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第一章
第2話 もふもふの国の王子さま
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リクが生まれてから、三年の月日が流れた。
人間の王子という前代未聞の存在に、最初は王城中がざわめいた。
けれど今では――
その笑顔ひとつで、誰もが頬をゆるめるようになった。
最初の一年、リクはよく泣き、よく眠る子だった。
耳や尻尾に触れるたびに驚いて泣き、
もふもふの毛に包まれると安心して眠った。
母后セレナは「この子はもふもふが大好きなのね」と微笑み、
兄姉たちは競うように自分の尻尾を差し出した。
次第に言葉を覚え、名前を呼び、笑顔を見せるようになったころ――
リクは、ときどき不思議な夢を見た。
雨の夜道、光、衝撃。
そして、知らない誰かの声が「生きてみるか」と言う。
目覚めたときにはもう、夢の内容を思い出せない。
けれど胸の奥が、ほんの少しだけ寂しくなる。
(なんだろう……すぐに消えちゃう)
言葉にできない感情は、成長とともに薄れていった。
思い出そうとしても、すぐに眠気がやってきて、
リクの中にあった“陸”という青年の記憶は、
いつしか柔らかな霧のように遠ざかっていく。
そして三年が経った頃には、前世の面影もすっかり消えていた。
精神も、言葉も、心の動きも――この世界の三歳児そのもの。
彼はもう、“この世界で生きるリク”として笑っていた。
リクの体は、獣人の子どもに比べて弱かった。
冬にはすぐ熱を出し、少し走るだけで息が切れる。
だから家族は、誰もが彼を過保護に包んだ。
「外に出るのは日が高くなってからよ」
「抱っこは兄さまがする!」
「リクは危ないこと禁止だ!」
レオナードもエレナもマリベルも、みんなが彼のそばを離れない。
いつの間にか、リクの周囲にはいつも誰かの毛並みがあった。
そのやさしいもふもふに囲まれながら、彼は少しずつ成長していった。
ある日の午後。
中庭の芝生の上で、リクは陽だまりに座って花冠を編んでいた。
エレナがそばで笑いながら見守る。
「ねえ、姉しゃ……ぼくの耳、まだ?」
「ふふ、リクにはないの。けど、それもリクらしくて素敵よ」
「じゃあ、しっぽは?」
「しっぽも、きっと特別なのが生えるかもしれないわ」
リクはわくわくして腰を動かす。
けれど、そこにはやっぱり何もなかった。
その仕草を見た侍女たちが、困ったように目を伏せる。
リクはその様子に気づき、胸がちくりと痛んだ。
「……ぼく、へん?」
「そんなことないわ」
エレナはすぐに抱きしめ、頬ずりをした。
「あなたはこの国で一番かわいい王子さまよ」
その声に、リクは少し笑った。
けれど胸の奥で、何かがふわりと揺れた。
――違う。けれど、幸せ。
その感覚の意味を、リクはまだ知らない。
そこへ、豪快な声が響いた。
「おーい、リク! また姉上を泣かせたのか!」
第一王子レオナードが日差しの中から現れ、
笑いながらリクをひょいと抱き上げる。
「兄しゃー!」
「ははっ、元気そうだな。おっ、また軽くなったか?」
からかうように言いながらも、その瞳はやさしい。
レオナードは小さな体を肩車し、「ほら、空が近いだろう!」と笑った。
その笑い声に、遠くで書類を抱えたマークがため息をつく。
「まったく……あの子の周りだけ、いつも騒がしい」
そう言いながらも、彼の耳はぴくりと動き、口元がかすかにほころんだ。
――耳も尻尾も、生えなかった。
体も強くはなれなかった。
それでもリクは、王城の誰よりも明るく笑った。
夜、母后セレナは眠るリクの髪を撫でながら、
そっとその小さな手を握る。
「……あなたが生まれてから、この城はあたたかくなったわ」
リクは夢の中で、もふもふに包まれながら小さく呟いた。
「ぼく、みんなすき……」
外では月がやさしく光り、
もふもふの王国に、穏やかな夜が更けていく。
人間の王子という前代未聞の存在に、最初は王城中がざわめいた。
けれど今では――
その笑顔ひとつで、誰もが頬をゆるめるようになった。
最初の一年、リクはよく泣き、よく眠る子だった。
耳や尻尾に触れるたびに驚いて泣き、
もふもふの毛に包まれると安心して眠った。
母后セレナは「この子はもふもふが大好きなのね」と微笑み、
兄姉たちは競うように自分の尻尾を差し出した。
次第に言葉を覚え、名前を呼び、笑顔を見せるようになったころ――
リクは、ときどき不思議な夢を見た。
雨の夜道、光、衝撃。
そして、知らない誰かの声が「生きてみるか」と言う。
目覚めたときにはもう、夢の内容を思い出せない。
けれど胸の奥が、ほんの少しだけ寂しくなる。
(なんだろう……すぐに消えちゃう)
言葉にできない感情は、成長とともに薄れていった。
思い出そうとしても、すぐに眠気がやってきて、
リクの中にあった“陸”という青年の記憶は、
いつしか柔らかな霧のように遠ざかっていく。
そして三年が経った頃には、前世の面影もすっかり消えていた。
精神も、言葉も、心の動きも――この世界の三歳児そのもの。
彼はもう、“この世界で生きるリク”として笑っていた。
リクの体は、獣人の子どもに比べて弱かった。
冬にはすぐ熱を出し、少し走るだけで息が切れる。
だから家族は、誰もが彼を過保護に包んだ。
「外に出るのは日が高くなってからよ」
「抱っこは兄さまがする!」
「リクは危ないこと禁止だ!」
レオナードもエレナもマリベルも、みんなが彼のそばを離れない。
いつの間にか、リクの周囲にはいつも誰かの毛並みがあった。
そのやさしいもふもふに囲まれながら、彼は少しずつ成長していった。
ある日の午後。
中庭の芝生の上で、リクは陽だまりに座って花冠を編んでいた。
エレナがそばで笑いながら見守る。
「ねえ、姉しゃ……ぼくの耳、まだ?」
「ふふ、リクにはないの。けど、それもリクらしくて素敵よ」
「じゃあ、しっぽは?」
「しっぽも、きっと特別なのが生えるかもしれないわ」
リクはわくわくして腰を動かす。
けれど、そこにはやっぱり何もなかった。
その仕草を見た侍女たちが、困ったように目を伏せる。
リクはその様子に気づき、胸がちくりと痛んだ。
「……ぼく、へん?」
「そんなことないわ」
エレナはすぐに抱きしめ、頬ずりをした。
「あなたはこの国で一番かわいい王子さまよ」
その声に、リクは少し笑った。
けれど胸の奥で、何かがふわりと揺れた。
――違う。けれど、幸せ。
その感覚の意味を、リクはまだ知らない。
そこへ、豪快な声が響いた。
「おーい、リク! また姉上を泣かせたのか!」
第一王子レオナードが日差しの中から現れ、
笑いながらリクをひょいと抱き上げる。
「兄しゃー!」
「ははっ、元気そうだな。おっ、また軽くなったか?」
からかうように言いながらも、その瞳はやさしい。
レオナードは小さな体を肩車し、「ほら、空が近いだろう!」と笑った。
その笑い声に、遠くで書類を抱えたマークがため息をつく。
「まったく……あの子の周りだけ、いつも騒がしい」
そう言いながらも、彼の耳はぴくりと動き、口元がかすかにほころんだ。
――耳も尻尾も、生えなかった。
体も強くはなれなかった。
それでもリクは、王城の誰よりも明るく笑った。
夜、母后セレナは眠るリクの髪を撫でながら、
そっとその小さな手を握る。
「……あなたが生まれてから、この城はあたたかくなったわ」
リクは夢の中で、もふもふに包まれながら小さく呟いた。
「ぼく、みんなすき……」
外では月がやさしく光り、
もふもふの王国に、穏やかな夜が更けていく。
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