生まれ変わったら俺のことを嫌いなはずの元生徒からの溺愛がとまらない

いいはな

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 あの後、何とかエリオットの家から離れて、王都でも平民たちが多く住む区域までたどり着いた俺は、広場のような少し開けた場所に腰を下ろしていた。
 馬車で来る時に見たこの広場にも相変わらず魔術が溢れていて、俺が見たこともない魔術もあることに僅かに胸を高鳴らせる自分がいて、ひどく嫌になった。
 俺は弟から憎しみと言ってもいいくらいの嫌悪を突きつけられ実質的に絶縁されたとしても、魔術を見るとつい目を奪われてしまう。
「これじゃ、本当に魔術に取り憑かれてるな……。」
 自嘲気味に笑い、再び溢れてきた涙を隠すように膝を立ててうずくまる。
 町を通り行く人々が訝しげな視線を投げかけていることが分かったが、そんなものは気にならなかった。頭の中にあるのは、エリオットから拒絶された悲しみと、この大きな包みをどうやって言い訳しようかなといったことだけであった。
 エリオットにとっては悪趣味なものでも町のみんなからすれば、その人にとって1番いいものばかりを詰め込んだお祝いだった。あの町の人なりにエリオットへの祝福を込めた心を込めたプレゼントの数々。起こったことや言われたことをそのまま町のみんなに行ってしまうと、みんなが落ち込んでしまうことなど容易く予想できる。
 きっとエリオットに気を遣わせないために、王都じゃこんなものありふれてるよなと笑いながら、そっと悲しみの色を浮かべるのだろう。
 想像しただけでなぜか悪いことをしたような気分になってしまい、そわそわとしてしまう。罪悪感で胸がシクシクしてしまうが、かと言って今からエリオットの家へと戻りこの荷物を届ける度胸なんかこれっぽっちもない。
 どうしようかと移動するにも一苦労な重さの包みを前にして考え込んでいると、ざわりと広場の一角がどよめいた。
 それまで他人のことなんか興味がないとばかりに早足で颯爽と歩き去っていく都会の人間ばかり見ていたから、何となく気になってしまった俺は、ちょっとした好奇心でざわめきの中央へと歩み寄った。
 そこには何かを中心に、囲むように人だかりができており、ひそひそと人々が何かを囁き合っている。
 残念なことに、成人を迎えた男としてはそれほど身長が伸びなかった俺は背伸びをしてもその人だかりの中心に何があるのかが見えず、無理やり人混みを割り裂いていった。
 思えば、ここまで必死に見ようとしなくても、背伸びをして見えなかった時点でさっさと諦めてその場を去っていれば、俺はまた違う人生を歩んだのであろう。それまで通り、田舎で子ども達相手にちんけな生活魔法を教える教師ごっこをして、両親の食堂を手伝いながら緩やかに日々が過ぎていく、味気ないながらも平穏な人生を。
 でも、その時の俺は何かに惹かれるように中心へと向かって足を進めていた。強引に人と人の間に割って入り、無我夢中で前へと進んでいると、スルッと急に体が放り出される。
 どうやら人混みを抜けて中心へと辿り着いたらしく、急に抵抗がなくなったことでつんのめるような耐性になった俺は慌てて踏ん張る。何とか無様に顔面から地面に突っ込むことを回避して一安心した俺の目にぱっと飛び込んできたのは倒れている老人。
 苦しそうに胸元を押さえており、喘ぐようにゼェゼェと息を吸っている。時折、ぐっと苦しそうな声を上げてくの字に折れ曲がるようにして倒れている老人に一瞬頭が真っ白になる。
「かはっ……!」
 倒れている老人が苦しげに咳き込む音でハッと我に帰った俺は慌てて彼に駆け寄り、地面に膝をついて老人の肩を強めに叩く。
「息!吐いて!!」
 呼吸が苦しいから息を吸ってばかりいて、正しく呼吸ができていない。目の焦点があっていない老人に気づかせるように何度か揺さぶりながら呼びかけると、ヒュッ、ヒュッと不格好ながらも息を吐こうとする仕草をし始めたことにホッとする。
 どうやらひどく苦しんではいるが、意識はちゃんとあるらしい。少しずつ呼吸は正常に近くなってきているが、依然として胸を苦しそうに抑えているため、老人にも聞きやすいようにはっきりと大きめの声を意識して彼に声をかける。
「お爺さん、胸が苦しい?薬は持ってるか?」
 何とか俺の声を聞き取れた様子の老人は俺の問いかけに小さく頷いた後、力無く首を振った。つまり、胸が苦しいが、薬などは持っていない。突発的に起きた症状であり、持病の類では無いのであろう。
 そこまで考えた俺は、顔を上げて辺りを見回す。
 俺達のことを遠巻きに眺めていた野次馬の男と目が合い、俺は叫ぶようにして聞いた。
「ここら辺に薬屋は!?」
「え?く、薬屋?」
「いいから早く!ここで人が死んでもいいのか!?」
「く、薬屋ならすぐそこに……でもあそこのジジイは金にがめつくて、正規の値段じゃ薬なんて売ってくれないぞ。」
 そんな野次馬のぼやきに耳を貸すことなく俺は男が指差していた店へと向かって走る。
 乱暴に扉を開けて、驚いたようにこちらを見た店主に構うことなくズカズカと店の中に入ると、カウンターに胸元から取り出した旅費の入った皮袋をガチャンッ!と叩きつける。
「これでハーツの薬草を売ってくれ!急ぎで、今すぐに必要なんだ!」
 しばらくの間、叩きつけられた袋を茫然と眺めていた店主だが、俺が反応がないことに焦れて強めにもう一度声を荒げたことでハッと我に返ったかのように目を瞬かせると、次の瞬間眉間に皺を寄せて俺を睨んできた。
「おいおい、どんなつもりかは知らねえが、そんな態度のヤロウに売るもんなんてこの店にはねえよ。
 ……それに、たったこれっぽっちの金でハーツは売れねえなあ。」
「なっ……!?これっぽっちって……そんなに高いわけないだろ!人の命がかかってるんだ!頼む!」
「ああ!?俺が無理って言ったら無理なんだよ!顔も知らねえ人間が死のうが何しようが俺にはちっとも関係ないね。さ、帰った帰った!」
 しっしっと手を振り、そう言って悪どくニヤリと笑う店主。確かにハーツの薬草はそれなりに貴重ではあるが、人一人が辺境の町まで帰れるほどの金額では無い。
 明らかに俺の必死な様子から絶対に必要だと言うことに気づいた店主がわざと値段を釣り上げてきたのだろう。足元を見てきているのは分かるが、今はそんなことでちまちまと交渉している時間はない。
 再び乱雑に店を出ると、外に放置していたエリオットへのお祝いが包まれた包みを引っ張って薬屋へと舞い戻る。
 懲りずにやってきたと思ったら店主がめんどくさそうな顔をしながら俺を追い出そうとする前に、男へと包みを押し付けてガバッと頭を下げた。
「お願いします!これで売ってください!」
「だから、こんなガラクタ押し付けられても売らねえって……あ?こりゃあ滅多に手に入らない酒じゃねえか。それにこっちは絹か?しかもかなり上質な……。」
 迷惑そうに顔を歪めていた店主は、乱暴に扱ったせいで包みから飛び出していたものに目を止め、驚いたように目を丸くした。
 そして、次第にニタリといやらしく口角を上げると、逆にひったくるように俺の手から包みを奪い取った。
「仕方ねえなあ、今回はこれで手を打ってやるよ。ハーツでも何でも持っていきやがれ。」
「ありがとう!恩に着る!」
 そんな店主のニヤニヤとした笑みに気づきもしなかった俺は、店主の差し出した数本のハーツをもぎ取り、老人の元へと走った。
 ゼエゼエと息を切らしながら、相変わらず苦しそうに胸を押さえている老人の元へと跪き、呼吸を整える。
 すうっと一つ大きく息を吸って、素早く魔法陣を構築し、展開し終えた魔法陣に少しずつ魔力を流し込んでいった。
切断カット
 発動のトリガーとなる言葉を呟くと、ふわっと魔法陣に金色の光が宿り、瞬きの間に細かく手元の薬草が粉末状になる。それを確認すると、すぐさま次の魔法陣を展開させて、粉末状の薬草に水を混ぜて丸く固めていく。ようやく丸薬になった頃には、俺は大粒の汗をかいて肩で息をしていた。俺の少ない魔力量ではこれっぽっちの魔術を使っただけで、魔力欠乏症の初期症状である酷い倦怠感に襲われる。
 魔力欠乏症に陥りながらも何とか完成させた薬を、震える手で老人の口元まで運び、水と共に飲ませることに成功した。
 薬を飲んでしばらくすると、苦しそうに歪められていた顔が少しずつ穏やかになり呼吸も落ち着いてきた。
「あり、がとう……お礼を……グ、ラキエス、家まで……。」
 老人は掠れる声で感謝の言葉を告げた後、ボソリと何かを呟いたかと思うと、力尽きたように気を失ってしまった。
 急に力の抜けた体に一瞬焦ったが、穏やかに目を瞑るその姿に老人の命を救えたことを理解した俺は、全身の力が抜けてしまったように地面に這いつくばる。
「し、死ぬかと、思った……!」
 この短時間でこの広場を駆け回り、挙げ句の果てに魔力がすっからかんになるほど魔術を使った。その間ずっと緊張しっぱなしだった俺は、ようやく解放されたことに心の底から安堵する。実際に死にかけていたのは老人であったが、俺も俺で精神的に死にかけていた。どくどくといつもより鼓動の音を主張する心臓に、カタカタといまだに震える手や体。立ちあがろうと踏ん張ってみたが、生まれたての子鹿のようにひざが震えていたため、立ち上がることは早々に諦めた。
 そうして再び地面に座り込んで、ほうっと息をつく。
 勢いに任せて町のみんなから託されたエリオット宛の贈り物と帰りの旅費まで投げ打ってしまったが、町のみんなも人の命を救ったと言えば、ちょっとどやされるくらいで済ませてくれるだろう、多分。
 ……まあ、それも、町に帰ることができれば、の話だけど……。
 
 
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