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及び腰で確認したい

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「何も聞いてないのかい?本当に?ここに来るまでに案内人とか、神様的な人とかに会わなかった?」

「なんにもない。一人で廊下を歩いてきたらここに着いた」

「ふむ……」

 そのままクイルと名乗った小柄な青年と、ソファで話すことになった。紅茶を入れてくれてありがたい。おいしい。

 クイルが考え込む様子には美少年探偵という言葉が浮かんでくる。長い睫毛に大きな瞳に白い肌。はっきりと通る声は、戸惑っていてもこちらに不和を与えるものではない。ひとまず話ができることに安心した。私の持つ手掛かりは少ないが、さすがに安易な推論を披露する気はないのだ。

「……私たちは前任の呪術師の引退に伴い、後継者を探していたのだが、どうしても見つからないため、人探しの神託に頼ることにした。せめて、どの街に候補がいるかくらいわかればと思ってね」

「それで、神託、は?」

「この日、この時間、この場所へ後継者が来る、と。だからその人物の力を確認できるような依頼者に来てもらっていた。そうしたら予想以上の実力者が来てくれた!と思ったんだが……」

 そう言ってクイルは薄い眉を八の字にして頭を掻く。いや困ってるの私だから。

 クイルの深緑の髪、堂々と神託なんて口にしていること、そしてこの部屋の空気。
 空気が違う。日本の気候とは確実に何かが違うのだ。
 廊下を歩いたくらいで外国に行けるはずもないが、口にするには勇気がいる、いわゆるアレかもしれない。むしろそうじゃない根拠が欲しくて、アレ縛りで聞いてみることにした。

「いくつか質問しても?」

「もちろんいいとも」

「ちなみに今は、何年何月何日の何時だ?」

「帝歴八十二年九月十七日、もうすぐ暮れの六時かな」

「……この建物は?」

「フローレの街の中心部で、ギルドの総合会館の地下にある機密応接室二号だ」

「……あなたのフルネームや役職を聞いても?」

「クイルだ。家名はないが、統括ギルドマスターの立場上はクイル・マスター・フローレと街の名を名乗ることもある。この街は首都に次ぐ規模だから、いわゆる冒険者ギルドや各生産ギルドの調整や運営管理を行う統括ギルドがある。私はその統括役さ。長く生きていると顔見知りが多くて、引き受けざるを得なかったというところだ。楽しんでやってはいるがね」

「……私のことはどれくらいご存じで?」

「ここに来るという神託しか聞いていない。どういう経緯でやって来た、どういう人物かもわからない。が、神託によって現れたのならば、後継者に足る実力者だということは疑っていないよ。どういう人物かはこれから交流を深めて、関係を築いていけばいい。それは神託頼りにしてはいけないことだからね」

 そう言ってにっこりと私を見つめてくる。先ほどよりは打ち解けた雰囲気を出してくるが油断はできない。とっても美少年だが油断できない。自分が美少年の自覚あるだろうからな、この人。目の保養に留めておくことにする。

 にしてもアレに触れずに質問するのが意外と難しい。だって違うのにアレな発言しちゃって美少年にドン引きされたら嫌じゃん。

 ここまでわかったことは、西暦ではない暦がしっかりしていて、東京の次に大きな町がフローレで、家名のないパターンがある、まさかのショタジジイで神託は絶対。神様的な人と会うことを普通に口にした。染めてもウィッグでもなさそうな緑の髪に、マントを自然に着こなすクイル。

 ほぼ確では?

 いやでもなー。こっちから言い出すの恥ずかしいじゃんよー。私だけ設定知らされてないとか、入園してから事故で記憶喪失とかの可能性が無きにしもあらずでは?





 さっさと認めればいいのに、本当に私はひねくれている。





「……私が依頼を実行したというのは本当?」

「ああ、本当だ。正式に依頼されたターゲットには監視がついて、呪術が発動する痕跡を確認するんだ。今回は速攻だったけど、実際に何が起こるかは術者の力や状況に作用される。現象が起こるまで張り付いてるわけにはいかないから、こちらの術は確かにかけましたよって保証を依頼者へ伝えるのさ。監視員は独立組織だし、誓約で虚偽報告もできない、感知や探査のエキスパートだ」

 人が死ぬのも現象か。自分の目で見ていないから実感がわかないが、何か起こったという感覚はある。目の前にいた女にイラついて発動したっぽいのに、希望通りに元旦那が死んだのは謎だが。いや、危ないから謎で済ますわけにはいかないな。

 そろそろはっきりさせないといけないと思う。思うけど、さあ。

 帰っちゃダメかな。でも帰っても就活だめだめなんだよな。昨日も書類選考で不採用のお祈りきてたし。大量面接!とか嘘だろハハハ…ほんとにしてる?してるんだ?…………私以外は、ね。




「……私には本当に呪術師の力がある?」

「あるも何も!ターゲットの監視員がその場でわかるほど因果律を揺らしたんだ!それだけの力をコントロールできるなんて勇者級じゃないのかい?いまだって僕の眼に姿が映らないほどの隠蔽術を行使し続けている!異世界人だと言っても信じるよ!」

 食い気味に目を輝かせて語るところから専門分野なのだろうと思われる。美少年度アップ。ショタジジイが魔術師系なのはセオリー通りといえるのか。

 勇者とか隠蔽術も気になるけど、ついにあのワードを言ってしまったのを聞いてしまった。








 異世界かぁ。










 適職なら、異世界で就職してもいいのかなぁ……。











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