感だった。
戦えなかった自分。
ユリアスに助けられた自分。
そして、今また置いていかれようとしている自分――
私じゃ、何もできない……?
心の奥で、静かに何かが軋む音がした。
そのときだった。
くぅん……
足元で、小さな唸り声がした。
はっとして視線を落とすと、そこにはベニがいた。
彼の相棒であるベニが、不安そうにリリゼを見つめている。
小さな前足を彼女の膝に乗せ、じっとその瞳を覗き込んでくる。
まるで、「どうしたの?」と心配しているようだった。
リリゼは思わず息を呑む。
……そっか。ベニは、私のことを必要としてくれてる……だからこそ‼︎
その事実が、ほんの少しだけ彼女の心を支えた。
その支えが彼女にほんの少しの勇気を与え、決断をさせる。
「わ、私が皆さんを守って戦います‼︎ ユリアスさんも、ベニも、リーダーも!」
リリゼは拳をぎゅっと握りしめ、力強く宣言した。
――しかし、その言葉を聞いたユリアスの表情はというと。
「えぇ……」
絶望、不安、困惑、諦念。
そのすべてを一つの顔で表現したかのような、微妙すぎる反応。
まるで「これ、絶対ヤバいことになるやつじゃん……」とでも言いたげに、どこか遠くを見つめていた。
「ちょ、ちょっと! 何ですかその顔は‼︎ 私だって真剣なんですよ!」
「……はぁ……」
リリゼの抗議を受けながらも、ユリアスは深々とため息をついた。
――そして、その横で。
「くぅーん‼︎」
ベニもまた、リリゼと全く同じ表情でユリアスを見つめる。
ユリアスは、リリゼとベニを交互に見比べる。どっちも全く同じ顔。
いや、よく見ると、ベニはリリゼの仕草を完全に真似ているだけなのだが。
「……お前ら、シンクロ率高すぎだろ…」
ついツッコまずにはいられなかった。
「もう! ベニまでそんな顔しなくていいの!」
頬を膨らませながら、リリゼはベニを抱き上げる。
すると、抱えられたベニも頬をぷくっと膨らませる。
……なんだろう、この生き物、可愛いけど妙にムカつく。
「帰還した方が得策だと思いますけどね……」
「でも私、後悔したくないんです!」
「ここで死んだら、それこそ後悔すんじゃないですか?」
「そうかもしれません! でも、皆さんと一緒に戦わなかったことを後悔する日も必ずやって来ると思います‼︎」
「どっちみち後悔するんですか?」
一人で帰還しようが、一緒に戦って死のうが、どちらにせよ後悔する結果は変わらない。
ユリアスは「何言ってんだコイツ……」という顔でリリゼを見つめた。
「だから、私は一緒に戦って後悔しない方を選びます‼︎」
胸を張って言い切るリリゼ。
その横で、ベニも胸を張る。
「……いや、ベニは関係ないから。」
さすがに突っ込まずにはいられなかった。
「はあ……これは、何を言っても無駄そうですね」
ユリアスは深くため息をついた。
「どういう意味ですか⁉︎」
リリゼはむっとして詰め寄るが、ユリアスはもう何も言わず、さっさと負傷者の元へと向かっていく。
「とりあえず、彼を運びましょう。その後は……介抱してください。前線は俺が抑えます」
冷静な指示を出しながら、ユリアスは手早く負傷者を持ち上げようとする。
しかし、その腕をリリゼがぐっと掴んだ。
「私も戦えます!」
彼女の目は真剣だった。
ユリアスは一瞬だけ目を細めたが、次の瞬間には肩をすくめ、呆れたように笑った。
「……分かりました。じゃあ、せいぜい足を引っ張らないように」
「はいっ!」
リリゼは頷くと、傷ついた兵士の肩を支える。
「ベニ、周囲の警戒をお願い!」
「くぅん!」
ベニは小さく鳴くと、鋭い嗅覚と聴覚を頼りに草むらを駆け回り、周囲を警戒し始めた。
夕暮れが迫る草原の中、彼らは慎重に歩を進める。
アトレイオへの道のりはまだ遠い。
それでも足を止めることなく、一歩一歩確実に進む。
「無理に急いでも仕方がありません。安全に夜を越す場所を探しましょう」
ユリアスが冷静に言い、リリゼも頷く。
「はい……でも、そんな場所があればいいんですけど」
「運が良ければ、ね」
ユリアスが視線を巡らせたそのとき――
「……あれを」
リリゼが指さした先、丘の斜面に小さな洞窟が口を開けていた。
「悪くないですね。とりあえず、あそこで休みましょう」
「でも……大丈夫でしょうか?」
「今よりマシですよ。草原のど真ん中で夜を迎えるよりは」
ユリアスの言葉に、リリゼは黙って従うことにした。
しかし――
わおーーん……!
遠くから響く、獣の遠吠え。
そして、それに呼応するように、闇の中から低いうなり声が聞こえ始めた。
草原の支配者たちが、目を覚ます時間だった。
獣の遠吠えが、夜の空気を震わせる。
洞窟の奥にいたリリゼは、反射的に息を呑んだ。
「……ショートウルフか」
洞窟の入り口から様子をうかがっていたユリアスが、低く呟く。
木々の間から現れたのは、灰色の毛並みを持つ中型の獣だった。
通常の狼よりも一回り小さいが、その動きは素早く、目は赤く光っている。
しかし、ユリアスはすぐに異変に気づいた。
ショートウルフたちは、まっすぐ洞窟へ向かっている。
「……負傷者の体内に残っている《テデナリアの毒素》を嗅ぎつけたな」
ユリアスの言葉に、リリゼの背筋が凍る。
「えっ……⁉︎ でも、治療はしたはず――」
「微量でも体内に残っていれば、嗅覚の鋭いショートウルフには十分な誘因になる」
負傷者が狙われる――
リリゼは青ざめた顔で、奥に横たわる兵士を見た。
彼の呼吸は浅く、苦しげだ。
とてもじゃないが、自力で逃げられる状態ではない。
「……まずい」
ユリアスは素早く腰の短剣を抜き、肩にベニを乗せると、一気に洞窟の入り口へと駆け出した。
「リリゼ! 負傷者を守れ! 俺はこいつらを食い止める!」
「えっ⁉︎ で、でも――」
「行け!!」
鋭い声に、リリゼはハッとする。
迷っている暇はない。
「……っ、分かりました!」
リリゼは急いで負傷者の側に駆け寄り、身を屈める。
「ベニ! 警戒をお願い!」
「キーッ!」
ベニは短く鳴くと、素早く洞窟の天井近くの岩場へ飛び移った。その小さな体からは、敵を見極めようとする緊張感が滲み出ていた。
ゴウッ――!
次の瞬間、ショートウルフの群れが、一斉に洞窟の入り口へと飛びかかってきた。
「チッ……!」
ユリアスは短剣を振るい、先頭の一匹の喉元を的確に裂く。だが、倒れたショートウルフの背後から、さらに二匹が素早く飛び込んでくる。一方には、左腕に装着していたグラップルアンカーを射出し、鋭いアンカーを突き刺し息の根を止め、もう一方には、伸び切ったワイヤーで腹元を引っ掛けるように回り込み、バランスを崩させたところに短剣をひとつき。しかし、殺しても殺してもキリがなく、三匹…四匹…と湧いて出てくる。
「くそっ……!」
ユリアスはワイヤーを断ち切り、後退しながらも、的確に刃を繰り出し、襲いくる獣を捌いていく。
しかし――
「ダメだ……数が多すぎる」
洞窟の入り口に、次々とショートウルフの影が現れる。まるで、待ち伏せていたかのように、群れ全体が集結していたのだ。
「くそ、どうする……?」
ユリアスが僅かに歯を食いしばった、そのとき――
「――これを使ってください!」
リリゼが腰のポーチから、赤黒い粉の詰まった袋を取り出し、ユリアスへ投げ渡した。
「これは……《烈粉》か?」
《烈粉》――爆発的な刺激臭を持ち、嗅覚の鋭い獣にとっては強烈な忌避剤となる。
特にショートウルフのような狩猟型の獣には、一瞬だが確実に隙を作ることができる。
ユリアスは即座に袋を握り、短刀で口を裂くと、中の粉を前方へとばら撒いた。
バサァッ!!
直後、ショートウルフの群れが一斉に動きを止めた。
「ギャ゛ッ⁉︎」「ガルル……ッ!」
鼻を鳴らし、目を細め、苦しそうに顔を振る。前方の数匹は完全に足を止め、後方の個体も警戒して距離を取った。
「今です、ユリアスさん!!」
リリゼが叫ぶと同時に――ユリアスは短刀を投げ捨て、腰のホルスターから二振りの刃を抜き放つ。
右手に《烈火昼神》、左手に《氷真小刀》――
一方は燃え盛る炎を宿し、もう一方は氷の刃のように冷気を纏う。対極の性質を持つ双剣が、彼の手の中で輝いた。
「いくぞ……!」
ユリアスは前傾姿勢を取り、一瞬の溜めの後――
――爆発的に踏み込んだ!
「グルゥッ⁉︎」
烈粉の影響で怯んでいたショートウルフたちに、ユリアスの影が一気に迫る。
シュッ!
右手の《烈火昼神》が唸りを上げ、ショートウルフの首元を斬り裂く。
ズバァッ!!
刃が肉を裂いた瞬間――炎が弾けた!
「ギャウッ⁉︎」
ショートウルフが悲鳴を上げ、のたうち回る。だが、ユリアスは止まらない。
「ハッ……!」
左手の《氷真小刀》を振るい、別の個体の腹を斬り裂く。
シュパァンッ!
切断面が瞬時に凍結し、ショートウルフが痙攣する。
「――次!」
ユリアスはそのまま体を回転させ、二刀を同時に薙いだ!
ゴォッ!
炎と氷の軌跡が交差し、目の前の獣たちがまとめて吹き飛ぶ。
「お、おお……!」
リリゼが息を呑む。
双剣の炎と氷が、まるで獲物を弄ぶかのように交錯し、敵を翻弄している。
「まだいるか……?」
ユ リアスが冷静に辺りを見回す。
怯えたショートウルフたちは徐々に後退し、戦意を喪失し始めていた。
――しかし、そのとき。
ドス……ドス……
地を踏みしめる重い音が響く。
「……来るぞ」
ユリアスは双剣を構え直し、リリゼとベニも緊張する。
燃え盛る炎の向こうに、巨大な影が姿を現した。
ボス個体――《ショートウルフ・アルファ》!
通常のショートウルフよりも二回り大きく、体には戦いの傷跡が刻まれている。
その鋭い眼光が、真っ直ぐにユリアスを捉えた。
「……面白ぇ」
ユリアスは双剣を構え、静かに笑みを浮かべる。
「――お前が群れの主か」
次の瞬間、獣と狩人が――激突した!
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