2次元?!それとも3次元?!それとも…?!

夢見 鯛

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             act.4

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 それからすぐに退院はできたものの、このルミなんちゃら学院のことがよく分からない。

 まずは、学院図。病棟を出てすぐに見えたのは巨大な建物の数々。言うなれば大学のキャンパスに近しい。けれどそのどれもが日本風な建物ではなくヨーロッパや欧米風なカレッジであり、大学を出た俺でも新鮮な感じがした。

「すげーな。海外旅行に来た気分だ」

(あれ、柊木くんじゃない?)
(え?!本当だ!かっこいい)

 病棟を抜けてすぐ、視線を集めてしまうこの体の持ち主、柊木 湊。

ーー結構モテモテな感じの男の子に転生したんかね。なんか俺とは大違いだな。

 ふと現実世界の自分の中学生時代を思い出す。

 中学時代1番苦労したのは、やっぱり肌荒れ。思春期でホルモンバランスが安定しない中学生時代は、よく顔中に吹き出物ができて、いじられた記憶がある。今思えば夜更かしやチョコやグミの食べ過ぎが原因だったのかもしれないけど、当時は本当に至福を肥やすことの対価がホルモンバランスの乱れに繋がって、苦労したものだ。それならば、あの時の教訓を活かすべきだろう。せっかく容姿も良くて、現時点でモテモテなのだから。自分の失敗でこの地位を失うわけにはいかない。

ーー可愛い幼馴染。可愛い妹。そして可愛い女の子たちからウハウハハーレム!!まさにパラダイ………ス…。この世は…ハーレム、パラダイス。柊木…湊…。ドラゴン?!

「そう言えば『この世はハーレムパラダイス』の主人公って、確か作中最強の天才少年じゃなかったっけか?!そうだよ!名前は…ウザくてうる覚えだったけど、確か柊木湊っぽかったような気もするし。でも主人公に幼馴染や妹なんていたか?単行本もアニメもかじってた俺が、男はともかく女キャラを忘れるはずがない。いや、居なかったはずだ。主人公には確か…兄がいたはずだ。でも見舞いには来なかったな。それから…学友…学友?!そうだ、主人公は男相手には一匹狼気質だったはず!!違う…何もかも違う。正確には断言できないけど、あのラノベの世界のように見えてそうじゃない。どこかで狂ったような…」

ーー俺の存在か。

 アニメオタクならではの発想か。湊、又の名を光は、この世界にいるはずのない自分の存在によって、原作の世界が捩れ狂ってしまったのではないかと推察する。

「何かお困りですか?」
「えぇ、非常に困ってるところですよ」

 湊は顎に指を触れ、頭を下げながら右往左往歩き回りながらブツブツと考えごとをしていたが、唐突に一人の女子生徒に声をかけられ、ふと顔を上げると、そこには群青色のローブを羽織った天使がいた。

「レッチ…」

 ドクンッ!!
 自分の心拍が急激に上昇し、心昂るのを感じ取る。

ーーあぁ、俺は知ってる。この感覚を。"一目惚れ"ってやつだ。

 そこにいたのは、二次元世界における自分の最推しにして嫁である金平 玲奈(16)。愛称『レッチ』だった。

「お~~い、だいじょ~ぶですか~」

 玲奈は、固まる湊の顔の前で小さく手を振り、瞳を覗き込むも、湊は完全に女帝・ハンコックでも見たような、目の前の玲奈にときめいて石にされてしまう。

「もう~からかってるんですか?」

 全く目も合わせず、焦点が合ってるのかすら怪しいほどに体を動かさない湊を少しからかってやることにする。

「全く、失礼な人ですね」

 フ~~

「うわぁぁぁあああ!!!!」

ーー今何された?!今耳が熱くなって…

「やっと私のこと見てくれましたね///、柊木 湊くん」

 玲奈は、石のように固まる湊の耳に息を吹きかけ、石化の呪いを解いてあげたのだ。麗しき美少女の魔法によって呪いを解かれた王子様。まるでこの瞬間から恋が始まる予感、そのもの。

「せっかくの学院の有名人が、病棟前でブツブツと独り言を垂れてるって皆さん怖がってましたよ」
「え?!」

 玲奈に自分の現状を伝えられ、湊は初めて辺りを見回すと、十数人規模の制服を着た女生徒たちが物や草木の影からこちらの様子を伺っていたのだ。

「あちゃーーー。そういうことだったのか。恥ずかしいところを見られた」

 湊は重たい前髪を掻き上げ、困り果てた表情で上の空を見つめる。何故かって、最推しの美少女を前に目のやり場に困るからだ。

「やっぱり柊木くんは前髪を上げている方が似合いますね。いつも見ているからでしょうか。」
「そうかな?」

 つい反射的に言葉が出てしまう湊に詰め寄り、少し背伸びをして顔の横に口を近づける玲奈。

(でも、降ろしてるのも新鮮でカッコいいと思いますよ)

 ボソッと耳元で、俺だけに聞こえる声で玲奈はこの髪型を褒めてくれた。そんな玲奈を直視できない俺は辺りに目をやるも、他の女生徒たちは顔を赤らめ、人によっては両手で顔を隠すほどだった。

ーーこれがモテ期ってやつか。それも最推しの女の子に好印象だなんて…最高かよ!!

「あ、れぃ…ぁ、かね…ぁ」
「ん?」
「ゴメン、チョット、ヨウジ、」
「あっ?!ちょっと」

 湊は、恥ずかしさのあまり、適当に口実を作ってはダッシュでその場を後にする。そして、適当に大きな欧米風な建物に入っては、廊下に膝から崩れ落ちては後悔する。

「このクソ童○がーーーーーーー!!!!!!!」

ーー好きな子の名前を呼ぶのにも手間取って、さらには言いたいことも言えずに逃げてくるなんて、最悪だぁ!!!せっかくあっちから声をかけてくれたっていうのに。何やってんだよ俺。

 自分の髪型を褒めてくれた玲奈に対して、君も似合ってるねと、ただその一言を言いたかっただけなのに、どうでもいいことばかりが頭をよぎり、"下の名前は早すぎるか"とか、"こんなこと言ってキモがられないかな"とか、せっかくこの容姿で生まれ、名実共に人気であることを確認したにも関わらず、中身だけは臆病な30歳ジジイ・立花 光のまんまだった。

「どうして、いつもこうなんだよ…(泣)頭の中では言いたいことはまとまってるのに、いざ相手を前にすると、嫌われるんじゃないかとか、キモがられるだろとか、ネガティブなことばっか考えて、おどおどしてたらキショがられて、挙げ句の果てには噛みまくって…。何も変わってねーじゃん、15年前と…(泣)」

ーー俺はきっと何度タイムスリップをしても、性格は絶対に変わらない。そう確信を持てる。
 
 それは長い間染み付いてしまったものだからか、そもそもそういう人間として括られているのか、理由はわからない。けれど、ここまで好条件が揃っている状態で、あのザマなら、一生俺は変われない。これが現実世界でのタイムスリップなら、尚更、俺が俺である状態じゃ、何度やったって奈々美の前で大コケして、想いを伝えられずに終わるだけ。

「つれーよ。本当に」
「辛い時は、涙と一緒に嫌なものぜーんぶ吐き出しちゃいなん」
「え?」
 
 聞き覚えのある透き通るような優しい声と、自分の背中を優しくさする手の温もり。
 今俺の後ろには、俺の気持ちを理解し、宥めてくれてる人がいる。そして、その人はきっと、俺の知っている人だ。

「奈々美…どうしてここに」
「湊君が見えたからだよ!」

 奈々美…奈々美…奈々美…。
 
 何か自分の心に栓をしていたものが弾け飛んだ感覚。理性というやつだろうか。全てがどうでもよくなった湊は、思わず奈々美に抱きつきながら泣きじゃくってしまう。

「奈々美!!!会いたかった!!!ずっと会いたかった!!奈々美!!奈々美!!」
「えぇーーー、どうしたの湊君?!凄い積極的だね?!まるで子供みたい」
「うぁぁああん!!奈々美ーーー」

 初恋相手との15年ぶりの再会。そして、見た目は自分が恋したあの頃のまま。一切老けておらず、ぴちぴちの15歳だった頃の青紗 奈々美、その人だった。

「もしかして東部戦線で何か辛いことでもあったの?湊君」

"湊君""湊君""湊君""湊君"

ーー湊君、湊君って辞めてくれよ…俺だよ。光だよ!!奈々美…どうして分かんないんだよ!!中学の時、お前に恋をした、立花 光だよ!!

 見知らぬ世界に飛ばされて、色々と混乱させられる中で初めて見つけた心落ち着く人。現実世界にいた自分の知る人。そして初恋相手。心許せる唯一の人が、自分のことを一切忘れて、知らない男の名前を連呼して、うんざりに思う光。

ーー俺は湊じゃない…光なのに…。

「大丈夫?湊君?具合でも悪くなっちゃった?」
「もう、ほっといてくれ!」

 湊は奈々美の手を振り解き、またしても廊下を駆け出し、別の建物へと走り去る。



ーーあぁ…もう死にたい。最推しのレッチにも、15年ぶりに会えた奈々美にも、俺は酷いことをしてしまった…。結局世界が変わっても、容姿が変わっても、俺は俺…。臆病で弱虫なクソ野郎…。そんで、みんなが求める柊木 湊じゃない。何が嫁だ。何が初恋だ。何がハーレムだ。何が…好きだと伝えたいだ…(泣)。


 もうどうでもいいや。


 とにかくここから逃げ出したい。この世界からもだ。早くあの狭い世界に帰りたい。俺の自由はあそこにしか無いんだ。だって、恋愛がこんな辛いわけないだろ!!恋愛はもっと楽しくて、心躍る、そんな…そんな…はずないよな。俺が経験してきた恋愛は…いつでも最後は、辛いものだったよな…。


 誰もが、一人一人胸の中でそっと、囁いているよ…。

「明日晴れるかな」
 
 遥空の下…。
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