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第二章
第18話 模擬戦の日/再会の夜
しおりを挟む学院の訓練場は朝からざわついていた。
年に一度の模擬戦――最上級生にとっては、
卒業を前にした“実力試験”のような意味を持つ行事だ。
観覧席には教師や後輩たち、
そして一部の王宮関係者までが訪れていた。
リクは手にした木剣を握りしめ、深呼吸をする。
ルーアが背中を軽く叩いた。
「緊張してる?」
「少しだけ」
「大丈夫。リクなら絶対に平気だよ」
「うん……ありがとう」
試合の組み合わせが告げられる。
名前を呼ばれた瞬間、リクの心臓がひとつ跳ねた。
「第一試合――リク・ライネル 対 リオル・フェンデル!」
ざわめきが走る。
学院の誰もが注目していた二人。
人間の王子と狐族の天才。
初対決の瞬間だった。
「まさか、最初にお前か」
リオルが木剣を肩に乗せながら歩み出る。
その口調は落ち着いていたが、
瞳の奥には静かな炎が宿っていた。
「手加減はしないよ」
「望むところだ」
二人が向かい合う。
審判の合図と同時に、空気が一変した。
リオルの動きは速い。
鋭い突きと踏み込み――さすが学院主席。
リクはすぐに反応し、受け流しながら距離を取る。
観客席からどよめきが上がる。
人間であるリクが、その速度についていっていた。
「ずいぶん腕を上げたな」
「努力したからね」
「……あの護衛の影響か?」
リオルの言葉に、リクの眉が動く。
「シリウスのこと?」
「あいつ、いつもお前の側にいるだろ」
「……それが、なに?」
「別に。ただ……見てて、なんか気に入らないだけだ」
言葉と同時に木剣が交わる。
打ち合いの音が鋭く響く。
息づかいと衝撃が混ざり合い、
二人の視線が何度もぶつかる。
「リオル……どうしてそんな顔するの」
「お前が……他の誰かと笑ってると、腹が立つんだよ!」
その声に、観客のざわめきが止まる。
リクも、一瞬だけ動きを止めた。
リオル自身も、自分の言葉に驚いたように目を見開いた。
けれど次の瞬間、再び剣を振り抜く。
リクはそれを受け止めながら、静かに言った。
「リオル……ぼく、あなたのこと嫌いじゃないよ」
その一言が、リオルの動きを止めた。
木剣が地面に落ちる音が響く。
審判が試合の終了を告げる声が遠くで聞こえた。
勝敗など、もうどうでもよかった。
胸の奥が熱くて、痛い。
リオルは息を荒げながら、視線を逸らした。
「……うるさい。そんなこと言うな」
背を向けて歩き出す彼の手が、微かに震えていた。
_____
学院の訓練場はすっかり静まり返っていた。
昼間の喧騒が嘘のように、夜気は冷たく澄んでいる。
リクは一人、地面に落ちた木剣を拾い上げた。
手のひらには、まだリオルの打ち込みの痛みが残っていた。
勝敗なんてどうでもよかった。
胸の奥で何度も繰り返されるのは、あの声だった。
――「他の誰かと笑ってると、腹が立つんだ」
なぜそんなことを言われたのか、わからない。
けれどその言葉は、頭から離れなかった。
リクは息をつき、空を仰ぐ。
夜空の星が滲んで見えた。
「王子」
背後から静かな声がした。
振り向くと、シリウスが立っていた。
月明かりを受けて、銀の髪が柔らかく光る。
「……シリウス」
「お疲れさまでした。立派な試合でした」
「見てたの?」
「はい。少し離れた場所から」
リクは苦笑いを浮かべる。
「……あんまり見てほしくなかったな。最後、全然かっこよくなかった」
「いいえ。最後まで立っておられた。それが何よりです」
短い沈黙が落ちる。
風が吹き、草の香りが漂った。
「どうされましたか、王子」
「え?」
「試合のあとから、少し顔色が優れません」
穏やかな声に、リクは言葉を探した。
「……ちょっと考え事をしてて」
「そうですか。無理はなさらぬよう」
いつもの丁寧な口調。
けれど、ほんの少しだけ優しさが滲んでいた。
「シリウス」
「はい」
「君は、どうしてそんなに俺を守ろうとするの?」
問いかけに、シリウスはわずかに目を伏せた。
月光が彼の横顔を照らす。
「……それが私の務めです。
ですが――理由を言葉にするのは、難しいですね」
その声音は穏やかだったが、どこか苦しげでもあった。
リクはそれ以上何も言えず、ただ彼を見つめた。
しばらくの沈黙のあと、シリウスが一歩近づく。
距離は、腕を伸ばせば届くほど。
リクの心臓がわずかに高鳴った。
「王子。今日はもうお休みください」
「うん……そうする」
「明日は、今日よりも強くなれます」
そう言って、シリウスはリクの肩に軽く触れた。
その手は、剣を握る時よりもずっと柔らかかった。
歩き出す背を見送りながら、リクは小さく呟いた。
「……シリウス、やっぱりずるいよ」
夜空の下、月が静かに輝いていた。
胸の奥で鳴った鼓動の意味を、リクはまだ知らない。
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